その37・両親に挨拶する
結局、寝室もベッドも分けることは出来なかった。
ただ、タイキーは分別あるオトナである。
これからのことを考えると、まだその気にはなれない。
「今日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」
そう言ってササラーナを先に寝かせる。
「そうだな。明日も忙しいし、今夜は早めに寝るとしよう。おやすみ、キー」
タイキーはササラーナの寝息を確認してから、同じベッドで少しだけ端に寄って寝た。
疲れていても体に馴染んだ体内時計は正確に朝を告げる。
タイキーは目を覚ますと、すぐに寝室に併設された湯浴み用の部屋に向かう。
「おはようございます、旦那様」
侍女長がすでに準備を済ませて待っていた。
「……おはようございます」
お互いにいい歳なので裸を見られても構わないが、なんとなく気恥ずかしい。
軽く湯浴みをして着替える。
「少し館内を見て回っても?」
「はい。どうぞご自由に」
そう言われたので、ササラーナの寝顔を見てから部屋を出る。
二年前、頭に入れた構造、警備の経路を思い出しながら歩く。
「二年じゃそんなに変わらないな」
ばったり出会う使用人たちに驚かれながら廊下を進み、ふと、庭に出た。
冬近いにも関わらず、色とりどりの花が咲いている。
タイキーは、母親がいた部屋を思い出す。
一階の南、小さな角部屋。
見覚えのある温室のような大きなガラス窓を見つけた。
「あの人はここで何を見ていたのかな」
カーテンの閉じたその部屋を庭から眺める。
ふいにカーテンが開いた。
「あ、師匠!。じゃ、なかった、父上様!」
テクスが窓を開いて叫んだ。
タイキーは頭を抱える。
「父上はやめてくれ」
どうやらササラーナが吹き込んだらしい。
父と呼ぶのは、もっと慣れてからにしてほしいとタイキーは頼んだ。
テクスが庭に出て来たので二人で散策する。
敷地自体がそれほど広くはないため、すぐに一周が終わってしまう。
館内に戻ると使用人に声を掛けられ食堂に案内された。
「お腹が空いたぞ」
座って待っていたササラーナが笑う。
「遅くなってすまない」
タイキーはササラーナの向かい側に、テクスはその隣りに座るように案内された。
「おはようございます、奥様」
テクスは流石にササラーナを「母上様」とは呼ばなかった。
「おはようございます、旦那様、テクス様」
クスートが執事ぽい服で現れ、後ろに控えた。
「あれ?、クスートは文官だったはずだけど?」
「この館は初めてですので、覚えていただくためにしばらくは執事見習いをしていただきます」
何故かアスィリアが答えた。
彼女がそう言うなら仕方ない。
クスートも文句はないらしく、普通に従っている。
朝食は豪華だった。
朝から肉やスープ、大盛りのサラダ、柔らかいパンに何種類かのジャムまである。
テクスはわりと慣れているようだが、タイキーは落ち着かない。
早くイガリスに帰りたいと心から願った。
朝食を食べながらクスートから本日の予定を訊く。
「私はテクス様と一緒に商会に行ってまいります。夕方までには戻る予定です」
テクスが「様」付きになっているのは、正式に雇い主であるタイキーの養子になったためだろう。
タイキーはササラーナに訊ねる。
「この二人に護衛はつけられるかな」
何故か、侍女長が答えた。
「承知いたしました。馬車と護衛をご用意いたします」
「あー、うん、よろしくお願いします」
この館は昨日まで王妃の別邸だったため、使用人は殆ど女性である。
イガリスでは子供の頃から男性の使用人が多かった上に、成人してからはずっと警備隊にいたので、タイキーは女性を扱うのに慣れていない。
ササラーナはクスクスと笑う。
「キーも少しずつ慣れておくれ」
「まあ、努力します」
王都の私邸に馴染むには少し時間がかかりそうだった。
タイキーたちは後日王宮に伺う予定だが、その前に準備が必要である。
タイキーは王宮に入れるような衣装は持ち合わせていないのだ。
今日は仕立て屋が来ることになっている。
「良い機会だ。指輪のお礼に我が贈ろう」
ということになり、支払いはササラーナ持ちである。
事業を引退したとはいえ彼女が資産家であることは変わらない。
おそらく、他人からすればタイキーは財産か、家柄目当てに見えるだろう。
しかも若くもなく、容姿も普通で髪はすでに老人のような白髪である。
「王族に好かれるなんて無理だよなぁ」
たとえ王妃が味方についたとしても、一悶着は覚悟の上である。
なんなら、そのまま婚姻を破棄されたらありがたいとさえ思う。
「それならササラーナ様も諦めてくれるだろうし」
「我がなんだと?」
「いえ、なんでもありません」
仕立て屋が来るまで部屋で二人っきりで待機していた。
そこへ扉が叩かれ、侍女長が来客を告げる。
「奥様、ご両親がおいでになりました」
仕立て屋が来たのかと思ったら違った。
「応接間で待たせておけ。我らは着替える」
「畏まりました」
ササラーナは立ち上がって着替え始め、タイキーもそれに倣う。
揃って国王夫妻の待つ部屋へ向かった。
準備も出来ていないのにと、タイキーの腹がキリキリと痛む。
「お待たせいたしました」
タイキーは深く礼を取る。
ササラーナはサッサとソファに座り、タイキーに隣りに座るように手招きした。
「ごめんなさいね。待ち切れなくて来てしまったわ」
「本当に突然来るのはやめてほしいですわ、母上様。今日はこれから仕立て屋が来る予定なのです」
母娘の会話中、タイキーは父親に睨まれている。
背筋が冷たく感じるが、なるべく目を逸らす。
予定行動も心の声も知りたくない。
「先日報告した、夫のタイキー殿だ」
ササラーナが紹介すると、タイキーは一旦席を立ち、床に片膝をつく最敬礼を取る。
「タイキーと申します」
今の自分には職業も肩書きもない。
ただ頭を下げ続ける。
「顔を上げてよく見せてくださいな」
王妃に請われて顔を上げる。
少し首を傾げているのは、髪の色以外はあまり『神眼の占い師』に似ていないせいだ。
「私は父親似なので」
そう言ってタイキーは顔を逸らした。




