宴②
店中一斉に色めきだした。煮え立つ激辛スープをトンカチ師の口に流し込もうとはりきって運んできた紅髪の少女は件のスキャンダルを耳にして卒倒、店の廊下を赤く染め、ちょっとしたサスペンス空間を作り上げていた。
ゲッ、なんか妙な展開になったぞ、とトンの心の隙間に懸念が過る。
いや、俺はシルビアのあのクッション攻撃を可愛いって言っただけでシルビアを可愛いとは……いや、シルビアも実際めちゃくちゃ可愛いけどさ!
シルビアも、トンの顔を直視しつつも汗を浮かべる。
わたしのさっきの台詞は、トンに可愛いって言われた(勘違い)から、お返しにトンを褒めなくちゃ、って思っただけで……えっと、トンのこと、すごくかっこいいって尊敬してるけど!
しかし事態は二人の懸念をよそにして、気付けば猫も杓子もこのスキャンダルに大騒ぎだった。
シルビアは大多数の女性従業員に押しかけられねーいつ出会ったのどんなところが好きになったのと色めきだった質問攻めに遭い人が込み合う状況に慣れていない彼女は失神寸前に追い込まれた。そしてトンは店内の一部従業員にあんたクレナを裏切ったわね許さない絶対に責任取らせてやると詰め寄られて絶体絶命だった。
リリアンとミルフィもやって来て、騒ぎはもっと拡大した。
そんなトンに向かって、間抜けた声が一つ飛ぶ。
「おーい、トンカチ小僧、楽しんどるかあ~~?」
両腕に美女を抱きかかえてフワフワなブーニン神父が、いつの間にか姿を見せ話しかけた。
「……いや聞く前にこの温度差を感じてくれよ!結局楽しんでんのお前だけじゃねえかよ!」
トンは絶叫した。空きっ腹が虚しく鳴ったことに気づき、トンは未だ夕飯を一切口にしていない事実に気がついた。
「ふーん、なんだ。結局何もないのね」
酒場の陽気にようやく慣れて、失神の縁から回復したシルビアは、今店の一角でクレナとともに落ち着いている。正直先程の様子から見るに、卒倒したクレナのほうがシルビアより重症だと思うのだが、彼女も正気を取り戻し今卓についている。
二人ともお酒は飲めないので、手にしたグラスは搾りたてのオレンジジュースだ。
「は、はい。トンがわたしを救けに来てくれて、それで成り行きで今一泊している……」
「そっか。それを聞いて安心……し、したけどそれはあなたがあのトンカチバカに何か変なことされたんじゃないかって不安に思ってたことについてなんだからねっ!!?」
「あ、はい、分かりました……」
と答えるしかないシルビア。
「ウチの店、初めて?」
「え、あ、はい。……お客さんも働いている人もすごく活気があって、驚きました」
「ありがと。でもね、ここで働いてる人たち、最初からみんな元気だったわけじゃないんだ」
「え……」
「みんなね、元はこの町出身じゃない人が多いの。みんな、訳あって元に住んでた場所にいられなくなった人が多いんだ…………私も、別の町で両親に人買いに売られそうになったところをオフィールさんに救けられてこの店で働いてるわけだし。他の人もだいたいそうだと思う。あまりおおっぴらにできるわけじゃない過去を抱えて、それでも店長のオフィールさんが見捨てないでいてくれたから、みんなここで笑顔でいられるの」
シルビアは、クレナが伝えたいと意図しているところが漠然と分かってきた。きっと彼女は、わたしが引きこもりだったという事情を知っている。その上でここにいるみんなが、悲しみに明け暮れて、苦しみにもがき続けたからこそ、今の笑顔があるということを、きっと話したがっているのだ。
「ここに来て、みんな、一人じゃないんだって私、実感できたの。だからあなたもさ――――時々で良いから、ここに来て」
そんな静かで暖かい言葉に、また誰かに救われたような気持になった。彼女は、もう傷だらけの過去も鍵の能力も怖れることはなく、トン以外の誰かとも繋がれるという未来を、信じられるようになった。
「……はい。必ずまた、ここに来ます」
「よしっ!今日も友だち一人増えたっ!」
にこやかに言うとクレナは立ち上がって、そして急にシルビアに振り返って宣言した。
「でも…………絶対あんたに負けないんだからねっっ!!」
顔を急に紅潮させ、クレナは走り去った。一瞬意味が分からなかったが、すぐにすとんと理解した。負けるとか勝つとかそんな結果は分からないけど、でも、よし、頑張ろう、と、トンを見て思ったのだった。




