その26・女性たちと生活する
その日から食事の支度は王女の侍女が担当することになった。
「護衛ではなかったのかな?」
タイキーが訊ねると、アスィリアという名の侍女は薄く微笑む。
「これくらい出来ませんと王家の侍女は務まりませんので」
「はあ、さすがですな」
庶民には分からない感覚である。
とにかくアスィリアにはササラーナ王女の世話と、食事の準備を担当してもらうことにした。
王女の食べる物などタイキーには分からないからだ。
買い物は日に一度、街中にいる護衛が買い付けて運んで来るらしい。
タイキーたちの世話に関しては、自分たちのものは自分たちでやると主張しておく。
独身中年男性の世話を妙齢の女性にやらせるわけにはいかない。
「そんなことは気にするな」
と王女は言うが、王家の優秀な侍女の給金など分からないし、払えない。
タイキーがそう言うと、王女には「フンッ」と鼻で笑われる。
「承知いたしました」
アスィリアは頷き、夕食の準備を始める。
今の台所兼食堂では狭いため、タイキーは会食用の広い食堂を解放。
王女にはここを使ってもらうことにして、掃除、テーブルクロスなどの設備を全力で整える。
アスィリアも一緒に動き回っていたが疲れた様子は一切なかった。
翌日の朝、滝へ走りに行ったテクスが戻って来たときのこと。
「おじさま!、お手伝いに参りましたわ」
テクスから「館に客が逗留している」と聞き、ルリナがついて来た。
客が女性二人と聞いて、じっとしていられなかったらしい。
「私もこちらの館に住み込みたいです!」
予想通りのことを言い出す。
危ない目に遭ったというのに、もう忘れたようだ。
「ダメだ」
タイキーは却下した。
やっと孫娘と同居できて喜んでいる彼女の祖父母に申し訳ない。
「では、午前だけ手伝いに来るのを許可しよう」
何故か王女が口を出してくる。
「良家の子女ならば行儀見習いということにすればよかろう」
「そ、そうですねー」
タイキーの苦渋の返事にルリナが喜ぶ。
祖父母のカフェは昼と夕方は忙しい。
早朝から昼までタイキーの館に来ることになった。
もちろんテクスの送迎付きだ。
基本的に行儀見習いは無給である。
どんな仕事も礼儀を身につけるための教育という建前だからだ。
大切なのは、どこの、誰の家に勤めたかということ。
結局は結婚前の箔付なのである。
元々、行儀見習いは良家出身の令嬢が多く、安い給金では彼女たちの普段の小遣いよりも少ない。
そんな端金は不要となったらしい。
しかしルリナは庶民の子女であるため。王女からは、
「我から多少なりの給金も出そう」
という提案もあったが、タイキーは断った。
「殿下のお心遣いはありがたいですが、これは私の血筋の者です。箔付けだけで充分でございます」
ルリナも頷いた。
「私がお願いして教えて頂くのですから、給金など無用でございますわ、殿下」
思ったよりしっかりしている。
タイキーは感心した。
それからタイキーとテクスの生活は少し変わった。
朝、タイキーはいつも通り家畜の世話をする。
その間にテクスは走り込みに出て、帰りはルリナを伴って戻った。
アスィリアは台所の掃除を済ませてから朝食の準備。
それが終わるとササラーナ王女を起こし、朝の支度をさせた。
朝食は別々に食べる。
タイキーとテクスはいつもの台所兼食堂で。
広い会食用食堂で王女が食事を終えた後、侍女と見習いのルリナは台所で一緒に食べた。
王女は昼食時に街中にいる護衛たちから物資を受け取ったり、王都からの報告を受けたりするそうだ。
そのためタイキーは昼はいつも通り外食にし、勝手に国の秘密を知ってしまわないように気をつけている。
テクスはルリナを滝のカフェに送った後、合流。
昼食後は一人で街の中心にある警備隊の訓練所に向かった。
夕食は王女からの要請で出来るだけ一緒のテーブルにつく。
広い会食用食堂で侍女アスィリアも同じテーブルに着くように指示されていた。
食後のお茶とデザートを出した後、アスィリアも席に着く。
「さて、今後の話がしたい」
王女がタイキーとテクスの顔を見る。
「まずは快適に過ごさせてもらっていることに感謝する」
軽い会釈にタイキーも笑顔で返す。
「我はここが気に入った」
カザンの猶予期間だけの滞在予定だったが、場合によっては延長するかもしれないと言い出したのである。
タイキーは眉を寄せる。
「いや、しかし殿下。イガリスでは王宮のご家族や王都の商会関係者は不便になりますよ?」
「それなんだが、実はな」
王女と侍女が何か示し合わせたように頷き合う。
「我は、王都にある研究所と商会を全て国に売却し、王宮も出たのだ」
「は?」「えっ」
タイキーとテクスは目を瞬いて驚く。
ササラーナ王女は順当に利益を出し続ける研究と商売を自ら手放し、国営事業とした。
「ついでに王籍も抜くように頼んである。これで我は『殿下』と呼ばれる身分ではなくなった」
さっぱりした顔をしているが、侍女の方は呆れたようにため息を吐いていた。
「しかし、殿下、ササラーナ様のために働いていたという者たちもいたと思いますが?」
学生の頃から面倒を見てもらっていた研究者や、王女の意向で動いていた部下が納得するはずがない。
「うむ。少なからずそう言う者たちもいたが彼らには新しい事業を立ち上げてもらうことにした。トリトスの街でな」
事業を売却した金で新たな事業拠点を作る。
それ自体は普通だろう。
「何故、トリトスに?」
テクスも顔を顰めている。
新たな事業なら王都が一番便利なはずだ。
「ふふふ。もうすぐ新しい建物が手に入るのでな」
王都ではないが街の中心部にあり、豪邸である。
「まさか、カザン邸ですか」
タイキーの脳裏に嬉々として由緒正しい館を改修しようとしているササラーナの姿が見えた。
その横で小さくなっているカザンの姿も。
「その通りだ。タイキー殿には見えたであろう?」
トリトスの領主にも許可は取ったという。
後は猶予期間が終わり、カザンが出て行けば工事と引越しが始まる手筈になっているそうだ。




