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動乱のプレリュード①

 一座がしん、となる。


 そっぽを向いていたものまでがその言葉に注目し、元から興味を示していた者は目を剥いた。


 トンは説明を続ける。


「今回のディムガルド帝国からカムラン政府への引き渡しを好ましく思わない勢力がある。真教連だ」


 勘の良い者が中にはいるようで、何か分かったように頷く者もいた。


「まず第一に。隣国ディムガルドは真教を奉じない異教の国だ。武装した異教の輩が大挙してカムランの国土を踏む……真教連上層部の過激派にとっちゃ虫唾が奔る事態だな」


「実際真教連は国内での引き渡しに反対し、国境付近で行うよう政府に要求したそうだが、ディムガルド側が兵の安全などを理由にしてこの国の北で最も栄えてるマミルダでの引き渡しに強く固執したそうだ。 何でかは知らねえが、真教連にとっちゃ面白くない展開だろうぜ」


「そして次に。真教連は自らが開廷する宗教裁判でゼキムを裁きたがっている。

ゼキムは先の反乱で多くの歴史的な真教の遺産を壊しまくってるからな。面子にかけてゼキムを自分たちの手で始末したいところだろう。

ただ、今回のディムガルドとカムランの引き渡しを認めると、ゼキムの身柄はカムラン政府に渡って真教が介入する余地がなくなる。

だから、ゼキムが自力で脱走なりなんなりして、そこを真教が掬い上げた方が連中にとって最も溜飲が下がるシナリオなんだ」


話しながら、トンは周囲に目を配る。昏睡していた者も徐々に起き出して、自然と聴衆は増えていた。


「そこで俺の計画を伝える。俺たちは国境付近で、ゼキムを連れたディムガルド軍がカムランの国土を踏む前に襲撃をかける。

 護送隊の規模は数百、よくても数千は超えないだろう。しかもゼキムについている兵はその中でもさらに限られているはずだ。俺のこのハンマーの突破力を活かせば、少数精鋭でも奇襲に成功できる。

 でもそのためには脇を固める腕の立つ仲間が必要なんだ。あんたらにこの計画を話したのはそのためだ」


「で、ゼキムを捕らえた後はどうするんだ?」


 聴衆から声が上がる。

 その人物は眉間に皺を刻んで、かつ興味深げにトンの顔を覗き込む。

 『蒼の群狼』の頭目だ。さっきの戦闘の最中、仲間はゴルドーと呼んでいた。


「捕らえたゼキムは真教上層部に引き渡す。後は煮るなり焼くなり奴らの自由だ。けれど金はいただく。ここにいる全員が、一生遊んで暮らせるくらいの金をな」


「信じられると思うか?第一、真教側に話はついてるのか?」


「話はまだついてない。けど大丈夫だ、真教との連絡ルートはある。上層部過激派にコネのある知り合いもいる。そいつに実物ゼキムを見せれば話は通る」


「フン。仮に成功したとして、カムラン政府の腰抜けはどうにかなっても、ディムガルドが癇癪を起こしたらどうする?実行犯を差し出せと言ったら?イカれた神父どもも戦争は望んじゃいねえだろうから、俺たちは真教連に容易に切り捨てられる」


「それは大丈夫だ。俺が主犯ってことでディムガルド軍に出頭する」


 ここで全員が、目を剥いた。


「もちろんあんたらのことは話さない。各々真教連から莫大な金をもらって、余生を贅沢に遊びつくせばいい」


 ゴルドーは嗤った。口角が皮肉な角度へ曲がる。


「喋れば喋るほどボロ出すなあ、アンタ。この計画、アンタにとってメリットは何だ?イカれた真教信者なのか?命賭けて異教の軍勢からゼキムを奪って、神父様方を喜ばせようっていうやつか?」


 ゴルドーはトンが持ちかけた話のアラを突いてくる。

だが、それはつまりこの話にまだ興味があるということだ。これはチャンスに他ならない。トンの口が、この計画の真の目的を伝える。


「シルビア・ロレンティ……この名前、知っているはずだ」


 場がシン、と静まり返る。


「なんでそう思う……?」


「分かるさ。あんたら、大方≪リ・セイバー崩れだろう。なら、邪術を操る魔女・シルビアを捕らえよっつー、最近出された真教の通達を聞いた人間もいるだろう。あいつは俺のツレだ。俺はゼキムの身柄を取引材料に、シルビアの安全を買うつもりだ」



「その結果、アンタの命はどうなってもいいと?」


「ああ。さっきからそう言ってるぜ」


「ほう……悪魔の槌なんてもんを振り回してるんだからどんなイカレ野郎かと思えば、なるほど、こりゃとんでもねえネジの外れっぷりだな」


「……シンプルに回答だけを頼むぜ」


「俺はこの一座の頭だが、あくまでここからは俺個人の回答として聞いてくれ。俺の決断を誰にも押し付けたりはしねえ」


 狷介な眼つきに無精ひげ。典型的な山賊顔に金の短髪を載せたゴルドーという男は、自身の手下たちを見ることなくトンに答えた。


「俺はアンタの話に乗るぜ。どうせこのままオメオメ帰って元の依頼主アランが俺たちを生かしておく訳がねえんだ。奴にとって俺たちとの取引は恥部だからな。簡単に命をくれてやるつもりはねえが、常に刺客に狙われる人生も勘弁だぜ」


 ゴルドーはにんまり笑って、


「だったらアンタの酔狂な計画に乗ったほうが儲けもんだ。なんせ世紀の犯罪者ゼキムをこの手で捕らえられるんだからな。こいつは末代まで語られる勲だぜ」


「ま、あくまで真教連との裏取引だから大っぴらに話してほしくはないけどな」


 トンはそう言って苦笑する。


「てわけで、俺の回答はイエスだ」


「ありがとうよ。他のみんなはどうだ?」


 トンはベルグハンマーを軽く撫で、


「別に乗ってくれなくても構わない。脅すつもりはねえよ。俺がムカつく、ブチのめしたいっていうんだったらサシで相手してやってもいいけど」


 そう告げた。


「ちょっと待ってくれ。取りあえず俺の分の縄は解いてくれねえか。さっきからアンタに付けられた傷に縄が食い込んで、痛みが止まらねえ」


 ゴルドーが唸るので、トンは彼に近づいて縄の結び目に手をかけた。


「今解く」


 トンの指が、縄目をほどいた。


 ゴルドーの両手両足が自由になる。


 その瞬間だった。


 ゴルドーの腕が動き、トンの首根を押さえつけ、喉元にはナイフが突きつけられた。

 

「……さてと。まさか俺の話を本気にしてくれるなんてな。やっぱ情で動くタイプはやりやすくて笑いが止まらねえ」


 トンの首根にナイフを当てながら、ゴルドーが下卑た笑みを浮かべる。


 トンの得物ベルグハンマーは、手を伸ばしても届かない距離にあった。




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