その21・行いを後悔する
タイキーは、どうしてもその女性に会う必要があった。
存在を知った日から、あらゆる手を使って匿われていた館を見つけ出すことに成功。
出入りしている者たちを調べ、館内に入れる方法を探した。
相手が王都の庶民ではタイキーの顔を知られている可能性があるため、出入り商人や使用人との接触はなるべく避けたい。
そう考えると後は王女と、その護衛騎士しかいなかった。
「王女か。厄介だが、なんとかなるか」
タイキーは護衛騎士の行動を読み、頼み込んで少しの間だけ交代してもらうことにした。
そして王女の臨時護衛として館に入る。
タイキーは、ただ室内の離れた場所から王女と女性が会話する様子を眺めていた。
途中で正規の騎士と入れ替わり、何食わぬ顔で仕事に戻ったのである。
王女の前でタイキーは神妙に頭を下げていた。
「あの時は……不敬を承知の上でしたので」
警備隊に迷惑が掛からぬようにすぐに辞職し、静かに王都を去った。
祖父が亡くなってからずっと申請はしていたので、警備隊としては突然というわけではない。
早い段階で副隊長の引継ぎも終わっていた。
そのお陰で『神眼の副隊長』の引退の噂はすでに沈静化済み。
そしてタイキーは、いつ処罰されても大丈夫なように終活を始めるはずだった。
一年が経ち、忘れた頃に因果はこうして巡ってくる。
思うようにはいかないものだと思う。
「ああ、我は何も知らなんだ。そなたがあの後、姿を消したことも」
徐々に王女の目が吊り上がっていく。
「我が納得いかないのは、そなたが何も言わずに立ち去ったことよ!」
王女の言葉はやがて嗚咽混じりになる。
「どうして……せめてひと言、声を掛けてやらなんだ」
数日後に女性が亡くなったこともタイキーは知っていたが、葬列を見送ることさえしなかった。
哀しみを堪えた王女の顔が歪む。
「彼女は、そなたの母上でしょう?」
「え……」とテクスは声を漏らす。
少年は混乱している。
「それってどういうこと?」
王女には問えず、テクスは隣りに座る師匠を見上げた。
「それはー」
タイキーが言葉を濁すと、代わりに王女が答える。
「貴重な『神眼』を持つ女性であるからな。家でも外でも大事にされ、人目から隠されてきた」
幼い頃から周りを大人たちに囲まれ、子供らしい遊びも知らずに育った。
年頃になると周りは益々警戒を強め、家族と依頼者以外、誰とも接触しない、まるで囚人のような生活だったという。
異性どころか、同性の友人すらいない。
一生このままだろうと諦めていた。
しかし当時、女性には護衛の騎士が付いていた。
家族以外では常に傍にいる頼もしい存在である。
やがて彼女は一人の若い護衛騎士と相思相愛になってしまい、二人は姿を消す。
「世間的には彼女は若い頃、悪人に拐われたことになっておる。だが、実際には駆け落ちだったのだ」
それを知っているのはごく一部。
令嬢の身元などは決して漏れることはないし、騎士隊は不名誉除隊となるが、二人の幸せを祈る者が大半である。
「その騎士様って」
テクスは思わず呟く。
「ああ、俺の親父だ。『騎士の恥』として巷ではよくある話だから噂もすぐに消えた。だが、女性の家ではかなり執念深く探し回ってて。結局、引き離されたらしい」
タイキーは小声で祖父から聞いた話をする。
あの家は彼女の占いに頼り切り、彼女がいなければ立ち行かない状態になっていたのだ。
王女もまた声を潜めた。
「発見された時、彼女が逃げられなかったのは出産後で体調を崩していたためだったの」
二年間、なんとか人目につかない様、不定期に移動し、逃げ続けていた。
だが、若い二人に子供ができ、身軽に動けなくなったところに追っ手が迫って来る。
女性は、夫が赤子を連れ外出した隙に、わざと追っ手に姿を見せて接触。
自分以外に手を出さない約束で保護され、一人で王都に戻ってきた。
彼女さえ戻れば良いと生家では条件を受け入れたが、産後の体調が思わしくなかった彼女は、そのまま寝たきりになったという。
四十年前の話である。
「彼女がいざとなったら自分が囮になり、夫と赤子は逃すと決めていたのは、我が子を自分と同じ目に遭わせたくなかったからであろうな」
王女の言葉はもっともである。
「でもそれは、その赤子に同じ才能があれば、でしょう?」
テクスは首を傾げる。
赤子に同じ力があるかどうかは成長しなければ分からない。
「その力は遺伝するのかな」
「我には分からぬが。そうだな、例えば」
王女の目はタイキーを見た。
「彼女は、それは美しい白銀の髪をしていた。珍しいであろう?」
「はい、そうですね」
と、テクスは頷く。
「その髪の色を受け継いでいたとしたら、その子は母親に似たということにならないか?」
赤子が珍しい銀髪だったら、周りは放っておかない。
『神眼の占い師』の再来として祭り上げたに違いない。
テクスはハッとした。
タイキーはイガリスに来た五歳の時点ですでに人の行動を読んでいたとニーシス老から聞いた。
「師匠、まさかその髪……」
年齢による白髪ではなく、元から白かったとしたら。
テクスの顔が強張る。
タイキーは大きくため息を吐いた。
「お前を巻き込みたくはなかったが」
と、覚悟を決めた様に微笑む。
「俺は自分の人生がいつ終わってもいいように整理しようと思ってイガリスに戻ってきた」
軽くテクスの頭に片手を置く。
「お前を弟子にしようと思ったのは、俺の残りものをもらってほしかっただけだ」
修行なんて本当はどうでもよかった。
ただ、タイキーは自分にはもう必要がないものでもテクスの役に立つなら譲りたいと思って弟子にしたのである。
「タイキー師匠」
「そうなると、やっぱりちゃんと話しておくべきかな」
テクスはタイキーの優しい声にどこか哀しさが混ざっている気がした。
「勿論、お聞きしたいですわ!」
王女が張り切って声を上げ、侍女にお茶を淹れ直させた。




