第七話 我が家のビーフシチュー
先日お知らせした改稿作業が完了し、本日より改訂版の投稿を再開いたしました。
今回の改稿では、キャラクターの掘り下げや世界観の導入などを中心に、物語全体を大幅に見直しております。
そのため、特に序盤の展開が以前のバージョンから大きく変わっている箇所がございます。
お手数をおかけして大変申し訳ないのですが、物語をスムーズに楽しんでいただくため、すでに読んでくださっている読者の皆様も、できれば第1話から、もしくは少なくとも第3話あたりから読み返していただけますと幸いです。
より面白くなった物語をお届けできるよう頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
「なんじゃこりゃぁぁぁーーーーっ!!」
わたしの魂の絶叫に、母さんはお腹を抱えて笑い出した。
「あははは! ごめんなさい、しずく。そんなに驚くなんて、思ってもみなかったものだから」
「わ、笑いごとじゃないよ!」
わたしがぷんすかと頬を膨らませると、母さんは「ごめんごめん」と言いながらも、まだ笑いが止まらない様子だ。その反応に、わたしはなんだか恥ずかしくなって、母さんの腕の中で顔を赤くするしかなかった。
そんなやり取りをしながら家に帰ると、扉を開けるなり、父さんと兄さんが飛び出してきた。特に父さんの勢いは凄まじい。
「しずくたぁぁぁぁぁぁん! パパの天使が帰ってきたぁぁぁ! うおおん、パパは寂しかったぞぉ! このパパを置いて一日も外泊するなんて、あんまりだぁ!」
父さんはわんわん泣きながら、わたしを母さんからひったくるように抱きしめる。昨日、わたしが宿屋で寝ている間、父さんは「看病はオレがする!」と聞かなかったらしいが、「あなたがいたら、しずくがゆっくり休めないでしょ」と母さんに一蹴されたそうだ。
「大丈夫だったか、しずく」
兄さんも、心配そうな顔でわたしの頭をそっと撫でてくれる。その不器用な優しさに、胸が温かくなった。
その夜。店を早めに閉めて、我が家の食卓には、豪華なご馳走が並んだ。
わたしの魔法紋出現と、無事の退院(?)を祝う、特別ディナーだ。
「さあ、しずく! 今日のためにパパが魂を込めて焼き上げた、特製ミルクパンだぞ!」
父さんが自信満々に差し出したパンは、外側がパリッと狐色に輝き、中は湯気が立ち上るほどふわふわだった。小麦の甘い香りが、鼻先をくすぐる。
「こっちのシチューも食べてごらんなさい。お野菜がとろとろになるまで、じっくり煮込んだのよ」
食卓の中央には、母さん特製のビーフシチューが、ぐつぐつと音を立てていた。牛肉はほろほろと崩れるほど柔らかく、にんじんやじゃがいもは形を保ちながらも、スプーンで簡単に切れる。艶やかなデミグラスソースの香りが、食欲を刺激してやまない。
その他にも、シャキシャキのレタスとトマトのサラダ、こんがり焼かれたソーセージが並び、わたしの目はキラキラと輝いた。
「「「いただきます!」」」
わたしは早速、ちぎったパンをシチューにひたして、大きく口を開けた。
(……おいしいっ!)
パンに染み込んだ、濃厚でコクのあるシチューの旨味。野菜の甘みと、牛肉の深い味わいが口いっぱいに広がる。パン自体も、噛めば噛むほど優しい甘さが感じられて、シチューとの相性は抜群だ。
「おいしい!」
わたしが満面の笑みで叫ぶと、父さんと母さんは「だろ!」「そうでしょ!」と、自分のことのように喜んでくれた。
「このパンはな、うちの店の特別契約の農家さんから仕入れた小麦を使ってるんだ! 香りが違うだろ!」
「このシチューの隠し味は、ちょっとだけ蜂蜜を入れてることなのよ。コクが深くなるの」
二人の自慢話を聞きながら、兄さんもわたしも、夢中でパンとシチューを口に運んだ。
食事の途中、昨日の落下事件の話になった。
「いやー、あの時はこわかったよ! しずくが落ちた穴に、父さんが顔から突っ込んで、ちょうど肩のところでつっかえちゃったんだ!」
兄さんが面白そうに言う。
「そうなんだよ! しずくを助けたいのに、身動きが取れなくて! あの後、楓に足から引っ張り出してもらうのが、どれだけ大変だったか……!」
情けない話のはずなのに、なぜか父さんは武勇伝のように語っている。
「冷静に穴から降りて行った母さんが、一番かっこよかったよ」
兄さんの言葉に、母さんは「当たり前のことをしただけよ」と涼しい顔だ。
「あのね! 宿やのね、おんなのこがね、うさぎさんのりんご、くれたの!」
わたしがそう言うと、父さんの目が潤んだ。
「なんと……! なんて優しい子なんだ……! 今度、お礼にうちのパンを山ほど持っていかねば……!」
父さんは本気で涙ぐんでいる。本当に、幸せで、温かくて、少しだけ騒がしい。最高の家族だ。
楽しい食事が終わり、みんなでデザートのプリンを食べていた、その時だった。
父さんが、ふと真面目な顔つきで、わたしに向き直った。
「しずく」
いつものデレデレした声とは違う、真剣なトーン。わたしは、スプーンを咥えたまま、こてんと首を傾げた。
「魔法紋も出たことだし、少し早いとは思うんだが……お父さんの、店の仕事を手伝ってみないか?」
仕事。手伝い。
その言葉に、わたしの心は一気に舞い上がった。もう、わたしも家族の一員として、何かを任せてもらえるんだ!
「やる! しずく、やる!」
わたしはスプーンを置いて、ぶんぶんと手を振ってアピールする。
「なにするの? ぱん、こねる?」
わたしの質問に、父さんは重々しく頷くと、びしっと指を突きつけて、高らかに宣言した。
「聞いて驚け! 店の売り子だ!」
「……うりこ?」
「そうだ! 我が愛しのしずくたんが店先に立てば、その天使の如き愛くるしさで、客が雲霞の如く押し寄せるに違いない! 近所の競合店など、一瞬で潰れるだろう! ぐはははは!」
結局、いつもの親バカだった。
その瞬間、母さんの冷たいツッコミが、父さんの後頭部に綺麗に突き刺さった。
「あなた、自分の娘を客寄せパンダにする気なの?」
母さんは呆れたように言った後、ふむ、と顎に手を当てて考え込み……にやりと笑った。
「……でも、可愛いしずくが売り子をしたら、確かに行列ができるかもしれないわね。うん、ありだわ」
(お母さんまでぇぇぇぇぇっ!?)
我が家の冷静担当、最後の砦だと思っていた母さんまでもが親バカを発揮したことに、わたしは心の中で全力でツッコミを入れるしかなかった。




