SS バドジ・L・ガーナー
薄暗い館の一室。
装飾美と機能美が半端に取り入れられどっちつかずなこの部屋の中腹で男が一人、揺れる安楽椅子に身を任せている。
この住まいは、男がいくつか保有する資産の一つであった。
あまり足を踏み入れていないのか、蜘蛛の巣がところどころ張っている。
その部屋に根付く雲の息遣いすら聞こえないほど静寂が覆う部屋の中で、唯一男の足元から湿り気のある音が断続して聞こえた。
ペロ、ペロ、ペチャ、ピチャ、
妖しい艶を放つ金色の髪、浅黒い肌、そして左頬の紅十字の刺青。
男の肖像のその下で、その靴を舐める恍惚に溢れた喜色を浮かべる女の顔は、恐らく世間に衝撃を与えるものだった。
「はあ、ああ~~ん、バドジ様ぁ、もっと、もっと、ご褒美をくださぃ~~!」
とろけそうな上目遣いで、その男――――バドジの顔を見上げる女は、紛れもない≪リ・セイバー≫序列一位、エリザベス・シェリーフェンだった。
彼女の白く綺麗な顔が、耳元まで紅く紅潮している。
「ご褒美?」
安楽椅子に腰かけ、序列一位を犬のように扱う男、バドジ・L・ガーナーは、そう問うて靴を彼女の口元から少し引いた。
「あ、あ、あ~~ん!引かないでぇ、舐めさせてぇぇ~~!おつかい、ちゃんとしたからぁぁ~~!ちゃんとシルビアを救けたから、ねえ……」
猫なで声で懇願する序列一位は、バドジが靴の先端をまた向けると嬉しそうに舌を出して舐め始めた。
「ククク……そうだなー、まだトンきゅんとシルビアちゃんに死んでもらうわけにはいかないからねェ……その点はありがとね」
バドジはエリザベスの頭を優しく撫でる。
その度にエリザベスは猫のような声を上げて嬉しそうに舌を動かす。
「でもさあ、ボク堕ちた女にそれほど興味ないんだよね。キミとの関係もここまでかなあ♪」
そう言って。
ゾッとするような莫大な負の情念が吐き出され、
黒い炎のような負の力を纏った左腕が、エリザベスの頭に伸びる。
ギュルリ、と何かが唸ると、
エリザベスの頭部が捻り切られた。
ボトリ、と首が、落ちる。
そういう幻覚を、彼女は見た。
「フフフ……殺すより面白いこと思いついちゃったァ♪やっぱやめる」
――――実際に何も起きなかった。
しかし恐怖は、明らかにエリザべスの頭に刻み込まれていた。
バドジがエリザベスの頭に左手を置く。
恐怖から解かれた彼女の容貌は、全く元の形を残していなかった。
端正にして凛々しい女騎士の顔は、若さと艶を奪われしぼみ切った老婆のそれに変わってしまっていた。
――――彼女は己の死よりもバドジに見放される恐怖で完全に精気を失ってしまった。
「愛しのエリザ……頼みたいことがあるんだ♪」
それとは対照的にまるで何事もなかったかのような気軽さで、バドジが声をかける。
エリザベスは辛うじて、バドジの声を拾い、それを頼りに視線を向ける。
“紅十字の男”。それが数多もの≪ドレイグ≫を束ねるバドジの俗称だった。
バドジ・L・ガーナーの紅十字は、トンから“シルビア”を奪った時と変わらず、その左頬に、存在感を保っていた。




