その30・襲撃を受ける
カザンが森に入ると木陰に馬が用意されていた。
それを静かに連れ出して、離れた場所で乗馬。
森の奥へ入りさえしなければ、イガリスの街は観光地のため、周辺はかなり整備されていた。
森の浅い場所は下草が枯れていて走りやすい。
馬は獣避けの柵を軽々と飛び越えた。
昼になる前に遊歩道に子供が現れるらしい。
呑気に歩いているそいつを捕まえるのは簡単そうだった。
森の先に遊歩道が見えてくる。
カザンは馬から降り、ゆっくりと近付いて行った。
子供たちの声が聞こえ始める。
それを追っていくと、かなり坂の上まで来ていた。
滝の広場には建物も見える。
カザンは焦った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
テクスが森に足を踏み入れた時、バサバサとマントを翻して男が襲って来た。
「うわっ!」
テクスは思わず声を上げ、身を翻して避ける。
「キャーッ!」
ルリナが怪しい男を見て叫ぶ。
カザンは「チッ」と舌打ちをすると、ルリナの方に向かって走った。
「黙れぇーっ」
手にはマントと一緒に渡されたナイフが光る。
「ルリナ!、逃げろっ」
テクスの声に一瞬、カザンの動きが止まり、ルリナは坂の上に向かってなんとか走り出した。
「ルリナ、だと?」
カザンは少女の後ろ姿を目で追う。
「ルリナー、大丈夫か?」「ルリナ!」
建物から出てきた老夫婦が彼女を抱き締める。
「父様、母様?」
カザンは呟きながらふらふらと近寄って行く。
「待てっ!」
カザンの背後から、テクスが思いっ切り体当たりした。
痩せたカザンの体は軽々と吹っ飛んだ。
何頭かの馬が近付いて来た。
先頭はタイキーだ。
先ほど旗を見てイガリスの警備隊隊舎に行くと、昨夜、王都へ向かうカザンを見たという連絡だった。
護送馬車の中ではあるが、一応は警戒するとのこと。
だが、その後に途中の休憩所でカザンが消えたという知らせが届いたのである。
タイキーは急いで館に戻ったが、念のためテクスを探しに出た。
案の定、騒動が起きている。
「大丈夫かっ!」
「はい!、捕まえましたーっ」
テクスは師匠に向かって手を上げる。
全身でカザンの頭を地面に押さえ付けていた。
タイキーはそれを見て顔を引き攣らせる。
「やり過ぎだ、テクス」
「えーっ」
タイキーはカザンの腕を掴んで立たせる?
「タイキー、あれはー」
カザンの目は唖然としてこちらを見ているルリナを凝視していた。
そして、その傍らで哀れなものを見る目をした老夫婦の姿も。
「なんで、こんなところに」
「俺の爺様が、お前が追い出したご両親を匿っていたんだ。ご夫婦は、お前がいるトリトスからあまり離れたくないと仰ってな」
隣り街のイガリスで職を得て生活していた。
決して生死は伝えず、姿も見せず。
ただ息子が迷惑を掛ける人々に償いの祈りを捧げ続けた。
「あの子は老夫婦が大切にしているお孫さんだ。お前の娘ではない」
タイキーの言葉にカザンは頷く。
「あ、ああ」
借金のせいで自ら妻とまだ幼い娘を手放した。
血の繋がりだけではもう家族とはいえない。
タイキーは一緒に来た警備兵にカザンを預ける。
そこへ恐る恐るルリナが近付いて来た。
「もしかしたら、お父様?」
ルリナはまだ物心つく前に母親と共にカザンの元を離れている。
顔など覚えていない。
「いや、違うよ。ルリナ嬢。これはただの逃走した罪人だ」
タイキーはニコリと微笑んで、ルリナをテクスに任せた。
カザンを乗せた馬の、その手綱を引いて歩き出す。
「ルリナか……」
カザンは振り向かなかった。
「大きくなった……。母親に似てる」
ポツリと零す。
タイキーは何も言わなかった。
カザンの体からは涙の代わりに後悔の言葉が溢れ続け、タイキーはその声にならない声を聞いていた。
カザンは警備隊の地下牢に収監され、王都へと連絡係が走って行く。
タイキーはカザンのいる地下牢に医師を連れて来る。
怪我は軽症だが、カザンはブツブツと言葉を溢しながら、ぼんやりと天井を見つめたまま動かない。
「精神的に衰弱しているのでしょうな」
医師はそう言ってタイキーと共に中に入る。
「おれはなんのためにこんなことを」
あの時、娘を見たカザンを自責が襲った。
抵抗するどころか、すっかり生きる気力を失っている。
タイキーはじっと様子を見ていたが、やがて医師に任せて牢から出た。
「タイキー様、カザンはどうなさいますか?」
警備隊隊長タラクが訊ねる。
テクスを襲ったことは間違いない。
護送馬車から逃げたこと、ナイフを所持していたこと。
カザンの罪は債務だけではなくなった。
「裁定はササラーナ様と領主様にお任せするよ」
タイキーは被害者であるテクスの代わりに立ち会うと伝える。
「承知いたしました」
隊舎から出ると空は暗くなり始めていた。
館に戻ると、テクスとニーシス老が出迎える。
「食事の用意が出来ております」
「先にお風呂に入る?」
二人の優しさが身に沁みた。
「ありがとう。先に汗を流して来るよ。食事はその後で頼む」
「畏まりました」
ニーシス老は深く礼を取る。
そんなに疲れた顔をしていたのか。
タイキーは苦笑いし、部屋に向かった。
翌朝、何故かタイキーの館に滝のカフェのシューサ夫妻とルリナがやって来た。
応接間に通すと三人は深く謝罪の礼を取る。
「昨日は大変ご迷惑をお掛けいたしました」
どうやら老夫婦は孫娘にあれが父親だと打ち明けたらしい。
「いいえ」
タイキーは首を横に振る。
「あの男はただの罪人です。そちらのご家族とは既に縁が切れていることは知っています」
逆にタイキーが謝罪した。
「あれはうちの親戚筋でして、そちら様に失礼なことをして申し訳ありません。本人に代わりまして、お詫び申し上げます。後日、ご領主様にはきちんと裁定していただきますのでご容赦ください」
「い、いえ、そんな」
シューサ夫妻は困惑した。
「おじさまが、あれは父様じゃないって言ったのは、そういう意味なんですね」
カザンの両親は責任を感じても仕方ないが、ルリナには全く責任はない。
タイキーは、テクスの想い人を罪人の娘にしたくはなかった。




