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諸行無常


あの日から、しばらくして。

あの優しそうな女性が、またやってきた。

はちみつ色の髪。

若草色の瞳。

垂れ目がちな、柔らかい表情。

(……先生、かな)

彼女は、石板と石筆。

そして、表のようなものを取り出した。

並んでいるのは、文字。

(……あいうえお表、みたいなものか)

指差される。

ゆっくりと、発音される。

「——」

(……聞き取れない)

それでも。

真似をして、書く。

ぎこちない。

線が震える。

思った以上に、うまくいかない。

(……筋力、足りてないな)

出来上がった文字を見て、思わず顔をしかめる。

ひどい出来だ。

それでも。

女性は、柔らかく微笑んだ。

何かを言っている。

たぶん、褒めている。

(……優しい)

しかも。

今までより、ゆっくり話してくれている。

(……これは、いけるかも)

少しずつでも。

聞き取れるようになるかもしれない。

そう思えた。

やがて。

テーブルについて食事ができるようになる頃。

今度は、あの厳しそうな女性が来るようになった。

(……マナー講師、かな)

言葉はわからない。

だから。

動きを見る。

真似る。

幸い。

基本的な所作は、前世の記憶と大きくは変わらない。

(……助かった)

問題は。

料理の方だった。

(……なんで?)

形式は、完全に西洋式のコース料理。

皿の順番も、提供の流れもそれっぽい。

なのに。

出てくる料理が、おかしい。

オムライス。

餃子。

生姜焼き。

(……いや、なんで?)

馴染みのある味なのは嬉しい。

米も、うどんもある。

それはいい。

だが。

(麻婆豆腐をスープ扱いは違うだろ)

せめて純豆腐チゲにしてほしい。

方向性が惜しい。

他にも。

スープ皿に入った豚汁。

前菜のように盛られた、もんじゃ焼き。

デザートのように美しく整えられた茶碗蒸し。

(……解釈違いがすごい)

見た目と中身の乖離が激しい。

脳が処理を拒否する。

(……前世の記憶が邪魔してるのか?)

いや。

たぶん違う。

(……普通におかしい)

それでも。

味は、ちゃんと美味しいのがまた厄介だった。

つい、料理に意識を持っていかれる。

だが。

教わるべきは、それだけではない。

歩き方。

礼の仕方。

挨拶。

(……難しいな)

言葉がわからない状態では、正誤の判断ができない。

合っているのか、違うのか。

それすら曖昧だ。

特に、挨拶。

(……これ、かなり重要そうなんだけどな)

音が、取れない。

口の動きも、再現しきれない。

もどかしい。

それでも。

(……やるしかない)

今できることは、限られている。

繰り返す。

覚える。

積み重ねる。

石板に、文字を書く。

何度も。

何度も。

少しずつでも、前に進むために。

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