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「終活させてくれ!」〜お一人様、中年男の叫び〜  作者: さつき けい


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その32・幸せを始める


 イラシュが手にした紙を読み上げる。


それにはカザンの罪状が書かれていた。


借金の未返済、一部使用人への給与不払い、返済督促に対する脅迫。


最後にテクスへの襲撃である。


「間違いないか?」


部屋の真ん中で床に座り込んでいるカザンは、「はあ」と気のない返事をする。


困ったイラシュが医師を見ると、頭を横に振った。


「精神に混乱が見られます」


おそらく何を聞いても分からないだろうと言う。




「タラクはどうだ?。罪状について異議はないか」


イラシュの補佐として控えていたタラクも何やら書類を見ている。


「イガリスで確認されているのは、少年に対する暴行未遂のみです」


他の件については隣り街のトリトスと王都での犯罪であり、タラクには確認出来ない。


未遂事件についてはそれほど重要な罪ではなく、通常なら警告程度で釈放になる。


「そうだったな」


イラシュは頷き、今度はササラーナに問うた。


「ササラーナ殿下におきましては、この男の罪状に間違いはございませんでしょうか?」


「ふふふ、我にはもう『殿下』は不要ですわ」


ニコリと笑った後、カザンを見つめる。


「この男については担保とした財産を没収しておりますし、後は労働で返してもらう予定でしたが」


チラリと医師を見る。


「もしかしたら、そちらは無理かもしれませんわね。元王族としては病人に無理強いはしたくありませぬ」


慈悲の言葉を掛けた。


「それは返済の減額という意味でよろしいので?」


「ええ、構いませぬ。我の婚約の祝いとして恩赦という形にいたしましょう」


隣りにいたタイキーがササラーナの手をそっと握った。




「それでは、残りの賃金未払いと脅迫についてはー」


イラシュが読み上げると、タイキーが「その件ですが」と口を挟んだ。


「申し訳ありません、イラシュ様。こちらをご確認ください」


それはカザンの両親であるシューサ夫妻からの申請書である。


「カザンの身内から、未払い金と脅迫被害者に対する賠償金を支払う用意があるとのことです」


タイキーが担当文官に渡すと、そこからイラシュに渡る。


読んでいた書類から顔を上げ、イラシュは頷く。


「ふむ、正式なものであるな。了承した」


そしてイラシュは宣言する。


「罪人カザンの件は負債も返済され、補償も代理人が確約。本人の病気も医師により証明された。よって、今回の裁定は、これにて終了する」


室内に張り詰めていた空気が少し緩んだ。




 イラシュがカザンに近寄り、声を掛ける。


「カザン、もうこれ以上、周りに迷惑をかけるでないぞ」


「はあ」


カザンは相変わらず気のない返事をする。


続けて、イラシュはタイキーとササラーナの方に体を向けた。


「タイキー殿。そなたにこの男の後見人を命ずる。しっかり見張れ」


「承知いたしました」


タイキーは深く感謝の礼を取る。


「では」とイラシュと一行は宿の部屋に戻って行った。



 タイキーたちが建物から出ると、外は思ったより強い雨が降っていた。


「急いで戻りましょう」


馬車を呼び、ルリナも一緒に館へと帰る。


カザンはタイキーの館で預かることになったので、医師と共に警備隊の馬車が館へ運んでくれた。


「お帰りなさいませ」


タオルを手にアスィリアが出迎える。


ササラーナを連れてサッサと部屋へ引き上げていく。


 タイキーの方はニーシス老がタオルを渡してきた。


「若旦那様、お客様がいらしてます」


「え?」


こんな日にわざわざ客が来るとは思わなかった。


テクスがルリナに大きなタオルを渡しながら言う。


「シューサご夫婦と連れの方です。ルリナには僕の部屋に着替えを用意したから」


「ありがとう、テクス」


二人は二階へと上がって行った。




 タイキーが部屋で着替えて出て来るとニーシス老が小声で囁いた。


「先ほど到着したカザンは医師と一緒に使用人用の空き部屋にいます」


二階は来客用の部屋が並んでいるが、一階の小部屋は使用人用で狭い。


ニーシス老によって、カザンは客ではないと判断されたようだ。


「地下牢に入れなかっただけマシか」


実はタイキーの館にも地下室はある。


ニーシス老にすれば、そこに入れたとしても仕方ないほどカザンは嫌われていた。


タイキーは苦笑浮かべて「ありがとう」と言った。




「シューサご夫婦がお連れになったのは、ルリナ様のお母様です」


応接室に向かいながらニーシス老が教えてくれた。


つまり、カザンの元妻である。


「……分かった」


タイキーは身だしなみを整え、覚悟を決めて応接室に入った。


 そこへバタバタッと足音が追い抜いて行く。


「お母様!」

 

「ルリナ」


抱き合う母娘にシューサ夫妻と顔を見合わせて微笑む。


「とりあえず座りましょうか」


タイキーは全員に着席を促す。




 テクスとニーシス老がお茶を運んで来る。


シューサ夫妻がニーシス老に相談して、ルリナの母親を呼び寄せたそうだ。


「あまり母娘を長く引き離しておくのもかわいそうですから」


母親は美人だが、どこか疲れているようだった。


 タイキーは今日の裁定での話をし、見学していたルリナが補足した。


「それではカザンは」


シューサ夫妻が身を乗り出す。


どんな中年の放蕩息子であろうと我が子はいつまで経っても子供である。


「はい。私が後見人となり、この家で病気療養させます」


「あ、ありがとうございます」


シューサ夫妻だけでなく、ルリナとその母親も感謝の礼を取った。




 夕食は会食用の広い食堂で、ササラーナがシューサ夫妻やルリナ母娘を招いての晩餐になる。


アスィリアをはじめ、テクスやニーシス老も食卓に着いた。


カザンは無理だが、雨のために足止めされている医師は席を用意してある。


「長年の苦労に一先ず区切りがついたということで祝いじゃな。乾杯!」


ササラーナは嬉しそうに一人で祝杯をあげる。


ルリナ母は元王族に困惑していた。


「気にするな。我はタイキーに嫁ぐことになった。お互いに親戚ということになるのだから遠慮はいらぬ」


「えええー」


ルリナが立ち上がる。


「どういうことですか、タイキーおじさま!」


一悶着あったが食堂の雰囲気は終始、和やかであった。



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