その17・領主と対面する
領主がいるトリトスの街は、イガリスのすぐ隣にある。
イガリスを出て街道を右へ行けば王都に、逆に左へと向かえばトリトス。
真っ直ぐに馬を飛ばせば一日もかからずに到着する。
トリトスの領主屋敷はこの地方の役所を兼ねているため、タイキーの館より倍以上大きい。
タイキーは役所受付ではなく、私的な玄関の方に向かう。
使用人に馬を預けると奥へと案内された。
この国の領主というのは国王から任命される。
地方ごとに古くからの名家や豪商など、住民から人望があり、資産を充分に持っている家が選ばれることが多い。
領地は、領主が住む一番大きな街を中心として、だいたい五つか六つほどの周辺の町や村を含む。
たまたま近くに同じ規模の街がある場合は共同で行うこともあった。
実は、以前は現在のトリトス領主家とイガリスのタイキーの家が共同で領主の仕事をしていたが、タイキーの父親の件で祖父が領主を辞職。
それ以来、トリトスの領主がイガリスの街も面倒を見ている。
「おお、タイキー殿。よくいらしてくれた」
「ご無沙汰しております、イラシュ様」
現在の領主イラシュは赤に近い髪と薄い茶色の目をした、六十歳過ぎの元気なご老人である。
「突然の訪問、申し訳ございません」
「タイキーならいつでも大歓迎だぞ。今日はどうしたんだ?」
昔から家同士の繋がりがあり、タイキーの父親とは幼馴染だったらしい。
祖父からも、約四十年前の『騎士の恥』といわれた騒動の時にずいぶんと世話になったと聞いている。
「実は、先日、こういったものを入手いたしまして」
カザンの側近が見せて来たタイキー家の資産を書き出した紙である。
「ふむ、なかなか詳しく調べてあるな」
「ええ。これはこちらの執務官様の仕事でしょうか?。私ではなく、他の者の手に渡っておりましたが」
個人の財産を調べるのは領主の依頼を受けた徴税官だけだ。
しばらく黙って紙を見ていたイラシュは、控えていた使用人に担当者を呼ぶように伝えた。
タイキーとイラシュが雑談していると、オドオドした女性文官と、いかにも不機嫌そうな一人の男性が入室してくる。
「失礼いたします。何か御用でしょうか」
女性は深く礼を取る。
男性は領主に対して簡易な礼を取るが、タイキーとは目を合わせることもしない。
担当男性のかなり不敬な態度に驚いたが、どうやら領主子息のひとりらしい。
「忙しいので早めにお願いしますよ、父上」
「これはお前が作ったのか?」
イラシュはタイキー家の財産を書いた紙を見せる。
心当たりがあるようで、領主の息子が「ああ」と頷く。
「私ではないですよ。確かに資料は見せましたけど勝手に書き写して行ったんです」
領主であるイラシュの顔色が変わった。
「馬鹿者!、他家の資産を第三者に教えるなど役人としてあってはならんことだ」
「そんなこと言ったって、あっちが勝手にー」
言い訳をする男にタイキーは訊ねる。
「その第三者がコレを悪用するとは思わなかったのですか?」
「悪用?。こんな紙切れを何に使うというんだ」
本気で分からないらしい。
タイキーはカザンがこれを使って徴税官の代理をしようとしたことを話す。
「私は以前からイラシュ様と直接交渉していますから騙されることはありませんが」
立場の弱い者が、このような精細な資産額を文書で出され、代わりに徴税すると言われたら断れるだろうか。
「自分より身分の上の者が護衛や徴税官らしい文官を連れて押し掛けて来たら?」
「そ、それは、普通に支払えば良いのではないか」
イラシュとタイキーは同時にため息を吐いた。
国から派遣されている女性徴税官はぶるぶる震えている。
「受け取った額をきちんとこちらに届けてくれるとは限りません。最悪、領主に納めず、自分の懐に入れることも考えられます」
と、同僚の領主子息に訴えた。
そうなると、支払ったのに領主からは未納として取立てが来ることになる。
納税者と領主との間で不信が広がってしまうだろう。
「支払ったら証拠の受け取りがあるじゃないか。それを見せれば」
「それが偽物だったら?」
タイキーはじっと領主子息である文官を見る。
「え、いや、それは」
「コレを我が家に持ち込んだのはカザンです」
カザンは要注意人物として領主屋敷では顔が知られている。
おそらく誰かを使って調べさせたのだろう。
一般の人間は領主個人の屋敷には入れないが、役所の方なら誰でも入れる。
「知らない!、聞いてないぞ」
子息は重大さに気づいて慌て始める。
「どんな理由にせよ、第三者が本当に善意であったとしても、情報を流せば悪用する者はいます」
タイキーは王都警備隊時代にそんな人間を何度も見てきた。
悪人ほどこういったことには頭が回るものだ。
呼ばれた領主家の護衛兵が彼をどこかに連れて行った。
子息の処分については領主であるイラシュに任せる。
女性徴税官については監督不足で国に報告し、王都の行政府の判断を待つことになった。
タイキーは、ついでにカザンに依頼した商人の男性についても話をした。
「一度申請、受理されたものを取り消すのは簡単ではないぞ」
「トリトスを甘く見るな」とイラシュも怒っている。
「両親とも古い知り合いゆえ様子を見ておったが、そろそろカザンについても何か考えねばならんな」
タイキーは、その領主の言葉には軽く頷くだけにした。
「では、私はコレで」
「しはらくは多忙だが、いつでもまた訪ねてくるがよい」
「ありがとうございます。ぜひまたお伺いいたします」
タイキーは深く感謝の礼を取った。
領主屋敷から外に出る。
大きな通りの向かい側にカザンの館がチラリと見えた。
タイキーがあの家を訪ねたのは子供の頃でも数えるほどしかない。
王都に出てからは領主に用事がある時しか来ないので、勿論、カザン邸に寄ることもなかった。
最近は使用人も減っていて、荒れているそうだ。
すでに夜に近く、この時間からイガリスに帰るには危険と判断。
タイキーは久しぶりにトリトスの街に宿を取り、翌朝、帰ることにした。




