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動乱のプレリュード②

「遅い……」


 シルビアは憂鬱だった。いつまで経ってもトンが帰ってこない。


 最もまだ日が沈む前なのだから、彼女は少し焦りすぎだとも言えたのだが。


 今回は、彼女は自分の直感を信じてよかった。


 今、トンがどんな状況に置かれているかなど全くもって分からないシルビアは、それでも己の胸にわだかまる不安に押されて、彼女はある場所へと向かった。



 丘の上の教会だ。



 入ると、ブーニン神父が一人でいた。


「こんにちは……」


「おお、シルビア嬢。どうした、トンに飽きてワシに会いに来てくれたのかね?」


「いや、違うんですけど……トンを探しているんです」


 本当のことを言ったのに、なぜか神父はショックそうな顔をしていた。


「して、トンの所在とな?」


「はい。ここに来ていませんか?」


「悪いが知らぬなあ。ここには来てないし」


「分かりました。もう少し探してみます」


 そう言ってシルビアはくるりと神父に背を向け、教会の出口へ向かって歩いた。


 そして、聞き逃さなかった。


 すぐさま反転して神父の下へもう一度近づく。


「今、ため息つきましたよね……?」


「えっ!?いんや!?してないが!?空耳なら誰にでもあるんじゃないかなー!なー!」


「……お願いします、教えてください。トンの居場所を」


「ふぬう……できん、それだけはできん!」


「お願いします!」


「トンが話すなとワシに強く念じてきたのじゃ。友情に代えて、これだけは話せん!」


「神父様!」


 シルビアは、手をぎゅっと組んで、神父の瞳を覗き込む。


「うーん……」


「神父様……!」


「……一つ訊く。トンは命を懸けて、ある作戦に就いておる。はっきり言って、君のためじゃ。君は、もしトンと同じ状況に立たされた時、トンのために命を張れると誓えるか」


 ズン、と神父の言葉は場の空気に重く沈んだ。


 それでもシルビアは、はっきりと答えた。


「はい。 トンは、わたしの塞ぎ込んだ心に風を通してくれました。 彼のためなら」


 ブーニン神父はしばらく沈黙を保ち、呟いた。


「ふむ。 ワシは人に覚悟を問う時、言葉よりそれを話す眼を見るんじゃ。

 その眼に偽りなきこと、しかと認めた。 話をしよう」


 そして、シルビアはトンの行方を告げられた。







「終いだぜ、トンカチ屋」


 首筋に刃物を突き付けながら、ゴルドーが言う。


 そのまま、緊縛に似た時が過ぎる。


 トンは、一瞬も眼を濁さず、ゴルドーの双眸をじっと見つめた。


 ゴルドーも、トンも、どちらも動かない。



「……本気だな」


 ゴルドーはナイフをしまい、トンの拘束を解いた。


「試すような真似してすまねえ。ただこっちとしても、その計画に命預けるわけだから、アンタの肝を確かめておきたかったのよ。命の瀬戸際でビビったり情けねえ態度取るようなヤツについていけねえからな。 その見極めだ」


「期待には添えたか?」


「ま、ガキにしちゃ十分だ。カワイげには欠けるがな」


 そう言って、ゴルドーはトンの頭をガシガシこする。


 トンの表情から緊張が消えて、ようやく笑みが零れた。


 ゴルドーが、自分の仲間たちに向けて大声で告げる。


「俺はこいつの計画に乗る!何度でもいうが、これは俺個人の決断だ!お前らに命令することはできねえ!今日で『蒼の群狼』は解散だ。この酔狂な計画に乗る気のある奴は、俺について来てくれ!」


 一座が再びシン、と静まり返る。


 ゴルドーに続く者は、未だ名乗り出ない。


 しかし、『蒼の群狼』の副頭目が、静かに呟いた。


「ここにいる全員、頭目の決めたことなら命令でなくともついていく所存ですよ。いったい何年同じ釜の飯食ってると思うんですか」


 青い頭巾を巻いた副頭目が言うと、それに呼応するかのように鬨の声が方々から上がった。


「お前ら……」


 『蒼の群狼』頭目のゴルドーの口の端が緩んだ。


 彼らの結束を見たトンも、思わず表情が緩む。


 そして、仲間になった『蒼の群狼』の全員に向けて言った。


「よし!決行は二日後だ!それまでに全員、傷を癒してくれ!」


 トンの叫びに、今度は小屋の全員が雄たけびを上げた。


 世紀の大罪人・ゼキム=ヴァオウの身柄を隣国の大帝国の軍から奪い去るという一大事に、誰もが、興奮の渦中にあった。




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