その29・悪足掻きをする
王都でササラーナ王女の婚約と王籍離脱の噂が流れ始めた。
カザンの猶予期間は残り一日。
まだ油断は出来ないとイガリスの門の警備隊は目を光らせている。
「じゃあ、ルリナさんを送ってきます。師匠はハマトさんの食堂で待っててください。先に注文しないでくださいよ!」
「ああ、分かった」
ハマトの食堂はマッサ青年が厨房に入ったせいか、オススメの定食が増え、その日限定もある。
娘たちのオススメ一択のタイキーと違って、テクスは色々と悩むのが好きになっていた。
テクスは、ルリナとは相変わらずただの友だちらしい。
「師匠にはササラーナ様というお相手がいるんだから、ルリナも諦めたらいいのに」
「あははは。あり得ないよ。俺には勿体ない相手だ」
「そんなことないと思うけどなー」
テクスは時々鋭いので、タイキーはヒヤリとする。
テクスたちが滝へ向かった後、タイキーは畑の片付けをしていた。
冬の備えもほぼ終わり、地下にある食料庫も牧場の隅にある備蓄庫も満杯になった。
畑の土を休ませておくため余計な草や残っている野菜を引っこ抜く。
冬越しの野菜には霜除けの麦藁を被せる。
「ふう」
朝晩はすっかり冷え込むようになった。
ふとイガリスの街中にある警備隊の塔が目に入る。
風に揺れる旗が見えた。
「……来たか」
カザンの来訪を告げる印だ。
タイキーは作業服から来客用にも使える平服に着替え、警備隊の隊舎に向かった。
テクスとルリナは湖沿いの遊歩道をいつものように並んで歩いている。
その道は湖と森の間を、なだらかな坂になって観光名所の滝へと続く。
「それ、本当なの?」
ルリナは不機嫌そうにテクスに訊ねた。
「勿論だよ。ササラーナ様は師匠からもらった指輪をいつも嬉しそうにしてるし」
テクスはタイキーとササラーナは良い組み合わせだと思う。
なにせ、相手は元王女で財産もある。
ルリナより年齢も近いし、絶対に気が合うはずだ。
自分にとってルリナにタイキーを諦めさせる絶好の機会である。
「そんなの分からないじゃない。ササラーナ様は元とはいっても生まれてからずっと王族なのよ?。私たち庶民とは感覚が違うの」
ルリナは、二人は身分違いなので上手くいくはずがないと言う。
「私の方が若いし将来性がー」
その時、テクスは森の中から微かな異変を感じた。
いつもと様子が違う。
「なんだろう」
ニーシス老によると遊歩道脇の森には大型の獣は出ない。
森の小屋の周辺からは立ち入り禁止区域の柵があり、獣は通れないようになっていた。
この時期の森の動物たちは冬眠の準備に入っているはずだが、何があるか分からない。
地元の者は遊歩道近くの森には滅多に近寄らないようだった。
テクスが森の中に数歩足を踏み入れると、チラリと人影が見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「強制労働なんて冗談じゃない。オレは悪くないんだ」
カザンはブツブツと小声で繰り返す。
猶予期間は明日まで。
そのため、トリトスの館から王都に移されることになっていた。
まだ罪人ではないのに囚人護送用の馬車に乗せられているのは逃げられないようにするためだ。
王都までは馬車で三日掛かる。
今日はイガリスの門の外にある馬車停の馬番用の小屋に泊まる。
泊まるといっても罪人であるカザンはそのまま馬車の檻の中だ。
カザンにとってイガリスの街は憎いタイキーのいる街である。
夜になっても一睡も出来ずに外壁を睨みつけていた。
「だんなー」
カザンはハッと声の方を見た。
真夜中の見張りは寒さに震えて焚き火に当たっている。
護送といっても凶悪な罪人ではないカザンに注意を払っていなかった。
「旦那、あっしですよ」
暗闇からノソリとガタイのいい男が顔を見せる。
以前、カザンに雇われ、タイキーの家に入った泥棒のひとりだった。
彼はイガリスの警備隊地下牢にいたが、領主からの裁定で三十日の収監の後、罰金を払うことで解放されている。
「な、なんだ。まだいたのか」
「へえ。旦那から給金をいただいていないもんで」
取り立てに来たと言う。
男はそっと護送馬車に近付いてきた。
「そんなもん、払えるわけないだろ。この姿を見て分からないのか」
カザンはイライラしながら小声で訴える。
男の口元が歪む。
「ですが、旦那は金さえ払えば助かるんでしょ。あっしの分もついでにお願いしますよ」
「だから、金なんてないっ!」
カザンはそっぽを向く。
「そうですかー?。この街のタイキーって野郎は旦那の親戚なんですよね。知ってます?。そいつ、この国の王女様といい関係になっちまってますよ」
「お、王女だと!」
カザンは自分の館を差し押さえに来たササラーナ王女を思い出す。
「あの女!、タイキーと繋がってやがったのかっ」
怒りで顔が真っ赤になる。
「だからね、旦那。前は失敗しちまったけど、今度はちゃんとガキを捕まえて身代金、取ってやりましょうよ」
「ど、どうやってー」
「実はね。この護送の連中の中にあっしのツレがいるんす。明日の昼、街道の途中の休憩所で旦那と入れ替わりますんで。旦那は森の中へ逃げて、湖の遊歩道を通るガキを捕まえるんですよ!」
テクスたちの時間と場所は毎日決まっていた。
王女一行は今は王都にいるので、館の護衛は少ない。
「やるなら手伝いますよ、旦那」
翌日の昼近くに護送馬車は街道から外れ、森に面した休憩所に到着した。
昼食の準備が始まると、一人の男が檻に近付いて来る。
手には鍵を持っていた。
「助かる」
「シッ」
男はカザンを檻からだしてマントを渡すと、自分は檻の中に入って鍵を掛ける。
痩せた男が暗がりに座り込むとカザンと見分けがつかなかった。
「サッサと行きな」
しわがれた声に頷き、カザンは森の中へ消えて行った。
「うまくいったか」
昨夜、カザンに話し掛けた男が姿を見せる。
「後はアンタが王都に入る前に逃げ出せばいい」
鍵は持っている。
囚人の護送人たちは、おそらく気が付かない。
「後は勝手にタイキーとやらの評判を落としてくれるはずだ」
男は口元を歪めて笑った。




