悪魔の槌継承戦⑤
幾重もの凶器がトンを囲む。
そして中心点に向かって収束するその大群は正しく狂気の二文字だった。
腕輪が引き起こす全身の痺れに抗って立ち上がろうとするも、既に体は意志について行かなかった。
(まだだ……まだ……だろ……!)
それでも意志はわがままで。
最後まで諦めようとはしなかった。
飛んできた鎌の一閃が肩を抉ろうとするその瞬間に、
ガギンッ!
と重たい刃鳴りの音が響いた。
何だ……!?
「こんなとこでくたばってんなよ、あんた!」
ついさっき聞いたような気がする声だ。
茶色い髪に中肉中背。
取り立てて印象の薄い青年だが、それでも剣を振るう姿は様になる。
シルビアと一緒に居た≪リ・セイバー≫……確かクレオとか言う名前だったか。
「ここは俺が凌ぐ!お前は早くゼキムをやれ!」
押し寄せる凶器の波を押し返して、クレオが怒鳴る。
無理するなと伝えたいところだが、トンは礼を言ってその場を離れる。
「すまねえ……任せるぜ!死ぬなよ!」
「当たり前だ!」
包囲の環を抜けようとすると、ゼキムに操られた群衆がわっと詰め寄る。
無理もない。マミルダには一千人の市民がいるのだ。クレオ一人が助太刀に入ったところで、押し寄せる狂気の波から完璧に難を逃れることなんてできない。
「くっそ……!撃ちたくなかったけど」
トンはベルグハンマーを構え、腕を絞り最小の威力で最大の効果を発揮できるよう調節し、その技を放つ。
「壊王の鉄槌……!」
小さくとも大きな風が、視界を埋める人だかりをふっ飛ばして道を開いた。
トンはそこから路地へ抜ける。
当然、その間も腕輪から流れる電流が体を蝕んでいた。
走る脚が鈍くなる。
意識にまで淀みが生まれ、いかん、と頭を振って正気を保つ。
だがそんな努力も、ものの数秒と保たなかった。
行き止まりの袋小路で、トンは膝から崩れた。
背後から、通りを埋め尽くす有象無象を凌駕する圧。
ゼキムがいた。
「終わったな、トン」
穏やかな、声だった。
膝から崩れ、状態が地面を舐めるその直前に、
トンの頭に兄弟子の声が響いた。
『そうじゃないって。肩に無駄な力が入りすぎだ。もっと脇をふわっと開いて。地面を穿つ直前に絞るんだ。それで……』
兄弟子が反乱軍の総帥“ガロン”を名乗る前。
まだ、トンの兄弟子であったころ。
『円形の波は、だせるから。……ほら、今の感じだ。その調子でいいぞ』
兄弟子と共にベルグハンマーの“影打ち”を使って、槌を操る修練をよく積んでいた。
走馬灯のように流れるこの回想は、その一幕である。
今。体全体から、力が抜ける。
『肩に無駄な力が入りすぎだ』
『もっと脇を開いて……』
うるせえなあ……。
分かってらあ……。
ふわり、と片手を離れたベルグハンマーが、地面を叩いた。
『円形の波』はその時発動する。
それは壊王の鉄槌の一千分の一にも満たない威力。
当然、ゼキムを倒すほどの力はない。
この波で沈めようという気はない。
これは布石。
「これが“真打”か……」
回想ではなく目の前にいるゼキムが、トンが投げたベルグハンマーの柄を掴む。
――――円形の波の中心に、ゼキムがいる。
それが、『破壊と再生の環』の発動条件を満たした。
突如、小路に散らばる無数の鎖が収束して、ゼキムの体を、ベルグハンマーの柄に縛った。
ベルグハンマーは巨大な槌なので、柄だけでもゼキムの上体に匹敵する長さである。
「何っ、!?」
――――柄に鎖で縛られたゼキムの体に、高圧の電流が流れ込んだ。




