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対面と賭け


 二人が去った後、カツ、カツと湿り切った地下牢の空気に轟く乾いた跫音あしおとが、トンの耳朶を打った。



 大柄な一人の男のシルエットが、トンの視界に飛び込む。



 思慮深そうな白皙の顔は、しかし静かな迫力を醸し出している。


 奴は今、護送中の檻の中で見た時のみすぼらしい囚人服とは違う、


 黒を基調としたディムガルド軍の軍服に身を包んでいた。



「ゼキム……!」


「やっと落ち着いて話せるな、トン……」


 尊大な眼でトンを睥睨するゼキムは、口調こそ柔らかいものの、この男の前では一切油断できない。


 冷静になれ。

 そう自分の頭に何度も言い聞かせるが、止めどない感情の流れは欠けそうなくらい歯を喰いしばっても食い止めることはできない。


 けれど今は。

 奴に向かって吠える前に、確かめておきたいことがある。


「……俺と一緒に居た仲間はどうした」


「あの賊のような輩どもか。まさかお前があんな連中とつるんでくるとは思いもしなかったぞ。

 まあ、それを言うならそもそもこんな形で再会するということ自体、驚きだがな」


 ゼキムは嗤って話を逸らす。


 トンは、激しい怒りを歯ぎしりの音にして表に出す。



「殺したよ。こちら側の都合もある。必要な処置だった」



 ゼキムの宣告に、トンの顔が苦渋に歪む。



 やはりだったか。

 皆、すまねえ……。


 噛み殺すことのできない気持ちが、眦から零れ落ちて頬を伝った。



 一時の沈黙が流れ、トンはゼキムに向かって呟く。


「……なぜ俺を救けた?」


「苦労を掛けた師匠の忘れ形見だ。お前を殺すなんて選択肢、最初からなかった」


 そんな言葉を信じる気は毛頭なかった。

 三年前、こいつの襲撃が元で、親父は死んだのだ。


「てめえ、未だに反乱なんてもんに夢見てんのか。てめえが三年前にやって来たこと、忘れたとは言わせねえぞ」


「では、貴様は真教連の犬に成り下がりなんの夢を見ているのだ?」



 ゼキムの反問に、トンは、



 はっきりと言い返した。



「俺はこのハンマーで序列一位てっぺんを目指す」


 そして。


「この乱れ切った世の中を『修理』する。この世界に住むすべての人が、笑って暮らせる世界にな」



 ゼキムは、それを聞いて満足だとでも言いたげに、口の端を緩めた。



「ならば私と目指す場所は同じ。その手段が違うだけだ。どうだ、」



 ゼキムが面を、鉄格子の隙間に近づける。

 トンを圧迫せんほどの距離で、耳打ちするかのように重たい響きでこう言った。



「私に手を貸さないか?共に理想とする世界を作り上げるんだ」



 トンは、答えた。



「お断りだ」





◇ ◇


「まあ手短にまとめよう。トンは無事だ。しかし、彼の身柄は未だゼキムの手中にある」



 伝える神父の面持ちは固い。


 シルビアもまた、固唾を呑んでその報告を聞いていた。


 ゼキムの反乱――――いや、ディムガルド軍の侵攻が世間を騒がせていた。



 シルビア、ブーニン神父、神父の部下の修道女マリルの三人は、真教連の追及を避けて隠れ家にこもっている。



 とりあえず、トンは無事。


「トンさんは無事なんですね。襲撃が失敗したから心配でしたけど、それを聞いて一安心です!」


 神父の部下の修道女・マリルが呟き、シルビアも胸をなでおろしていたところだが、


「それはあまりにも楽観すぎるな。トンとゼキムの間には確執がある。いつそれがゼキムに突発的な行動をとらせるか分からないんだぞ」


 神父がたしなめた。


「そ、そうですね、早合点が過ぎました」


 マリルがぽりぽりと頭を掻いた。

 つまり、トンの命は敵の指先一つで、未だ安全などではないということだ。


 そう。いつ還ってくるか分からない。



ならば、取り戻すしかない。



 自分の手で。



「みんな…………わたしに一つ、考えがあるんです」



 シルビアはある一大決定を胸に、この場にいる他の二人に打ち明けた。



 それは彼女が行うにはあまりに危険な賭け。


 けれど。トンを取り戻すためには、もうこの手しかなかった。





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