その23・王女は心配する
タイキーはため息を吐く。
「おそらく、殿下がお知りになりたいのは、あの日のことでしょう」
ササラーナ王女の護衛騎士に化け、占い師のいる館に入り込んだ、あの日のこと。
ただ会いたいと願い、王族の護衛騎士に手を回すという危ないことまでやった。
それなのに、離れて見ていただけ。
その時は何も知らなかった王女は、彼女の死後に事情を知り、その理由を聞くためにここまでやってきたのである。
タイキーは言葉を選び、ゆっくりと話す。
「彼女を一目見て分かったんです。髪の色が同じでしたから」
その上、騎士服を着たタイキーは年齢は違っていても、記臆の底にある父親に驚くほど似ていた。
トリトスの領主イラシュにも「さすが親子だ」と、よく言われる。
「もし自分の父を知っている人なら、すぐに血縁者だと分かるらしいです」
長く思い続けた男性の面影を持ち、自分の子供と同じ年代の男性。
彼女は、血の近さを一瞬で理解してしまったのだ。
「そこからは距離など関係なく、彼女から『関わるな』『すぐに去れ』という言葉が浮かびました」
これ以上、ここにいることを彼女は望んでいない。
だからタイキーは何も告げずに退室し、館を去ったのである。
「殿下もご存知でしたよね。彼女が『神眼』の力を失くしていないことを」
「いや、それは知らなかったぞ」
王女は動揺を隠し誤魔化すが、タイキーが相手では通用しない。
お互いに苦笑を浮かべた。
夫と赤子を同時に失った占い師は身体と共に精神も病み、『神眼』を失ったと言われていた。
そのため「役立たず」と家を追い出されることになり、それを知った王妃に保護されている。
王家もまた彼女の占いに何度か救われており、感謝していたからだ。
「じゃあ、保護されてからなら子供に会えたんじゃない?」
と、テクスは言う。
王家に匿われていたなら、もう未来は変わっていたはずで、それなら夫を探して一緒に生活しても良かったのではないかと。
「別れる時に、今後一切手を出さないと約束させたのだ。相手がそれを守っている間は再会などできまい」
王女も探そうとしたのだが、彼女は最後まで父子の情報は何も言わなかったという。
そのうち『神眼の占い師』は年老い、まるで幸せになることを拒むかのように、ひとり静かに生涯を終えた。
おそらく、あの日目にした、息子の成長した姿を目の中に抱いて。
「もう、お話しすることはございません」
これ以上は話す気はないと、タイキーは立ち上がる。
「失礼いたします」
テクスも一緒に立ち上がり、二人は深く礼を取る。
部屋の扉を開けたところで王女から声が掛かった。
「すまぬ。テクスとやらと二人だけで話がしたい」
「え、僕ですか?」
テクスは驚き、タイキーの顔を見上げる。
「先に外に出ているよ」
そう言ってタイキーは頷き、出て行った。
緊張したテクスは恐る恐る振り向く。
「あ、あの、なにか」
「そう緊張せずともよい。少し訊ねたいことがあるのだ」
「はあ」と、テクスは椅子に座り直す。
ササラーナ王女はタイキーが出て行った扉をチラリと見た。
何か警戒しているのだろうか、とテクスは首を傾げる。
「あー、コホン」と、空咳をした王女はテクスと向かい合った。
「そなたはタイキー殿と同居しておるのか?」
「はい。この街に来てから師匠の館で寝泊まりさせて頂いています」
テクスは他に使用人もおらず、二人っきりだと話した。
「そ、そうか」
テクスはなんとなく、王女がまるでタイキーの話を聞きたがるルリナのようだなと思った。
「そなたは、その、一緒に生活していて困ることはないか?」
「師匠と、ですか?」
テクスは「ふむ」と考える。
王女は何を知りたいのだろう。
「特に不自由はありません。仕事は家畜の世話と、畑で野菜も作ってます」
主に昼食は知り合いの食堂へ行き、暇な時は釣りをしたり、乗馬の練習をしたりしていると話した。
「困ったこと、んー、特にないです」
テクスは一瞬、カザンのことが脳裏に浮かんだが、王族に話すのは大袈裟な気がしてやめた。
「そうか。では、タイキー自身についてはどうかな?」
「え?」
「ほら、『神眼』で思っていることが勝手に知られるわけだし」
テクスは顔を顰める。
今までは知らなかったが、それでも特に問題はなかった。
「殿下、僕は師匠に知られて不都合なことなどありません」
ただルリナのことについては少し恥ずかしくはあるが。
王女は慌てた。
「そ、そうだな。別に我はそなたを悪意のある者だと疑っているわけではない」
王女は『神眼』により行動を先読みされたり、思っていても口に出せないことを知られたりすることを嫌がっているようだ。
「そなたは怖くはないのか?。気味悪いと思ったことは?」
「ありません」
キッパリ答えたテクスは心外だと不機嫌になる。
「僕は悪事を働く気もないし、師匠に『神眼』で心を見られたとしても構いませんから」
逆にタイキーはテクスの気持ちを察して、あまり話題にしないようにしている気がする。
「それだけタイキー殿を信頼しているのだな」
王女の表情が少し和らいだ。
「いえ、何というか。僕はタイキーさんが好きだからですかね」
テクスはニコリと笑った。
「タイキー師匠は、僕がたとえ悪いことを考えたとしても、危険なことでない限り何も言わないと思います」
それはテクスなら悪事を考えても実行しないという信頼ではない。
「多少のことは仕方ないなあ、って許してくれるんじゃないかと」
テクスはグッと手を握り込んだ。
「言い方はおかしいかもしれませんけど、僕はそんなタイキーさんも好きだから、気持ちを読まれても許せるんです」
知っていても踏み込まない距離。
失敗しても許してくれる度量。
でも人一倍、テクスが傷つくことは避けようとしている。
「まるで本当の……親みたいに見守ってくれてるって感じます」
テクスの目はほんの少し潤んでいた。
「すみません、もうよろしいですか?」
「あ、ああ。悪かったな」
テクスは礼を取り、早足で部屋から出て行った。




