その24・内輪話は秘密にする
翌日、タイキーたちはいつものようにハマトの食堂へ昼食を食べに行く。
そこでマッサ青年から、王女一行がすでにイガリスの門を出たと聞いた。
「ふう」と息を吐いたタイキーにテクスもホッとする。
昨夜、一緒に風呂に浸かりながら二人で話をした。
タイキーは、そこでテクスに「王女様との会話で知ったことは、一生、誰にも話さないように」と口止めする。
下手をすれば不敬罪になるので当たり前だ。
テクスも知られたくないことがあったので頷く。
「王女様も誰かに話したりしないよね?」
タイキーの『神眼』を怖いかと訊ねられて「師匠が好きだから大丈夫」と答えた。
今思うと少し恥ずかしい。
テクスは王女が誰かに話すのは嫌だなと思った。
「そりゃ、分からんが。どうせもう会うこともないだろうし、王女が身近な人に話したとしても相手は俺たちのことなんて知らないだろう」
だから問題ない、とタイキーは笑った。
『神眼』の件についても、知っている人はいてもそれを大声で話す人はいない。
「時代遅れなんだよ。四十年ほど前に一時的に流行っただけさ」
タイキーは、王都警備隊時代の自分の『神眼』についてもシラッと否定する。
「あれは主に犯罪者の心理だからな?」
一般的ではない、警備兵としての経験からの推測が当たっただけだと言う。
テクスは、この街の人々に知られたくないのだろうと思い、頷く。
「うん。分かった」
この話はそれで終わりである。
風呂上がり、いつものように夜風で髪を乾かしながらテクスはタイキーに訊ねる。
「あのさ。ササラーナ王女様ってどんな人なの?」
テクスは初めて王族に会った。
もっと神々しくて畏れ多いと思っていたが、案外普通の人だった。
「言葉遣いが変わってて、服とか身に付けてるものは高そうって思ったけど。師匠のこと気にして、わざわざ探しに来るなんて」
高貴な方にしては庶民的というか、変わっている。
「ああ、そうだな。あの方は王族といっても王位継承権を放棄していらっしゃるからなあ」
四人兄弟で兄三人の末妹。
政に携わる機会は、ほぼ無い。
「その代わりというか、学生の頃から自分の小遣いを運用して莫大な利益を上げた投資家で知られているんだ」
「ふあ」
テクスは、ふとカザンの顔を思い浮かべた。
あれとは真逆の人だ。
「彼女は知り合いの優秀な学生に支援投資したり、信用できる商人に販売を委託するなどして成功した」
テクスがモヤッとしたのは、そこに『神眼の占い師』の影響を感じたからだ。
「そして、その金を国庫に寄付することで縁談を断り続けている」
上流階級の人間は婚姻も策略の内であり、王族ならばなおさら他国の王族や有力な富裕層との政略結婚もあったはず。
「結婚するより、国に貢献しているということ?」
「まあな。学生の頃からだから、かなりの金額になるだろうね」
そのため、国王や大臣たちは彼女に対して強く縁談を勧められない。
基本的にどこも財政難。
彼女が国を出てしまったり、家庭に収まってしまうと困るのは国なのだ。
「彼女の感覚は王族というより商人に近いんだよな」
そう言ってタイキーは笑う。
「へえ」
商人になるための教育を受けてきたテクスは王女に親近感を持つ。
それからしばらくは静かな日常が戻ってきた。
しかし、その平穏は十日も経たずに破られる。
いつものようにハマトの食堂で昼食を済ませて、タイキーは帰宅。
テクスは最近、警備隊で武術を習っているので、そのまま訓練所に送って来たところである。
そこに来客があった。
タイキーは呼び鈴を聞いて「はい、どちらさまー」と玄関の扉を開く。
フードを深く被った女性と、付き添いらしい若い女性の二人連れが立っていた。
「ご機嫌よう、タイキー殿」
そう言ってフードの中から顔をチラリと見せる。
タイキーは一瞬、目を疑ったがすぐ我に返り、女性たちを家の中に入れて扉を閉めた。
「な、なんでまた」
ササラーナ王女と、その侍女である。
しかも護衛騎士がいない。
「そなたに話があってな」
「へっ?」
王女の笑顔に、中年の元警備隊兵士は恐れ慄く。
とりあえず、応接間へ通した。
テクスがいないので今は館にはタイキーひとりしかいない。
何とか上等なカップを出し、お茶とお菓子を用意した。
途中から侍女が台所に入ってきて手伝ってくれる。
タイキーは侍女に訊ねた。
「申し訳ない。しかし、なんだって二人で……護衛はどうされました?」
「この街では護衛はわたくし一人で十分だと判断いたしましたので」
確かに均整のとれた体型、動きに隙がない。
不敵な笑みを浮かべた侍女がサッサと茶器を運んで行く。
タイキーは彼女の後を追って部屋へ戻った。
改めて、応接用のテーブルに向かい合わせに座わる。
「少年はいないのですか?」
「ちょっと出掛けてます」
軽く雑談しながら、侍女がお茶の配膳を終えるのを待つ。
「それは好都合です」
王女はカップを持ち、一口啜る。
「ふう」とひと息吐くと顔を上げた。
「それで、私に何か御用ですか?」
タイキーは険しい顔のままだ。
王女は先日、この街を出てから一旦、領主のいるトリトスの街へ向かったと言う。
「我はどうしてもタイキー殿にお詫びがしたかったのでな」
ずいぶんと長い間、母と息子を合わせることが出来なかったことが心に引っ掛かっていた。
「それでも私に謝罪など必要ありませんよ」
そんなことを言われてもタイキーは困るだけである。
「うむ。我の自己満足でしかない。それでも何かしなくてはおれなかったのだ」
領主イラシュを訪ね、相談した。
「イガリスの街のため、タイキー殿のために何か出来ることはないか、と」
「ご領主様はなんと?」
タイキーはじっと王女を見つめる。
その視線の意味することを思い出し、王女は少し動揺した。
「そ、その、もしかしたら、もう分かってしまったかもしれないが」
顔を逸らし、カップをテーブルに戻した王女はポツリと零す。
「タイキー殿が困っている、カザンという男のことを聞いた」
「は?」
タイキーは顔を顰めた。




