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第十話「シンリンセイカツ2」

 落ち葉を踏む音すら吸い込むように、僕は木々の影から影へと渡っていく。真正面から行かない。戦慣れしていたとしても、初手を誤れば死ぬ。


 標的との距離――十五メートル。


 ひとりだけ、見張りの足が乱れた。斜め後ろの二匹からわずかに離れ、鼻を鳴らしながら腰の革袋を漁っている。


「最初はあいつを殺そう」


 僕は右手を樹木に添え、指先からふっと魔力を漏らした。小さい、小さい、砂粒レベルの“熱の弾丸”。これ以上ないほど薄く、気づかれる前に届くだけの最低限。


 ――フレイム・極小弾(ミクロバレット)


 落ち葉より静かに飛び、ゴブリンの右ふくらはぎの裏――腱の位置を正確に貫いた。


「ギッ……!?」


 悲鳴は短かった。膝が崩れ、そいつの身体が前のめりに倒れる。他の二匹が即座に振り返る――その『間』を、僕は見逃さない。地面へ左手を当て、短く呟く。


「アース・支配統制(コントロール)


 足もとにある拳大の石をわずかに浮かせ、そのまま三匹の視界に入らない低い軌道で滑らせる。狙うのは倒れた個体の“手首”。武器を拾わせないためだ。


 石が衝突し、鈍い音が響いた。


 その瞬間――僕は走る。


 ただし、真正面ではない。斜め後方、二匹の死角を通るように距離を詰める。枝が頬を掠める。呼吸を殺す。僕の足は獣より静かで、影のようだった。


「ギャアア!」


 残りのゴブリン二匹が左右に散って僕を挟もうとした瞬間、僕は右手を薙ぐように振り、熱を連射する。


「フレイム・火烈連弾(マルチバレット)――十発」


 極小の弾丸の群れが、肩口を、大腿部を蜂の巣状に撃ち抜く。


 一発撃破なんて派手さは求めていない。ゴブリンにとって“動きを止める十分な痛み”をこそ必要としている。


 心臓や魔石をダイレクトに狙えば即死は必至だが、魔石が傷つけば()()()が損なわれる。だからこそ、頭を狙うのが僕の考えるマナーとなっていた。


 そして、二匹の足並みがわずかに乱れた。


 僕は迷わず一番近い個体に飛びかかり、地面から浮かしていた石を右拳の甲で握り潰すように掴んだ。そして喉元へ、全体重を乗せて叩きつけた。


「ギッ――ッ!!」


 鈍い音とともに、ゴブリンの体表にひび割れの光が走り、

 バグったオブジェクトみたいに崩れ、粒子となって散る。


 すぐさま体勢を低く、回避姿勢へ。


 予想通り、背後から短剣を振り下ろす気配。僕は踏み込んで避け、相手の体勢が前に傾いた瞬間――地面の石礫に魔力を一滴だけ通す。


「はい、一瞬停止」

「――アース・点衝撃(ポイントインパクト)


 石礫が跳ね上がらせ、空間に『固定』する。その固定された石礫がゴブリンのこめかみを小突く。


 完全撃破とはいかないが、体勢が崩れる。そこへ僕は迷いなく右肘を叩きつけ――胸部をへし折るように圧をかける。


 また、光の粒子。


 残り一匹。最初に転ばした個体だ。そいつはまだ倒れたまま、必死に足を引きずって逃げようとしていた。武器はない。仲間もいない。


 追いつくのは簡単だった。


「悪いけど、魔石は欲しい。頼むからドロップしてくれ」


 そう呟きながら、僕は掌にほのかに熱を集め、極小の炎点を作る。そして──眉間にそっと当てた。


 焦がすほど強くない。だが、それだけで十分だ。弱った個体は小さく痙攣し、崩れ落ちた。


 三つ目の光が、風に散る。倒した三匹の粒子が森に溶けていくのを横目に、僕はもう一度『網膜』を薄く散らした。


 魔石はなし。残念。


()()()()のゴブリン洞窟。個体数、二十前後。稼げるね」


 距離はそこまで離れていない。木々の密度が高いせいで視界には映らないが、魔力の反射が“密集”を示している。つまり、群れの中心地。


「一匹だけ“返ってくる重さ”が違う。膜が厚い。あれが中心だな……」


 魔力膜の凹凸が、そこだけ“盛り上がっている”ほど濃い。普通のゴブリンじゃありえない圧。たぶん――ゴブリンの統率者と呼べるような強化種。


 その横には獣がいるようだ。――きっと、餌の鹿なのだろう。


「潰していくか」


 初めて遭遇する敵ではあるけれど、ゴブリンでは物足りていない僕にとって雑魚鬼の統率者(ゴブリン・コマンダー)に挑まない理由は存在しない。


 レベルアップした僕の力試しにもなるし、更なる成長につながる。デメリットなんて、強いて言えば魔力を消費してしまうことだが、残念なことに僕の魔力は一時間も安静にしておけば全回復してしまう。


 ◇


 巣は森の奥、斜面にぽっかり空いた半洞窟のような場所だ。自然にできたものというより、掘り進められて形になった“巣穴”。出入り口は幅広いが天井は低い。背を屈めないと入れない高さだ。


 暗所、狭所、多対一。面倒な地形だ。


 だからこそ、ゴブリンはそこを好む。

 だからこそ、僕は――そこを嫌う。


 だが、今さら引けない。


「行くなら一気に」


 僕は地面へそっと魔力を落とした。

 広げるのではなく、中心に“紋”を描くように。


「滑り床。まずは初手の混乱」


 微量の土粒子を緩め、薄い泥膜を作る。目ではわからないが踏めば滑る。侵入口の少し奥だ。


 次に、天井付近の石を二つ、指先で魔力をかけて“揺らす”。

 合図と同時に落とせるよう準備。


 そして最後に――


 僕はあえて、足音を立てた。


 ゴッ。


 硬い根を踏んでわざと音を響かせる。

 直後、巣穴の奥から複数の気配が揺れた。


「ギ……ッ!?」「ギャア!」


 来た。


 影が四つ、五つ。

 出口から飛び出してきた瞬間、僕は手を振り上げる。


「落ちろ」


 天井の小石が叩き落とされ、先頭のゴブリンの顔面に直撃した。

 怯んだ個体の後続がその背中に衝突。その瞬間、足元に仕込んでおいた“滑り床”が全員のバランスを奪った。


 ゴブリン六匹が、ドミノ倒しのように転がる。


「フレイム・火烈連弾マルチバレット


 指先から極小の熱線を十数発。倒れたゴブリンたちの四肢と肩を撃ち抜き、動きを失わせる。この程度なら、一撃で殺す必要はない。殺すのは、“大本”を片付けてからでいい。


 巣穴の奥から、低い唸り声が返ってきた。


 ――グォゥ……ッ!!


「来たか……!」


 巣の主。重い、荒い魔力反射。空気ごと押し潰してくるような圧。僕は巣穴の入口に片膝をつき、さらに奥へ意識を集中させた。暗闇の奥で、巨大な影が立ち上がる。


 天井に届くほどの巨体。肩幅は僕の倍。筋肉の層が岩のように盛り上がり、表皮は分厚く濁った緑色。


上位職(コマンダー)というよりも――完全上位種(ホブゴブリン)、か」


 そいつは一歩前へ踏み出した。地面が割れた。踏み込みだけで土煙が舞い、空気が震え、僕の頬へ風圧が刺さる。


 ――踏み込みの圧が強すぎる……!

 ――リーチも、力も、全部規格外だ!!


 ならば、こちらがやることはひとつ。


「――削ろう!」


 僕は右手を前に突き出した。


「フレイム・線灼(ライン)!」


 指先から伸びる一本の極細熱線が、ホブゴブリンの胸部へ走った。深く突き刺し、絡め焼き切れ――!


 狙うのは――魔石の横の心臓。


 ジュ……ッ。


 現実は表面が、わずかに“焦げる”だけ。どうやら火力が足りなかったようだ。ホブゴブリンは鬱陶しそうに熱線を払いのけ、腕を振るい、洞窟の壁を殴り割った。僕は冷静に分析するだけにとどめ、より良い策を練る。


 現状使える手札は――――一つを除いて火力がない。


「頃合いを見て火力特化のカードを切らないと」


 岩片が雨のように降り注ぐ。家主様は配下もろとも僕を殺す気のようだ。跳ねるように横へ避け、左手を地面へ叩きつけ――魔法を発動する。


「アース・足砕(フットシフト)!」


 ホブゴブリンの足元だけ地面がわずかに沈み、“踏み込み”の軸がずれる。


「グギャッ!?」


 一瞬、体勢が揺らぐ。



 ――隙ができた!



 その隙へ――再度、熱線を走らせる。今度はもっと魔力を込めて――!!


「――フレイ、ム」

「グォォォォアアァオァオァ!!!」


 僕の詠唱はホブゴブリンの咆哮にかき消され、『とびっきりの魔法で心臓を狙って焼き尽くす』という目論見は失敗。


 主導権は相手に渡され、叫び声によって滑落した洞窟という操りにくフィールドが形成される。「我が領域に足を踏み入れた罰だ」と言わんばかりに両腕を広げ、こちらに向けて一気に突進してくる。



 ――駄目だ、避け切れない。



「一点突破で、焼き抜く!」


 胸の奥から魔力を絞り上げ、右手へ集束。今までで一番“濃く、細く、速い”熱。念の為に開発していた切り札となる魔法――


 魔力枯渇の症状として、視界の中心が白く染まる。


「フレイム・――」


 息を吸う。


収束砲(レイ・バースト)!!!」


 僕の魔法の中で最も集中力の要する精度抜群の魔法――灼熱の糸が一直線に奔り、ホブゴブリンの胸を貫いた。


 ジュウゥウウッ。


 肉が焦げ、心臓が焼け落ちる。巨体がよろめき、そのまま膝から崩れ――バラバラに砕け、光の粒になって消えた。


 洞窟の奥へ、重い静寂が流れ込む。


「勝った……!!」


 胸で荒れた呼吸を整える。地面には、大きな青緑色の魔石が転がっていた。ゴブリンの三倍はある。


「デカいな。これは、期待できる」


 石を拾い上げた瞬間――


 巣穴の奥のさらに奥から、


「アオオオオォォォン……!」


 子狼の、悲鳴のような咆哮が響いた。背筋が凍る。


 ――見落としていた。


「まずい。これ、もしかしなくても――!!」


 ――『網膜』はもう一つの生命反応を示していたのだ。


「それが、子犬……まさか――フェンリルの、子供?」


 答え合わせはすぐさま行われた。外から、森全体を震わせるような低く重い咆哮が返ってくる。


 グラオオオオオオオォォオオオ――ン……!!


「……フェンリルだ」


 僕は魔石を握りしめ、洞窟出口の闇へ振り返った。

 トラウマが、蘇る。


 逃げないと――。

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