王子との盟約
波乱の夜会から数日後、私は王宮に呼び出された。
通された先には、王妃殿下と、あの夜に言葉を交わした王太子殿下の姿があった。
形式的な挨拶と茶が一通り済むと、王妃殿下は間を置かず本題に入った。
「陛下が崩御なされたことにより、王太子の成人を早め、即位することが決定いたしました。そして幼い王を補佐するため、先の王弟殿下が摂政となります」
沈痛な面持ちで告げられる言葉は、あまりにも重い。
——本来、私のような立場の者が軽々しく耳にしてよい話ではない。
「そして、その王弟殿下の娘が婚約者に名乗りを上げました。このままでは保守派の力が強まり過ぎ、均衡が崩れましょう」
王妃殿下は革新派筆頭の伯爵家の出。
このままでは、その実家の立場も危うくなる。
しかし、他の革新派は子爵以下が多い。
家格の面から、新たな王妃を擁立するには力不足。
「農務大臣は農業革命を成し遂げた革新的な思想の持ち主。貴女を“革新派の姫”として婚約者に推挙したいと考えております。均衡を保つため、中立派からも年頃の娘を一人選出する予定です」
我が家は革新寄りの中立。
古参貴族である以上、家格としては申し分ない。
——だが。
王妃候補。
その言葉の重さに、思考がわずかに鈍る。
「すぐに結論を出すのは難しいでしょう。王太子が、其方と直接話をしたいと申しております。庭でもご覧になりながら、いかがですか」
そうして、私は王太子殿下と二人、庭を歩くことになった。
整えられた生垣の間を抜ける。
人の気配が遠のいたところで、彼は足を止めた。
そして、少しだけ躊躇うように口を開く。
「……何となく、なんだけど。もしかして——莉奈?」
その名に、思考が止まる。
莉奈。
それは、前世の——自分の名前。
すぐには返事ができなかった。
ただ、目の前の彼の仕草や、言葉の選び方が、どうしようもなく引っかかる。
「俺は蓮。……いや、分からなかったら忘れてくれていい」
蓮。
その名前を聞いた瞬間、確信に変わる。
あの日、最後まで共にいた幼なじみ。
——胸の奥が、わずかに軋んだ。
(……ああ、救えたわけではなかったのか)
ほんの一瞬、言葉を失う。
けれど。
「……ええ。分かるわ。あなたも、いたのね。蓮」
そう返すと、彼はわずかに息を吐いた。
安堵か、それとも覚悟か。
「このままじゃ、国が歪む。保守にすべてを握らせるわけにはいかない」
先ほどまでの迷いは消えていた。
その目には、はっきりとした意思が宿っている。
「だから——君の力が必要だ」
それは懇願ではなく、選択の提示だった。
私は一度、視線を逸らす。
状況は理解している。
立場も、利害も、すべて。
——そして。
(……今度は、間違えない)
「……断る理由はないわね」
再び彼を見る。
「現状を鑑みれば、妥当な判断でしょう。そのお話、お受けいたします」
それは感情ではなく、判断としての答え。
彼は静かに頷いた。
王妃殿下のもとへ戻り、正式に了承の意を伝える。
その後は、今後の段取りや調整についての話が淡々と進められた。
すべてが、決まっていく。
(……今度こそ、救うから。)
ここで序章は終わります。そして書きためた分が終わります。
頑張りますが不定期になってしまうと思います。申し訳ない……




