その25・借金を解決する
ササラーナ王女はトリトスの領主イラシュに会い、カザンの話を聞いた。
タイキーを困らせている者だということを。
「多額の借金があり、タイキー家の資産を狙っている。しかし、血の繋がりもあるため無下には出来ないそうだな」
「……その通りですが」
一族の醜聞であり、タイキーにすれば王女に知られたくはなかった。
それに彼女自身に何か出来るとは思えない。
「それでな。我はイラシュ殿に提案したのだ」
王女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「要するに金があれば良いのだろう?」
「ええ、彼にすればそうでしょうが。まさか殿下が?」
肩代わりしようとしているのか?。
タイキーの顔がますます険しくなる。
「我はただ金を出そうというのではない」
この王女は商人だ。
ただで金を出すはずがないのは分かっているが。
「返済する金がないなら代わりを取り立てるべきだ」
「具体的には?」
「ふふふ」
王女の、王族らしからぬ笑みに侍女が空咳をして嗜めた。
王女は王都の然るべき場所に連絡し、カザンの借金相手を調べさせ、債権を全て買い取ったそうだ。
「何故、そんなことを?」
タイキーが訊ねると王女は当然だと言う。
「我だけが債権者であるならば、あの男は返済を免れないからだ」
カザンの今までの負債は多数の知り合いから少しずつ借りたものだった。
一人から借りた金を、他人から借りた金で返済する。
そうやって金額と被害者を増やしていった。
貸した側は少額のため取り立ても緩く、あまりうるさく言わないのが特徴だ。
しつこく催促されれば、また違う者から借りて返済。
カザンはそれを繰り返していた。
少ない友人は元より、兵学校時代の知り合い、妻の友人、実家や親戚、ありとあらゆる伝手を使って借りまくっている。
「それを我がまとめて引き受けた。利子も含めれば、かなりの金額だぞ」
王女はクスクスと笑った。
カザンは、そんなまとまった大金を返済のためにどこからか借りてくるなんて出来はしない。
「でしょうね」
タイキーは呆れた顔で頷いた。
王都にいた頃、タイキーも調べたことがある。
カザンの借金相手があまりにも多くて途中で諦めた。
しかも、タイキーが親戚だと知るとこちらにも催促がくる。
「馬鹿らしい、放っておけ」
祖父も何度か助けたようだが、カザンは懲りずに借金を繰り返したため、最後にはそう言って切り捨てた。
そして借金取りからカザンの両親を匿い、妻子は王都に住む知り合いに託したのである。
親戚として出来るだけのことはしたと思う。
「それで、殿下はどうするおつもりなのでしょうか?」
「うむ。まず、返済の督促と同時に同額の担保を要求した」
担保は領主イラシュが協力し、資産を調べ上げている。
「あ、あれか」
先日、タイキーの財産を調べた徴収官のように、カザン名義の資産を書き出したものを作成したのだ。
「返済には到底、足りないがな」
王女は楽しそうに笑う。
それを持って領主と担当文官、さらに王女の護衛騎士と共にカザンの館に入った。
カザンと使用人たちは驚き、呆然としていたという。
「館と土地、家財の全てを差し押さえたぞ」
タイキーは楽しそうに話す王女にため息を吐いた。
「それでも足りない分はどうなされるのですか?」
「うむ。そこは本人に労働で返してもらうことになるな」
強制労働は賃金により借金残額がなくなれば解放される。
だが体力のないカザンの場合は、働いても収入は少ないだろうから死ぬまで終わりそうにない。
「不満かね?」
王女は笑みを消し、タイキーに訊ねる。
「いえ。寛大な処置に心より感謝申し上げます」
タイキーは椅子から降り、床に片膝をついて礼を取った。
「では決定だな」
侍女が二人分のお茶を淹れ直す。
そのお茶を飲んで、ひと息吐く。
「それでな」
まだあるのか、とタイキーはカップを持ったまま手をとめた。
執行には通告から三十日間の猶予があり、それまでに全額か、相当額の他の担保を用意すれば免れるという。
「無事に執行されるまで、我はここに滞在する」
「は?。イガリスの街に?」
「うむ。この家の世話になる」
タイキーはカップを落としそうになったが、なんとか無事にテーブルに置いた。
「宿をお取り致しますが」
「この館の部屋は空いておるだろう?。そのために侍女と二人だけで来たのだ。大人数で押し掛けては迷惑になるからな」
タイキーは舌打ちを我慢して、引き攣った笑顔を浮かべる。
「ハハハ、ご冗談を。ここは私と少年の二人暮らしで使用人もおりませんし」
「うちの侍女は優秀だぞ」
王女は澄ました顔でカップのお茶を啜る。
「よろしくお願いします」
若い侍女は軽く礼を取った。
どうやら、すでに決定事項らしい。
猶予期間中にカザンがなんらかの方法でタイキーの資産を奪おうとするかもしれない。
警戒する必要がある。
そう考えた王女はこの館に滞在を決めた。
おそらく、護衛は侍女一人ではなく、この街中に何人か配備されているのだろう。
「……はあ、承知いたしました」
タイキーは項垂れる。
「では部屋へご案内いただけますか?。タイキー様」
侍女に促され、タイキーは渋々立ち上がった。
この館で一番広く、上質な家具のある部屋へ案内する。
二階の左側突き当たりの角部屋。
右端にあるテクスの部屋とは対極にある。
「要人用の客室です。付き添い用の小部屋も隣にありますから」
「ありがとうございます」
掃除用具、寝具一式、洗濯場、風呂設備。
一通り説明し、換気や寝具の設置を手伝う。
そのうち「ただいま戻りましたー」と、元気な声が聞こえてきた。
「テクス少年、久しぶりだな」
何故か王女が迎えに出た。
「え?、王女様?」
送ってきた警備兵と共に、テクスは玄関口で固まっている。
「しばらくの間、世話になる。よろしくな」
「はい?」
理解できず、立ったままポカンとしている。
二階から降りて来たタイキーはテクスの傍に行き、ポンッと肩を叩く。
「諦めろ」
「えー……」
気楽な男同士の生活はしばらくの間、お預けとなった。




