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襲撃①


 カムラン王国と隣国・ディムガルド帝国の国境は、深い森林地帯に埋もれている。

 ゼキムのかつての仲間、若しくは信奉者が襲撃してこないとも限らないので、奴の身柄を護送するディムガルド軍は、この深い森林地帯を通ってカムラン領へ入ってくるはずだ。



 トンがゼキム襲撃の仲間を得た二日後。



 トンと『蒼の群狼』総勢三十名は、国境線近くのディムガルド領の森で、ゼキム護送部隊を襲撃する。

 


 すでに彼らは越境を果たし、襲撃地点の森に潜伏していた。


 トンがブーニン神父から事前に得た、ディムガルド軍の護送に関する極秘情報によると、ゼキムを護送する部隊は本日夜中にこの森を通るらしい。


 そこに夜襲を仕掛け、夜陰に紛れてカムラン領までゼキムの身柄を連れて帰る。



 その計画は、刻々と開始の合図ときを待っていた。


 既に辺りには、夜の帳が幕を下ろし、静寂が森を包んでいる。


「トン。全員配置についたぜ」


 『蒼の群狼』頭目のゴルドーが告げる。


「了解。サンキューな、ゴルドー。あんたがいなけりゃ配置とか襲撃の段取りとか上手くいかなかったぜ」


「ま、そこんとこは潜った修羅場の違いさね。調子はどうだ?この計画の要はアンタだぜ」



 トンは不敵に笑って、それに応えた。

 

「でーじょうぶさ。俺が直前になって怖気づくと思うか?」


「そいつはもう確かめた。疑っちゃいねえ」


 トンとゴルドーは、互いに顔を見合わせ破顔した。



 トンら襲撃隊は、襲撃地点のすぐそばの斜面に陣取っている。


 この斜面を駆け下りる勢いを衝撃力に換算して、護送隊の横っ腹を突き崩してゼキムの身柄を手に入れる。


 とにかくスピードが要だ。まごついていれば数で劣るこちらは確実に不利になる。


 といっても数百から一千の護送隊なら、仲間の支援があればトンのベルグハンマーで相手にできる。大丈夫だ。あとは現場での個々の動きにかかっている。



 場は静寂に包まれているが、襲撃隊の全員の肌には緊張が奔っている。



 決行の直前になってトンの脳裏に浮かぶのは、シルビアだった。


 ――――この計画が成功に終わっても、失敗に終わっても、もうシルビアには会えなくなる。


 それどころか、トンの夢もここで終わる。


 それでも。


 ブーニン神父からシルビアが真教連に狙われていると知ったとき、彼女を救うためのこの方法は即座に思い付いた。


 あとは、それを実行する決心をするための長い葛藤だった。


 真教連は「天地人能力スキル」を激しく嫌う。かつての黒魔術と同じ穢れた力と同義であると考えているからだ。隠れてその力を行使する人間はいくらでもいるが、シルビアの場合あまりにも強力な能力がキースの街の一件で大きく露呈してしまった。

 彼女の母親が生前はかばってくれていたみたいだが、今は誰もそんな人間がいない。

 なら。彼女の身の安全を買うには、この取引しかない。


 しかし。取引の結果としてトンは夢を絶たれる。

 ベルグハンマーで序列一位を目指し、平和の象徴になるという夢は、ここで終わる。


 そしてシルビアにも、生きて会えなくなる。


 自分の命が消えてなくなることより、そっちの事実が心を締め付けた。



 けれどそれよりも大切なことは。


 シルビアに、ずっと生きて笑顔で人生を送ってもらうこと。

 

 もう。


 “シルビア”の時のような失敗をしたくはない。



 トンは唇を激しく噛んで、もう一度、自分の心の中で覚悟を固めた。



 




 斥候が、闇の向こうから慌ただしくこちらへ向かって走ってくる。


「来たぞ……!」


 トンはすぐさま鏡のついた筒――望遠鏡を取り出し、斥候の指さす方向を確認した。


 闇夜に向かって伸びる何百という長槍。その下に根を下ろす黒ずくめの男たちの姿形シルエット

 間違いない、ディムガルド軍だ。剣士こそが勇名を馳せるカムラン王国の風土とは違い、戦争国家ディムガルドは槍兵を主体とした軍事編成で、徹底的に合理化が図られている。最近では、焔硝かやくを利用した『銃』なる新兵装も実践運用が検討されているらしい。



 そして隊の中腹で。


 移動式の檻が揺れていた。



 間違いない、あそこにゼキム・ヴァオウがいる。



「行くぞ……」


 トンが呟き、突貫の準備を命じる合図は次々と待機中の仲間たちに伝播する。



「突撃!!」



 言うや否や先ずトンが、ベルグハンマーを地面に叩き付けてその衝撃で敵兵に突っ込んだ。


 この襲撃の要はトンのベルグハンマーの衝撃力だ。


 これで敵兵の隊列に穴をあけて、その穴を『蒼の群狼』が拡げていく。


 機を見てゼキムの入った檻を奪取するのだ。


 損害は最小限に。速やかに。



 暴風に包まれたトンの体が敵兵の列に着弾すると、拡散する衝撃の波が、黒ずくめの雑兵たちを宙に上げた。


 そしてあたりの敵兵を蹴散らすと、トンの目の前に、その檻は現れた。


 鉄格子の隙間は、かつての兄弟子の姿をはっきりとトンに見せていた。


 三年越しの、対面だった。



「ゼキム…………!!」


「トン……なのか……」


 暗闇の中でうっすらと見開かれた眼が放つ圧は強く、胆力の低い者に一瞥で退場を強制するかのごとき威容だった。


 顔の輪郭、その風貌などは哲学者を思わせるほど思慮深さを感じさせ、実際この男の頭の冴えは、一国を揺るがす反乱を引き起こしたのだ。


 茶色く落ち着いた髪は後退などしていない。三年前と比べていくらかやつれてはいるが、見間違うはずはない、この男はゼキム・ヴァオウ。トンの元兄弟子にして、トンの父ガロンの命と名誉を奪った男。



「よお。久しぶりだな。感謝するぜ、てめえのご尊顔を再び拝めたことに」


 皮肉塗れのセリフを、つい憎しみ交じりにゼキムにぶつける。


「……私も、こんなところでお前に会うとはな。何用だ、まさか一人でここを襲ってきたわけではあるまい?」


「お察しの通りだ」


 トンが言うように、仲間たちがトンの後ろに続き、ディムガルドの護送隊を襲っている。『蒼の群狼』が放つ剣撃と雄たけびが静寂を破って森に響き渡る。


「てめえの身柄、俺たちが預かる。大人しくしてもらうぜ」


「いつからそんな似合わないセリフを吐くようになった……トン。会わないうちに変わったな」


「黙れ……!」


 トンは知らぬ間に奥歯を喰い縛っていた。


 この男に奪われたモノの重み。それを考えると、今まで押さえつけていた憎しみが皮膚の下で沸き立っている。


「私を恨んで頭に血が上るのは分かるが、今は少し冷静に辺りを見渡すべきじゃないか?」



 何、とようやくそこでトンの聴覚は、無数に聞こえる悲鳴の質が変わっているのに気づく。



 聞いたことのある声音で奏でられる阿鼻叫喚。隣で血だるまにされて倒される姿にも見覚えがある。


 仲間たちが、押されている?



「断言しよう。お前たちに俺を抑えることは無理だ」


「くそ!」


 周りを取り囲まれた。



トンがその最初の衝撃で拡げた敵の『穴』が、見る見るうちに塞がっていく。トンはベルグハンマーを担いで戦闘に備える。



 敵が態勢を整えるのが明らかに早すぎる。まさか――――!?


 敵は数百、一千ではない?


「トン!退路を塞がれた!」


 仲間の一人が焦燥に駆られて叫ぶ声が聞こえた。


 その声の後ろで、空に向かって伸びる長槍の隊列が、視界の端から端までを埋め尽くしている。


 まさか、敵の兵力は。


 数万規模に達している――――!?


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