その36・作戦を実行する
王都に向かう馬車は途中の町で一泊する。
皆、新しく加わった仲間に興味があった。
青年の名はクスート。
黒髪の長身で細身、体はあまり鍛えてはいないようだ。
ただ、頭は切れる。
トリトス出身で兵学校卒業と同時に就職、ジェジェ商会で働くうちに、やり手女性支部長のエリリアンに見出された。
「私は接客は得意ではありませんが、金勘定は好きでしたから」
エリリアンとは馬が合った。
「楽しい方ですよ。たまに無理難題が来ますけど」
そう言って昔を思い出したように笑う。
「トリトス生まれなら、何故、トリトスに戻らなかったの?」
夕食時、テクスはクスートに訊ねる。
「テクスくんと同じです。私には家族がいなかったので帰る意味がありませんでした。イガリスはたまたま仕事があったからです」
イガリスはいつでも人手不足だ。
兵学校では体力作りという基礎訓練が主であり、クスートにとってはあまり良い環境ではなかった。
なので、王都があまり好きではないらしい。
「脳筋でもない限り、あそこを好きな奴はいない」
と、タイキーも思う。
「今回、しばらく王都に滞在することになるが大丈夫か?」
「はい」
クスート自身の退職の挨拶に加え、テクスの養子縁組の手続きがある。
「申請だけでなく証明書を発行してもらい確定させます」
後になって文句を言われないように念の為、証拠を残しておく。
なにせ、テクスはこれから元王女、元『神眼』と家族になるのだから。
「現在、タイキー様がテクスくんの保護者となっていますが、養子として迎えるには夫婦であることが前提条件になります」
「えっ」
あの事件以来、養子縁組の審査が厳しくなり、引き取り手は必ず同居している夫婦であることが求められるようになったそうだ。
「では、正式な縁組は婚姻が認められてからだな」
少し先になりそうだ。
タイキーとテクスは残念そうな顔になった。
翌日の午後、タイキーたちは王都の正門に到着。
ササラーナがいるせいか、特に問題なく通過して街中に入った。
「軽く昼食にしよう」
と、ササラーナが言い出して高級そうな飲食店に入って行く。
案内された個室は十分な広さがあった。
「昨日の件だが」
食後のお茶を飲みながらササラーナが話し出す。
「クスート、養子の件は我とタイキーが婚姻関係にあると証明できれば良いのであろう?」
「はい、仰る通りです」
同居の件についてはクスートたちが証言すれば良い。
優雅にお茶のカップを持ちながらクスートが答えた。
「タイキー。これから役所に赴き、すぐに手続きするぞ」
「は?」
「その場で婚姻して、すぐにテクスの書類を提出すれば良いと思うが?。どうかな、クスート」
確かな立会人が必要であるが、今の連れのままで十分である。
「それは、確かに」
クスートは考えながら答える。
「ちょっと待ってくれ、サーラ。いや、ササラーナ様。そんなこと、ご両親が許すはずはありません」
タイキーは慌てた。
ササラーナとの婚約はあくまでも仮である。
周りからの圧力防止だと言われ、契約書も交わした。
「なんだ。キーは、我のことは遊びであったのか?」
わざと涙ぐんでみせる。
それが冗談だと分からない者はここにはいない。
「とにかく、婚姻については後日、改めてお話しを」
タイキーはササラーナが嫌だと思っているわけではない。
テクスのために必要ならば、また話し合って契約したいというだけだ。
「国王陛下に睨まれたくありません」
「その点は大丈夫じゃ。我の婚姻については既に了承を得ているし、母上は我の味方だ。父上はたいそう母上に弱い」
なにせ、大恩人である『神眼の占い師』の実の息子である。
王妃は話を聞いただけで感激の涙を流したほどだという。
「我ももう王族ではないのだから庶民のように届け出だけで良いと思っておるよ」
黙って聞いていたテクスが恐る恐る声を出す。
「あのー、僕は、えっと、師匠がお父さんになってくれるなら早い方がいいです」
王都が近付くにつれ、養父母に会ったら何か言われるのではとビクビクしていた。
今まで育ててきた恩や妹弟のことを持ち出され、タイキーと引き裂かれるようなことがあったらと心配になってきたのだ。
クスートがテクスを労わるように微笑みかける。
「タイキーさん、もう諦めましょう。テクスくんの幸せのためです」
そう言われては反論できない。
「では、決まりだな。すぐに役所へ向かうぞ。テクス、そなたもついて来てくれるか?」
「はいっ」
ササラーナの言葉にテクスは頷いた。
役所ではクスートの敏腕が発揮され、タイキーとササラーナの婚姻、並びにテクスの養子縁組の届け出が異例の早さで受理される。
普通なら養子については色々と確認作業があり、数日かかるのが当たり前だが、そこは元王女の顔が効いた。
「これが証明書です。おめでとうございます」
「どうも」
役所の担当者からも祝われ、タイキーは諦めた顔で受け取る。
ササラーナもテクスも嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を眺めながらため息を吐く。
「後で何かあったらお前がなんとかしろよ」
クスートを睨んでおく。
「承知いたしました、旦那様」
既婚者となったため、タイキーは一家の主人となる。
「旦那様、今後ともよろしくお願いいたします」
アスィリアまでが深々と礼を取った。
王都では宿を取らずにササラーナの私邸を使うことになる。
「ここだ。懐かしいであろう?」
「ああ」
『神眼の占い師』が匿われていた館である。
上流階級としてはこじんまりとしているが、細部までこだわって造られていた。
「母上のお気に入りだからな」
ササラーナが結婚したら譲ると約束していたそうだ。
「紹介しよう。我が旦那様だ」
使用人を集めてササラーナが声を上げる。
「タイキーです。よろしく」
刺さるような視線が怖い。
テクスにも侍女が付き、クスートはアスィリアが案内して行った。
「お嬢様、あら、もう奥様とお呼びしなくては」
高齢の侍女長らしき女性に揶揄われながら案内された部屋は、当然ながら新婚用の二人部屋であった。




