表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

第二話「世界/ワタシ」

 黒の中に、声があった。


【……助けて】


 吐き出された声に、血の味が混じっている。そんな感覚だけが、鮮明に伝わってくる。


 黒がひび割れ、白が覗く。


 僕は、距離感の掴めない空間に立っていた。


 真っ白な世界。上下の分からない空間。足元に何かを踏んでいる感触だけが、かろうじてある。それは透明な板だった。


 透明?


 いや、わからない。

 色も、空間も、認識も、境界も、現実も虚構も一切が無理解となる空間。まるで眠っているのに意識だけ覚醒した時に見る夢のような、空間だった。


「あ……」


 手を伸ばそうとすると、これまた範疇を超えた空間の『断絶』によって動きが阻止される。


 壁、壁、壁、壁、壁、壁。


 六方が、仮称『透明な板』によって封じられている。


「あれ、あの子は……?」


 ――壁の奥。


 中心で、少女が膝をついていた。


 髪は雪のように白く、肌は透けるほど薄い。唇の端から赤いものが溢れ、白いワンピースの裾を染めていた。


 血だと理解するのに、一拍かかった。

 さらに、『虜囚』だと解釈するのに、もう一拍かかった。


 少女は胸元を押さえ、震えている。その顔には涙が伝い、頬と顎を濡らしていた。そして足元には足枷と鉄球が取り付けられており、綺麗な脚はその部分だけ擦り傷を露わにさせていた。


 ――痛々しい。


「誰がこんなことを……って、夢で怒ってもしょうがないか」


 僕の夢の中なんだから、僕が念じれば事象を捻じ曲げることができるはず――


 切り替えようとした時、少女がこちらを明確に見つめてくる。その目は間違いなく僕を捉えている。


 そして、その黄金の双眸は泣きそうなくらい震えていた。


「え……っと」


 『悲しい』という感情を瞳に籠めている彼女の眼光に、僕も面食らって同じくらい悲しくなった。


 少女が痛めつけられていて、泣いていて、その様を見て同情しない人なんていない。

 子猫を救う自分に酔っている『主人公』志望の『負け犬』でさえ、駆け出して助けたいと思ってしまった。


 いや、()()()()()助けたいと思うのだろう。


 それくらいに彼女は悲壮感を漂わせていた。悲しさに後押しされた僕は、思うがままに言葉を紡いだ。


「だ、大丈夫だよ。僕がここにいる」


【あなたは……?】


 綺麗な声だ。

 率直な感想を隠しながら、僕は返事を送る。


「僕は木下陽瀬(キノシタ・ハルセ)。何の取り柄もないけど、君は一人じゃないよ。僕が、ここにいる」


 臭い台詞を言っている自覚はある。

 でも、英雄を演出してきた人生だからこそ臆せず言えた。

 母親をほったらかして文字の中の英雄や、画面の奥の勇者を摂取してきた僕だから言えた。

 自己嫌悪がどんどん膨らむのを我慢しながら、三の言葉を紡ごうとした時――


 ――少女が大きく泣いた。


【――お願い……世界(ワタシ)を……助けて!!】


 声が割れている。肺の奥から無理やり絞り出すたびに、喉に血が絡んでいるのが分かった。世界を――という単語だけが、やけに鮮明に耳に残る。


 ――世界を助けて。


 その言葉に、ケイタとやったゲームを思い出す。


 平和な街の船乗りの少年が、実は勇者の血を引いていて――。

 攫われた姫を助けるために、弱い船乗りは絶え間のない研鑽を積み、個性豊かな仲間と海を超えた旅をして――。


 ありきたりな設定だけれど、船乗りは魔王を撃ち倒し勇者となる――王道ストーリーだった。


 僕が一番好きな設定は、主人公が”助けて”という声を聞けば、プレイヤーの操作を超え、勝手にイベントに踏み込んでいくことで物語が進行していく、というもの。


 その強引なシナリオが好きだった。

 例えば仲間が喧嘩をすれば身を挺して仲裁して、村で事件が起こればすぐさま駆けつけて解決していき、少女が盗賊に攫われれば、単身で盗賊団を破壊しにいく、あの主人公が好きだった――!


 思い返せば船乗りの少年に憧れて『英雄』になりたいなんて嘯いていたのかもしれない。


 ――夢の中でくらい、かっこつけたい。


「そうじゃん、これ夢なんだ」


 だから僕は言った。


「助けるよ」


 ただそう言っただけ。それだけで、白い世界は崩れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ