その35・雇用を頼まれる
「それより、ジェジェ商会から午後に顔を出すと連絡が来ているぞ」
ササラーナに言われてタイキーは首を傾げる。
「なんだろう?」
タイキーとしては王都行きの話もしなくてはならないのでちょうど良い。
「分かりました」と頷く。
昼食後、商会からエリリアンと秘書の男性がやって来た。
応接室で相対し、雑談の後、本題に入る。
「実は本部に転属になりまして」
元王族の手前、エリリアンの話し方はいつもより丁寧で商人らしい口調になっている。
少し調子が狂う。
例のテクスを拐おうとしていた本部の男が免職、その上司が降格になったそうだ。
それでエリリアンが本部に行くことになった。
祝っていいのかどうかは微妙であるが、支部長から本部行きは一応出世ではある。
「それは……大変ですね」
お茶を一口飲み、エリリアンは続ける。
「それでまあ、タイキーさんに関しては商会は退職していただいたことですし」
そう言うと、秘書がテーブルに硬貨の入った小袋を出す。
「退職金になります」
たった一年の勤務にしては大袈裟だが、秘書の話では迷惑料や口止め料も含まれているそうだ。
「分かりました」
ありがたく受け取る。
「それで、不躾なお願いで申し訳ないのだが」
何か裏があると思っていたタイキーは、こっそりため息を吐く。
「なんでしょう」
と、和やかに問いかける。
エリリアンが秘書の男性を見た。
「これをこちらで雇ってもらえないかと思いまして」
エリリアンの移動により、この男性にイガリス支部長にという話があったそうだ。
「支部長になるくらいなら商会を辞めると言い出してな」
「はあ」
仕事ぶりを見ていたが優秀な男である。
これを商会が手放すとは思えない。
エリリアンもどことなく悔しげだ。
「長くお世話になりましたが、私は商売より書類仕事が好きで生き甲斐を感じております」
若い秘書は、自分から何かするよりも誰かの補佐をする仕事の方が良いという。
「エリリアン様の補佐が出来ないのであれば商会にいる意味はありません」
ばっさり言い切った。
人手不足の街では勿体無い話である。
「それで、何故、俺のところなのかな?」
「はい」
青年の顔が嬉しそうに輝く。
「先日はタイキー様のお仕事を手伝わせていただき、本当に楽しく、やり甲斐がございました。ササラーナ様との婚約、ご結婚となりますと、また複雑なお仕事や交渉が増えます。是非、雇っていただきたくお願いにまいりました」
早口で捲し立てた後、ガバリとテーブルに突っ伏すように頭を下げた。
「何卒お願いいたします」
そんなふうに頼まれたら嫌とは言えない。
タイキーとしては確かに願ってもない話なのだ。
チラリとササラーナと顔を見合わせ、軽く頷き合う。
「正直、こちらとしても助かります。でも、本当にいいんですか?」
まだ若い男性である。
イガリスだけでなく、王都でももっと稼ぎの良い仕事はいくらでもあると思うのだが。
「元王女殿下、並びに『神眼』の副隊長様の傍で仕事が出来るのは私には望外の喜びです!」
キラキラした目で訴えてくる。
「あー、それなんだが」
タイキーは頭を掻く。
「先日の雷雨の夜に外に出ていたら、体調を崩してしまってな」
「丸一日寝ておったぞ」と、ササラーナも頷く。
「どうもそのせいで『神眼』が使えなくなったみたいなんだ」
「えっ!」
全員が驚く。
「そんなポンコツな中年だけど、いいのか?」
考え直すなら今のうちだと促す。
「いえ、気持ちは変わりません。タイキー様の価値は『神眼』だけではございませんから」
「ほんとかなー」と、タイキーは照れ笑いする。
「まあ、君さえ良ければこちらは歓迎するよ」
「ありがとうございます」
エリリアンも一緒に感謝の礼を取り、今日は帰って行った。
後日、正式な手続きをしに来るそうだ。
客が帰ると引き続き王都行きの準備に戻る。
手土産や挨拶に向かう相手の確認等等。
なかでも、同行者の選定が一番大変だ。
タイキーとササラーナは頭を悩ませる。
テクスは養父母に挨拶に行くため連れて行くことが決まっていた。
「しかし、キー。先ほどは驚いたぞ」
「んー?」
「『神眼』のことだ」
ササラーナは改めてタイキーと向き合う。
今、この部屋には二人しかいない。
「あー、本当ですよ。あれからほぼ何も感じない」
「本当か?」
ササラーナは疑いの目でタイキーを見ている。
ふいにタイキーはササラーナに近付き、そっと頬に口付けをした。
「は?」
「サーラは俺を信じてくれないの?」
微笑みを浮かべ、まるで恋人のように見つめる。
そんなタイキーを初めて見たササラーナはポカンとしていた。
こうみえてもタイキーは警備隊では副隊長。
犯罪者に対して『神眼』で行動は分かっても、最終的には証拠が必要である。
そのために自白、または隠していることを自ら差し出すようにさせること。
そのために編み出した。
「ふふふ」とササラーナが笑う。
「そなたも隅に置けないな。女性たちが使う技だというのに」
相手を混乱させ、その気にさせる、色仕掛けという技。
「この歳になると体裁など構ってはいられないのでね。ですが、サーラのことは大切に思っていますよ」
「では、我を相手に使うべきではないのでは?」
ササラーナは逆にタイキーの首に腕を回し、グイッと顔を寄せる。
「我もそれなりに使えるぞ」
そして、先ほどより強く唇を押し当てる。
「二人だけの秘密にしてもらえます?」
「勿論だ、婚約者殿」
しばらくの間、タイキーはササラーナの好きなようにさせた。
翌朝、タイキーたちはササラーナの馬車を使い、王都へと向かう。
ササラーナ、アスィリア、テクス。
そして何故か、ジェジェ商会を辞めたばかりの青年秘書が同行していた。
「こんなに早く押し掛けてくるとはな」
馬車が狭いので、タイキーは愛馬に跨っている。
「テクスくんの養父母の件はこちらの責任ですから」
きっちりとケリを着けたいという。
「じゃあ、そっちは頼む」
タイキーたちが王宮に入っている間、テクスを任せることになった。




