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ミルフィとリリアン



 地下牢は薄暗く、それでいて乾いた空気が流れ込んでいた。


 床などなく、土の絨毯に足や手を直に付けるので、あっという間に体中が汚れる。

 絶対に横にはなるまいと思っていたが、疲れ切った体は正直で、気が付けばいつの間にか泥だらけになった体に気付いた。



 あれからいったい幾日が過ぎたのか。


 トンはゼキムの襲撃に失敗した。それだけは事実だ。


 では事実の範疇はどこまでか。


 ここはどこか。なぜ俺は生きているのか。


 襲撃を共にした他の仲間たちは、いったいどうなったのか――――。


 

 トンは監獄の壁に頭を、力なく預ける。


 もう十分寝たはずなのに、体が急速を欲している。いや、心か。



 だが誰かが忍び寄る気配には一瞬のよどみなく体が即応した。



「誰だ」


 この地下牢のような一室は、入り口が左半分が隙間の十分ある鉄格子、右半分が牢の外の視界を完全に遮断する鉄板で覆われている。


 トンは入り口の右半分、牢の外を遮断する鉄板の裏に隠れて、誰何の声を発した。


 トンは≪リ・セイバー≫になると同時に≪ドレイグ≫として常に狙われていたので、体が自然とこうした警戒態勢を取るようになっていた。


 

 牢に近づく跫音あしおとは、やがて女の嬌声に変わった。


「はじめまして!私ミルフィって言いますッ!トンくんに会うの、楽しみにしてましたあ♪」


 油断はできない……が敵意もなさそうな弾んだ声に、トンは顔を少し覗かせ、相手の容姿を確かめた。


 黄色い髪をゆるふわな感じでまとめた少女だった。童顔を印象付ける大きな双眸はキラキラと輝いていて、その瞳の中にはトンがいた。

 


「わあ!あなたがトンくんですよね!話に聞いてた以上にかっこいいです♪ねえご職業は?年齢は?好きなタイプとか聞いてもいいですかあ~~~~!♪」



 ミルフィと名乗るかわいい女の子が、格子越しにずいっと顔を近づけてくる。


 トンは反射的に仰け反ったが、その突拍子もない行動に毒気を抜かれてしまう。

 どうでもいいがこの黄色髪の子、背丈に似合わず巨乳である。

 両腕を寄せると自然と巨峰の谷間が深くなる。


 隣に立っていたミルフィの相方の女性が、はあーっと呆れたようなため息をついて


「……職業は≪リ・セイバー≫兼修理屋、年齢は確か15、私たちのちょい下くらい、好きなタイプは、シルビア・ロレンティって子が彼女だろうから多分その子」


「え、え~~!?かのじょ?彼女いるんですかあ~~!?ショック~~!」


「あんた事前の説明でそれくらいわかってたでしょー」


 か、彼女!?待てやいつの間に俺とシルビアがそんな関係に……い、いやキスしそうになったけどあれはその場の空気っていうか雰囲気でチクショウあの出歯亀神父絶対後でシメてやるっ……ていうか目の前のこいつらなんなんだ!?


 トンは、腰まで美しい蒼髪を伸ばした綺麗系女子代表と、黄色い髪の童顔可愛い系代表を見比べる。


 トンが目を丸くしているのに気づいたのか、今だ名の知れぬ蒼髪の綺麗系女子代表が自己紹介した。ちなみに服の上からでもわかる美乳。


「状況を説明してなかったわね。私はリリアン。この眼キラキラさせてる童顔巨乳がミルフィね。私達はブーニン神父に雇われてここに来た。マミルダ城塞の住み込みのメイドって体で」


 神父の使いか……トンは妙に納得した。

 ここに無事来られたということは、彼女らの能力が高いことの何よりの証左だ。


 神父にゼキム強奪計画を話し、その協力を求めた時、それならば現地に情報伝達に必要な支援要員を手配しようと言っていた。彼女らはそれだろう。


 それにしても女性とは。


「あ、勘違いしないでね。私達は神父の愛人とかじゃないから。蜜花園キャバクラのお客と店員って関係。報酬が魅力的だったから、この仕事引き受けることにしたの」


 リリアンがトンの内心に自然発生した疑念を察したのか先手を打ってきた。


「あ、さらに付け加えとくとどっちも生娘しょじょよ。安心して」


 ……何をどう安心せよというのか。聞いてもないことを答えてくる。


「ホントにホントですよお~~。なんなら、証拠をお見せしますッ!」


 ミルフィがそう言って生娘であることを証明しようと……スカートの裾をまくり始めた。


「っておおおおい!?何おっぱじめてんだよ見せなくていいよってかどこ見せる気だよッッ!」


 トンが慌てて大声を出す。


「えー?おっぱい?おっぱいが好きなんですか?」


「んなこと言ってねーー!」


 トンは慌てて後じさりする。


「……まあ、この反応でトンくんが童貞ってことは判明したわけだし、ちょいと状況説明行くわね」



 リリアンが、現在牢の外がどのような状況になっているかを話す。


 結論から言って、ゼキムの身柄引き渡しは、ディムガルド軍が城塞都市マミルダを占領するための狂言だった。


 引き渡しを信じてやってきたカムラン特使は皆殺しにされ、ゼキムはディムガルド軍「大佐」として、マミルダ占領軍の指揮を取っているらしい。



「こんなとこかな」


「そっか……あのさ、『蒼の群狼』の連中は。俺と一緒に襲撃を仕掛けた仲間はどうなったんだ」



 仲間。出会ってたった二、三日だが、きっとそうだった。


 その言葉の重みを、口にして痛感する。


 リリアンは顔の明度を落として、言った。


「詳しくは分からない……。けど、白の兵士たちの話を聞く分には、多分、あの襲撃の後に生きてるのはトンくんだけだと思う」


 トンの視界が、急に暗くなる。


 目の前でミルフィがにこにこ笑顔を輝かせているが、トンにはあまり


 そう言ってリリアンがミルフィの襟首を掴んで遠ざける。


 く、くそー……。

 何か俺があの童貞神父みたいな扱い受けてる……。




 渋々腰を上げざるをえないミルフィを追い立てるリリアンは、最後にトンの方をちょっと振り返って


「あ、ちなみに、私は彼女持ちでも全然狙う方だから!♪」


 そう言って、肩目を瞑ってみせるのだった。




 あ、そうだ。


 せっかくだから、二人に頼むべきことがある。



 

 あのさ、と二人の後ろ背に声をかけた。


「頼みたいことがあるんだ」



 それは、トンがこの地下牢を脱獄するために必要な手順だった。



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