その31・裁きを見守る
「ありがとうございます」
ルリナの目は潤んでいた。
きっと悩んで眠れなかったのだろう。
目が赤い。
「裁定の日が決まったら教えてください」
ルリナはまっすぐにタイキーを見る。
「分かった。一緒に立ち会えるようにしよう」
「ありがとうございます!」
お茶を配っていたテクスが驚くほど元気な声だった。
カザンの猶予期間が終わり、ササラーナがイガリスに戻って来た。
「お帰りなさい、ササラーナ様」
タイキーは、一応婚約者として門で出迎える。
「ただいま戻りました」
お互いにニコリと微笑み合う。
そこへまた違う団体が到着した。
「おや、ササラーナ殿下。それにタイキー殿」
領主イラシュとその一行である。
裁定のために警備隊隊長タラクが呼んでいた。
「イラシュ様、お勤めご苦労様です」
「うむ。タイキー殿もご苦労だったな。これで少しは安心できる」
イラシュの顔からは本心であることが分かる。
「はい。ありがとうございます」
タイキーは深く礼を取った。
タラクに案内され、タイキーとササラーナも一緒にイラシュが宿泊する予定の宿へと移動する。
先日、王女一行が泊まっていた離れに連れて行かれた。
豪華な部屋に案内され、お茶を出されたイラシュは、いつもと違う対応にこれは王女向けの接待だと感じたのだろう。
「私に何かお話が?」
ササラーナに向かって訊ねた。
部屋の中央の席にササラーナが座り、タイキーはササラーナの隣りに、その斜め向かいにイラシュがいる。
「皆様をこちらにお連れしたのは私です。裁定の前にお願いがございまして」
タラクが低く頭を下げて片膝を床につけた。
「今回の裁定に際し、イガリスの地主であるタイキー様より申し出がございました」
「ほう。何かな?」
イラシュはタラクではなく、タイキーを見る。
「はい。カザンの裁定の儀につきまして、私の身内から一人、立ち会いたいという者がおりまして。ご迷惑でなければ末席に加えさせて頂きたくお願いいたします」
今回の被害者は借金を踏み倒されたササラーナ。
そして、保護している子供に危害を加えられそうになったタイキーである。
「一人だけですか?。タイキー殿が身元を保証するならば問題はないかと」
イラシュは概ね了承した。
「ありがとうございます」
タイキーが礼を取ると同時にササラーナも軽く礼を取る。
「イラシュ殿、感謝する」
イラシュは首を傾げた。
「はて。何故、王女殿下まで私に頭を下げられたのでしょう」
「ふふ、申し遅れた。我はこの度、王籍を抜けてタイキーと婚姻を結ぶことになったのだ。まだ婚約者ではあるが、タイキーの身内は我の身内なのでな」
ササラーナは少し頬を染め、タイキーに微笑む。
「まことか?」
イラシュは驚いてタイキーを見る。
「は、はは、まあ、そういうことになりまして。王宮からの発表まで内密にお願いいたします」
タイキーは気まずそうにイラシュから目を逸らす。
「それでは、裁定の日程が決まりましたら連絡を」
そう言ってササラーナと共に退室した。
イラシュはしばらくの間、ポカンとしていたという。
館へ戻るササラーナの馬車にタイキーも一緒に乗り込んだ。
「何かあったようですね」
訝しむササラーナの隣りに並んで座る。
向かい側には侍女兼護衛のアスィリアがいるが、二人の会話には入ってこない。
「はい。護送中のカザンが逃亡し、テクスが襲われました」
ササラーナは、その話は王都から戻る時に連絡係から聞いていると頷く。
タイキーは、カザンが逃げ出したのは協力者がいたためだと考えていた。
「カザンの後ろに黒幕がいると?」
タイキーは頷いた。
「カザンは借金だらけで護衛など雇う金はありませんでしたから」
古くからの使用人に関しては、密かにシューサ夫妻が給金を送っている。
しかし、新たに雇った護衛や胡散臭い文官については夫妻は知らなかった。
「その……タイキー殿の『目』には視えているのだろう?」
それについては何も答えないうちに馬車は館に到着した。
その夜に警備隊から知らせが来て、二日後に裁定が行われることになったという。
「早いな」
普通の犯罪に関しては、領主も忙しいため何人かまとめて裁定することもある。
その時は裁定が開かれるのは二,三十日に一回程度だ。
そもそもカザンが捕まってすぐにイラシュがイガリスに来たことも異例の早さである。
王族のササラーナに関することなので迅速な対応をしたといえば確かにそうなのだが、タイキーには疑問が残った。
翌日、昼食を終えてテクスと別れた後、タイキーは警備隊の地下牢に向かう。
カザンは相変わらずぼんやりと天井を見上げ、ブツブツと何か呟いている。
タイキーは長い時間、その様子をただ眺めていた。
帰り際に担当の医師に会い、裁定に立ち会うよう依頼する。
同行したタラクには警備隊からの要請だとする申請書を領主に提出させた。
タラクは何も訊かずに動いてくれた。
その翌日。
朝から天候は悪く、空には今にも雨が降り出しそうな重い雲が垂れ込めていた。
いつも通りテクスは滝まで走り、ルリナを伴って戻って来る。
ただいつもと違うのは、ルリナが裁定の場に相応しいきちんとした服を着ていたことだ。
「僕も行きたいです」
テクスはルリナの傍にいたいと願ったが、タイキーは却下した。
「すまんな。今日は留守番だ」
タイキーがササラーナの護衛も兼ねるため、アスィリアもテクスと館に残ることになった。
裁定は、普段は警備隊の地下牢の檻の前で本人に言い渡すだけだ。
今回は特例として、イラシュが泊まっている宿の離れを借りた。
念のため、家具などの調度品を撤去し、人数分の椅子だけが配置されている。
勿論、真ん中のカザンに椅子はない。
その代わりに付き添っている医師が隣りの椅子に座っていた。
「今回の裁定を申し渡す」
カザンの正面に置かれた椅子に座っていたイラシュが立ち上がる。
タイキーとササラーナはカザンより斜め後ろに並んで座り、ルリナは警備の兵士たちと一緒に扉の近くに立っていた。




