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「終活させてくれ!」〜お一人様、中年男の叫び〜  作者: さつき けい


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その27・仲良しのフリをする


 どちらにしても、猶予期間が終わらないと意味はない。


「残り十日ほどかの」


「そうですね」


ササラーナは爆弾発言の後、部屋に戻ってタイキーを呼んだ。


アスィリアが酒と肴の用意をして下がる。


「遠慮せずともよいぞ」


ソファにくつろぐササラーナの前で、


「はあ」


とタイキーはグラスに口をつけて、唇を舐めた。


飲んだこともない上等な酒であることは分かった。




 我が館ながら整った要人用客室に入るのは久しぶりだった。


タイキーがなんとなくキョロキョロしてしまうのは、元王女と視線を合わせないようにしているせいである。


「ササラーナ様は何故イガリスに?」


飲みっぷりの良い女性を心配しながら訊ねる。


「王都は柵(しがらみ)だらけだからな」


遠くも近くもなく、距離的にちょうど良いのだと言う。




 ササラーナは『神眼の占い師』が亡くなってから事業への興味を失っていた。


「我は今まで国のため、才能ある若者たちのために働いてきた」


投資組織の立ち上げから約二十年。


王族が失敗するわけにはいかず、それとなく『神眼の占い師』に相談していた。


はっきりと口にはしないが、雑談の中で占い師は方向性を示してくれる。


それだけでササラーナは安心して自分の道を突き進んでいけた。


何年もがむしゃらに進んだ甲斐があって事業は軌道に乗り、放っておいても金を生むようになる。


そうなるともうササラーナが先頭に立つ必要が失くなってしまったのだ。




 タイキーは水差しを手元に寄せる。


「それで事業から身を引こうとされたわけですか」


何度も側近たちと相談を重ね、ようやく事業を国へと移すことが出来た。


「もう我は用無しであろう?」


ササラーナは苦笑する。


もう自分に価値は無く、国に利益を渡すこともしなくてよい。


心から安堵しているようだ。  


 だが、そのせいで問題が起きた。


「最近、また周りからの圧力が強くなってな」


王族の婚姻は政略である。


ササラーナは若い頃からそれが嫌で、自分自身の価値として資産を増やしていた。


自分は結婚などしなくてもそれだけの価値があるのだと証明してきたための独り身である。




 タイキーは自分の酒のグラスに水を注ぐ。


両親のいないタイキーにはよく分からないが、おそらく国王夫妻にとって娘の幸せを祈ってのことだろう。


「ご両親は仲睦まじいことで有名ですよね?」


ササラーナは頷く。


「だが、それは稀有な例でな。我は不幸な夫婦を何組も知っておる」


王宮には才能も財産もある者たちが多く集う。


身近な例ならば、もしかしたら三人の兄たちの中に婚姻により不幸になったと嘆く者がいたのかもしれない。


 ササラーナの事業引退は未婚である意味がなくなるということだ。


だから王籍を抜けると宣言して王都から逃げてきた。


事業の方は国営化で了承され、働いている者たちもほとんどが雇用されたので心配ない。


しかし、ササラーナの王籍離脱については、条件が付けられたという。




「ふんっ。婚姻が幸せとは限るまいに」


ササラーナは三十歳後半。


王妃に良く似た才色兼備、豊かな金髪に緑の目を持つ美女である。


投資の才能があることも婚姻相手には充分魅力的な女性なのだ。


「殿下の、いやササラーナ様の将来を心配してのことでしょう」


誰でもいい、というわけではないだろうに、何故か彼女は独身中年男の館に押し掛けてきた。


 黒い染め粉がかなり落ち、タイキーの髪は全体的に白っぽい。


わざと手入れを怠り、ボサボサという感じにしている。


彼女を見ないように気をつけてはいたが、目の前にいれば視界に入ってしまう。


「どうせ、もう分かっているだろう?」


ササラーナの頬がほんのりと赤い。


まさか、そういうことなのか。




 タイキーは覚悟を決めて前を向く。


緑の美しい目がこちらを見ていた。


「……占い師の館でそなたを見た時から気になっていた。我を見ようともしない態度、こちらから声を掛けても曖昧な返事で逃げる」


自分より少し年上で、騎士にしては体格は細身。


中年騎士でも多くはササラーナに忠誠と好意の視線を向けるものだが、彼はこちらを見ていなかった。


ただベッドに横たわる老女をじっと見つめている。


不思議に思った。


面会が終わり騎士に目を向けると、そこにはいつもの護衛騎士しかいない。


「先ほどの者は?」


「なんのことでしょうか」


騎士は惚けた。


職務を離れていた、とは言えない。


 しかし、ササラーナの目には黒髪に白いものが混じる中年騎士の、まっすぐに占い師を見る赤黄色の目が焼き付いている。


その目は決してササラーナを見ようとはしなかった。




 タイキーは先日、この街の宿の一室で会った王女の姿を思い出す。


確かに自分を探していたと訴える心の声が聞こえていた。


それは子供のような好奇心だった。


しかし、今の彼女からは。


「王籍を抜けるには、その、誰かと婚姻を結ぶことが条件なのだ」


タイキーは目を閉じた。


それが王命なのだと分かる。


「その相手が私だと?」


ササラーナは少女のように恥じらいながら頷く。


「上辺だけでも構わぬ。仲の良いフリだけでも。どうだろうか……?」




 はっきり言えば、タイキーはササラーナ自身を嫌っているわけではない。


だが、相手は王族で、国王夫妻のただ一人の娘である。


しかも厄介なことに彼女自身が望んでやって来た。


タイキーの傍に寄り添う彼女の予定行動が見える。


「これは……」断れない。


しばらくの間、沈黙が室内を漂う。




「では、こうしませんか」


タイキーはササラーナに提案した。


「契約書を作成させてください。それにより仮の婚約者となりましょう」


タイキーはササラーナを受け入れ、王宮にも知らることにした。


「助かる。ありがとう」


潤んだ目の彼女からタイキーは顔を背けた。


 今まで心を寄せてくれた女性は何人かいた。


でも、ことごとく『神眼』が邪魔をする。


「どうして私を見てくれないの?」


タイキーはただ相手の本心を知るのが怖かっただけだ。


どんなに自分が心を傾けたとしても、他人の気持ちなどどうすることも出来ない。


いずれ彼女も自分から離れていくだろう。



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