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決断

 目が覚めた。


 と思ったら、窓から差し込む日差しに思わずもう一度目を瞑る。


既に空に昇った陽は中天に差し掛かっていた。


少ししてトンはガバッと上体をベッドから起こす。ここはシルビアの家。

神父の元を出て、トンはシルビアの家に戻って一夜を明かしたのだった。


「うわあ!びっくりしちゃった」


 目の前で、部屋にやって来たシルビアが体をピョンと跳ねさせて後退った。


「朝ごはん、できてますよ」


 シルビアがトンのところへ近づく。


「悪い悪い。もう昼メシになっちまったな」


 トンが陽の高くなった空を見て言う。


「今作ったばっかりです……わたしも、大分お寝坊したから」


 そう言って、シルビアがトンの隣に腰かけた。


 トンがふあー、と、あくびをする。


「疲れがたまってんのかなー、ちょいとほぐしてもらお」


「ひゃっ!?」


 唐突に、トンがシルビアの胸に手を伸ばし、ぐにゃぐにゃと指を動かし始めた。


「うお、悪い。でも、ちょうどいい寝起きの体操になるな、こりゃ」


 むにむにと指の稼働を止めない。


 それに対するシルビアの反応は、


「んっ……ふ……ん」


 ――――控えめに言って嫌そうではなかった。


「ってちょいちょいちょいちょいっ!?だからもう少し怒れよお!?なんならハリセン脳天にかましてくれたっていいんだぞ!?調子狂うぜ~~」


「え、ええ!?」


 寝台からずっ転びそうなくらいあたふたしたトンは、シルビアの胸から手を離す。そんなトンの急変ぶりにシルビアがいつも上げる驚いた声。


 自分からセクハラしてきたくせになんなのだが、我ながら身勝手すぎるけどあまりの無防備さにシルビアのことをちょい心配してしまうトンであった。


「二人分の朝ごはん作って、わたし、疲れてきちゃいました……」


シルビアがトンの肩の頭を寄せた。眠そうに眼を閉じる。


「眠んなよ。一人で飯食うの、寂しいじゃねえか」


 トンは片手でシルビアの手を包んだ。


 二人でしばらく、目を瞑って時を過ごした。





「んじゃ、行ってくる」



「気を付けてね。……お夕飯までには、帰ってきてね!」


 遅めの朝食を二人で取った後、、トンはシルビアの見送りを受けていた。



 今日も≪ドレイグ≫の退治に赴く。


 現在の序列は、事実上ようやく8000番台を抜け出し7000番台に入り込んだところだ。事実上、というのはまだ序列の更新をしていないからだ。これから更新のために丘の上の教会に赴く。キースの街で大量の≪ドレイグ≫を独りで片付けたことで、見込める点数マイルも相当な規模に達している。

 出かけるついでに、新たな≪ドレイグ≫の退治にも赴こうというわけだ。


「ああ。必ず夕飯までには」


 そういうと、シルビアの表情に笑顔が咲いた。トンがまた戻ってこなくなるのではないか、と少し不安だったのだろう。さっきからぎこちなかった表情が和らいだ。



 嘘だった。



 トンは途上、丘の上の教会とは外れた道へ逸れる。


 徐々に辺りから人気が消える。


 どこぞと知れぬ森の中だった。



「よお……自分から人気の無え場所を選んでくれるとは、親切だな」


 太い声が木々の隙間から背中にかかる。


「気に入ったぜ。 楽に死なせてやる」


 ぞろぞろと。


 抜き身の剣を振りかざす男たちが周りを取り囲んだ。



 物騒な連中に殺すと言われ取り囲まれているのに、トンは呑気に指で空を切って襲撃者たちの人数を、ひい、ふう、みいと数え始めた。


「ま、あんたら見たとこ雑魚じゃねえな。 ちょうどあんたらみたいなの探してたとこなんだよ」


「ほう、俺ら『蒼の群狼』にご用命か? ……悪いが、先客がいてな。あんたを殺せとのオーダーなんだよ。 冥土の土産にあんたを恨んでる人間の名を覚えて逝きな。 序列四位の聖騎士様。アラン・エイワスだ」


 トンの顔に、一瞬だけあの下衆な男の顔が浮かんだが、どうでも良かったので視線をすぐに目の前の男たちの観察に切り替えた。

 やはり初見の印象の通り弱くはないだろう。皆、体中傷や剣ダコで溢れているし、トンに対する間合いの取り方、脚の動き、仲間同士の連携を考えた位置取りなど、一見して付け入る隙がない。


 一味の頭と目される、典型的な山賊顔に金髪を載せた男が長々と口を開いた。


「アランも太っ腹だな。 あんた一人倒せば向こう十年遊んで暮らせる額を提示してきたよ。それにしても、いくら金や不正チートで釣り上げてきたものとはいえ、序列四位のプライドはどこへ行ったのかね。 俺たちみたいな腕は立つが名声なんてのには程遠い殺し屋連中にモノを頼むなんてね」


「悪いな。 その向こう十年遊んで暮らせるビッグチャンスは今にフイになるかもしれねえ」


「……あ?ちょっと強い得物オモチャ抱えてるからってあまりハシャぐなよ。 余裕ぶった顔してられんのも今のうちだぜ」


「そんな台詞吐いてる時点であんたらの負けだよ。 残念だったな、向こう十年の甘えた暮らしなんて今すぐ頭の中から締め出しな」


 トンは構えた。

 トンを取り囲む男たちは元から臨戦態勢だ。


「……代わりに、一生遊んで暮らせる条件みちを提示してやる」


 地を蹴る直前、周りに聞こえないくらいの大きさで、、トンはボソリと呟いた。




 男たちの怒声が剣と槌の乱舞の中に溶け込む。

 数十という剣が舞い、ただ一つの槌がそれを撃ち返して、今、勝敗は決した。




「あ……っぐあ…………」


 トンの眼の前で『蒼の群狼』と名乗る集団が痛みに呻いている。


 襲ってきたこの連中を叩きのめして、手足を縛り、トンは今、森の中にあった無人の小屋に全員を運び込んでいた。


 さすがに序列四位のアラン・エイワスが大金をかけて雇った連中だけあって、弱くはなかった。しかし、逆にトンがこれから考えている計画を実行するのに、これほど好都合なことはない。


トンは自らも負った手傷を手当てして、目の前の自分よりはるかにダメージの深い連中に語り掛けた。


「意識が戻ったやつから話を聞いてくれ。あんたらがアランから大金をもらえる話はこれで潰えた。けど、今から俺が話す計画は、成功すれば十年どころか一生あんたらの生活を保障する額の金を約束できる話だ」


 全体の三分の一ほどはトンの話にそっぽを向いていて、三分の一はトンの話に興味を寄せる視線を向けていた。残る三分の一は、未だ昏睡していた。


「三年前の反乱乱の首謀者……ゼキム・ヴァオウが隣国のディムガルド帝国で捕らえられた」


 これは耳聡い者なら既知の事実だ。

 トンはさらに事実を付け加えていく。


「現在ゼキムの身柄はディムガルドの護送隊によって国境付近へ移動中だ。カムランの北の都市マミルダで、カムラン政府に引き渡される予定だ。 

 そろそろ何をするか話しておこう。 俺が考えていることはこうだ」


 そして。

 計画の本題を切り出す。


「――――ディムガルドの護送隊を襲撃して、ゼキムの身柄を強奪する!」


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