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宴①



 とっくに陽は沈み既に夜更け。腹の空き具合は最早仲良く三人で夕餉を囲むなんて生易しいイメージを許さないほどに空いていた。


「オイコラ神父ーー!!何ちんたらやってんだ!早く行かねえと空が明けるぞ!一食抜くことになっちまうぞ!餓死すっぞ!ムキーー!」


 トンの癇癪はとどまることを知らない。


 ようやく神父が外行きの格好を整え――――と、フレグランスな匂いがトンの鼻腔を刺した。


「ぐっへえ!おえ!なんなんだ――――てかものの見事にウィッグで頭隠してんなオイ!トンスラへの矜持はどこ行ったッ!」


 トンはウィッグで隠した神父の頭を見て叫ばずにはいられなかった。


「ええい騒がしいぞ!待たせたな、では出発!」


 ん、待てよ、神父がこんなに気合い入れて行く店ってことは――――。




 トンが凱旋したその日の夜、ブーニン神父が彼の無事を祝う祝賀会を開こうと提案してきた。

 トンはうまい酒とおいしい料理をたらふく食べられるという神父の甘言につられて、こうしてやってきたのだが……。



 トンとシルビア、ブーニン神父の三人は教会を出てキースの町の方角へ。

 

 先導する神父の足は、雑踏から徐々に離れた場所へ。そしてトンにとって通りの景色が、既視感を伴って現れる。ここは……。


「あった、ここじゃ」


 神父が指差す彼方を見て、トンは驚きに声を上げた。


「んな、ここ、俺がこの町に来て最初に寄った店じゃねえか」

「むむ?そうだったのか。しかしな、この店、毎月この日のこの時間帯になるとな、一味違った楽しみがあるんじゃ」


 酒場「ルピナス」。トンがこの店に寄ったときは昼間だったが、いたって普通な大衆酒場という感じでこのエロ神父が好みそうな要素はなかったはずだ。従業員は全員女性だが……。まあなんにせよ、神父の指す「楽しみ」という言葉に警戒しつつ店の扉を開けると……。



『お帰りなさいませッ!大好きです、ご主人様!』



 メイド姿に扮す見知った紅髪の少女から、ド直球の愛情表現をぶつけられた。トンは昼間再会した少女に一声かける余裕もなく、頭の中が真っ白になる。


 それは、相手の少女も同じであった。トパーズの瞳が丸くなる。


「あっ、あんたは……!?な、なんで」

「お、おまえがこの店にいるってのは分かってたけど、それ……!一体何なんだ、その変な格好!」

「へ、変って何よ!これはお店のコスよ!かわいいじゃない!」

「お店のコスって……そんな店だったかココ!?てかお前、他のお客にも『大好きです』とか『ご主人様』とか言ってんのか……?」

「あたしはこの時間帯のシフト初だし、ついさっきここの持ち場についたのよ!だ、だからあんたらが最初なんだからね!」


 トンは辺りに目を凝らした。なるほど、揃いもそろって美女ばかりなこの店の従業員が皆メイドコスに身を包み、お客さんと酒席を共にしている。


 と、改めてここでクレナが咳払いを挟んで、トンに


「フ、フン!よくものこのことこのクレナ様の牙城に足を踏み入れたものねトンカチ男!今日こそこないだの数百倍の激辛量で制裁を」


「クレナちゃん忙しくなってきたから厨房まわって!」


 とここで、ホールに出ている先輩従業員からの指示。


「あ、はい!ただいま…………い、いい!?今日こそあんたの吠え面を拝み……はいお呼びでしょうか~~!ご注文お受けします!……はい、はい!かしこまりました少々お待ちくださいませご主人様~~!と、とにかく覚えてなさいよ~!」

「その前にてめえが今聞いたオーダー忘れねえようにな……」


 厨房の向こうへ消える紅髪の少女の背中を見て、トンは独りごちる。

 そして、同伴する傍らの神父に視線を向け――――。


「おいコラクソ神父ッ!なんなんだコレはッ!?てめえ店にどんな注文押しつけやがった!?」


 店を通り越して神父に不満を叩きつけるトン。激昂するのも理由がある。なにせ、既にもうこういった店の空気に慣れていないシルビアが卒倒しそうなのだから。

 しかし、神父はいつのまにかこの店のどこかに溶け込んで、トンの視界から消えていた……。



「違うわよトンちゃん。今日は月一のお客様感謝デーなの」


 代わって誰かが答えた。

 店のカウンターに立つ銀髪の美女。煌びやかな周りのメイドさんたちより雰囲気は落ち着いているが、それは彼女が店を預かる立場の人間なのだから不自然ではない。この銀髪の女性は酒場「ルピナス」の店長オフィール・ユクレア。彼女がたった一回しか会っていないトンのことを覚えていたように、トンもこの店の女主人のことを覚えていた。


「久しぶりだぜ。でもお客様感謝デーって……これが?」

「そうそう。それにこの時間帯限定のスペシャル企画。トンちゃんも楽しみなよ。……おっと、隣に連れてる彼女さんに悪いわね」


 オフィールさんの軽口に、トンはうろたえ、シルビアは頭から水を被ったかのように意識の後退から元に戻った。


「い、いやいやいや別に俺の彼女とかじゃ……」


「それにしても綺麗な女の子ね。よかったらウチで働いてみない?」


 オフィールさんはシルビアのきめ細かい肌をずいと覗き込んで、さっそくスカウトを始める。トンが慌ててオフィールさんの言葉を遮る。


「いやいやいやいや待ってくれ!確かにこいつは極楽級の揉み心地を持つCカップだがな!こんないかがわしいことさせる店に勤めさせるのは不安でしかない!」


 オフィールさんが小さく困った顔になる。そしてシルビアがちょっとプンプンする。


「いかがわしいことはしてないんだけど……」

「ト、トン!そ、その!わたしに気を遣ってくれてるのは、嬉しいんですけど、……揉み心地とかCカップとか言う必要はないはずですーー!!」


 シルビアはどこから取り出したのか柔らかいクッションで攻撃してきた。トンは防戦一方。その様子をオフィールさんは止めるどころか囃し立てる。


「いいねー、青春は今しかないんだから、もっと惚気なさいって!」

「惚気じゃねえよ!ちょ、ちょっと待てシルビア、とりあえず今はそのかわいい攻撃やめろって!」



 え、かわいい……?シルビアの柔らかクッション攻撃を繰り出す手が止まって、そんな心の声が聞えてきそうなくらいに彼女は顔を赤らめ始めた。……自分自身に言われたものだと勘違いしたのだろうか。


「あ、えっと、その、わたしも、トンのことはかっこいいと思います!」


 まごつきながらも最後は気持ちよく言い切ったシルビアに、周囲の空気が一瞬制止。


 そしてスキャンダルの火の手が上がる。



「皆……愛が!ここに愛が生まれたわぁぁぁぁ!」


 オフィールさんの嬌声が、店内に飛び火した。


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