その15・街の外へ出かける
タイキーは森に入り、ニーシスの小屋に寄った。
「若旦那様、どうされました?」
タイキーがこの年齢になっても『若旦那』なのは、この老人にとって主人は亡くなったタイキーの祖父一人だからだろう。
「急用で出掛けてくる。その間、館の管理と子供たちを頼む。今日はルリナ嬢が来てるから、様子を見て、滝の祖父母の家に送ってやってくれ」
「承知いたしました」
返答したニーシス老にタイキーは騎乗したまま頷いた。
「よろしく頼む」
そして、そこから街の警備隊事務所に向かった。
「タイキー様」
街の警備隊隊長タラクが飛び出して来る。
警備隊の建物には、街を見渡せる高い塔がある。
街のどこからでも見える高さがあり、何かあった場合に知らせるための鐘が設置されていた。
その鐘堂の窓から見えたものがあった。
「塔の旗を見た。何かあったのか?」
急ぎでタイキーにだけ知らせる旗だ。
ルリナの父親でタイキーの親戚に当たるカザン。
彼がイガリスの街に近づいている場合、警備隊から知らせがくるようになっていた。
タラクは首を横に振る。
「まだ分かりません。ただ、例の男がこちらに向かっているそうで」
これがすでに到着していると警備兵が早馬で知らせに来ることになっていた。
カザンは、最近、トリトスの領主側近と何かを企んでいる。
タイキーはハマトの食堂に出入りする常連の商人たちから情報を得ていた。
「分かった。行ってみる」
馬を街道に向けた。
イガリスの街から外へ出入りする街道は一つしかない。
街道に大きな門があり、出入りには警備兵による簡単な取り調べがある。
危険な人物や物が入らないように検査されるのだ。
タイキーが門に到着すると、ちょうどカザンが警備兵と揉めているところだった。
「何をやっとる。早く入れろ」
「お待ちください。ただいま荷物の検査中です」
今までカザンが通れていたのはひとえに街の名士であるタイキー家の親戚だからである。
しかし、年に二、三度くらいだった来訪が最近増えているため警戒を強めていた。
「なんだと!、わしを誰だとー」
「やあ、カザン。また来たのか」
馬を降りたタイキーが声を掛ける。
前回来た日から、まだひと月も経っていない。
「こいつらをなんとかしろ、一族の恥が!」
「お前のほうが恥だ」とは口に出さずにタイキーは苦笑する。
「カザン。今日は何の用で来たんだ?」
カザンは痩せた胸を張る。
「今日はお前に用はない。とある商人から依頼されたのだ」
警備兵がカザンの言い分を書いたメモをこっそりタイキーに渡す。
「ジェジェ商会」と書いてある。
「その商人を呼んでいますので、こちらで少々お待ちください」
時間稼ぎの荷物検査を終え、警備隊の詰め所に案内する。
待合室のような場所で通りを眺めていると、ジェジェ商会のエリリアンと秘書が来た。
何故か、先日会ったばかりのテクスの父親の部下と一緒に。
「こ、この男です!。私が引き取るはずだった子供を横取りしたのは」
男はタイキーを指差す。
エリリアンにすれば同じ商会で働く従業員仲間である。
無下には出来なかったのだろう。
「お久しぶりです、エリリアンさん」
タイキーはわざと丁寧に礼を取る。
「ああ、タイキー。順調そうで何よりだよ」
親しげに挨拶を交わす二人に男はイライラする。
「警備隊の皆さんも、ほら、領主様から派遣されたカザン様も、なんとか言ってくださいよ!」
タイキーの眉がピクリと動く。
「領主様が何か?」
タイキーが不穏な空気を纏ったことに気づき、秘書は場所を変えるように警備隊に進言する。
「そうだな。ではこちらに」
全員、警備隊詰め所の奥に移動した。
会議室のような部屋に通され、それぞれが座る。
「あの子は、テクスは私が面倒を見る予定だったんです!。養父である上司から委任状を出してもらったのも私なんですよ。それをこの男に奪われたんです」
タイキーは喚き散らす男をじっと見ていた。
「あれから王都に戻っても仕事が手につかず、休暇を取りました。すぐにトリトスの領主屋敷へ行き、先日のテクスに関する書類を受領しないようお願いしたんですが」
しかし、すでに承認されていた。
「それを取り消すようにお願いしたところ断られまして。ですが、こちらのカザン様に声を掛けて頂き、なんとかしてくださると」
カザンのことを知っているエリリアンたちや警備兵は呆れている。
「では、この件はご領主様の指示ではないのですね?」
タラクが訊ねる。
「領主屋敷の文官にお願いしていたら、カザン様が通り掛かられて」
「ご領主様はご存知ないのですね?」
タラクは男にぐいっと詰め寄る。
「は、は、はい。でも、カザン様が取り消しはできると仰ってくださいました」
ほとんどの者がため息を吐き、カザンを見た。
このクズにそんな力があるはずがないからだ。
「簡単だろ?。相手から保護者の申請書類を奪って破り捨てれば」
「カザン様。すでに承認されている状態では書類を捨てても意味はありませんよ」
カザンの言葉を遮るように、手続きをした秘書が冷たく言った。
「だが、証拠はなくなる。こんな田舎じゃ、よくあることだ。間違えたと言って書き直させれば良い」
ニヤニヤと笑うカザンにエリリアンと秘書は顔を顰めた。
商会の人間がそんなことをすれば信用が落ちる。
王都本部にいる幹部の部下だというが、この男の力量を疑った。
そのやり取りの間、タイキーはメモ紙をもらい、スラスラと何かを書いていた。
それをこっそりとタラクに渡す。
そして立ち上がった。
「すまないが、俺は用事があって出掛ける。こっちは任せていいか?」
「逃げるのか?」
カザンが嘲るような顔でタイキーを見上げる。
それを無視してタイキーは部屋を出て行った。
廊下を歩くタイキーの横を、タラクに指示された警備兵たちが駆け抜けて行く。
詰め所を出たタイキーは預けていた愛馬を連れて来てもらう。
そして、警備隊に挨拶しながら門を抜け、隣り町のトリトスに向かって駆け出した。




