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第六話 なんじゃこりゃぁぁー!!

「じゃあ、またな!」と手を振る大将たちに見送られ、わたしたちは宿屋の厨房に繋がる裏口から外に出た。


 ぎぃ、と重い木の扉が閉まる。さっきまでの賑やかさが嘘のように、辺りは静かになった。


「あの子、可愛かったね。いい子だった」


 うさぎリンゴの優しい味を思い出しながら言うと、母さんは「ええ、本当にね」と微笑んだ。


 裏口から出た先は、とても狭い路地だった。目の前には、隣の建物の苔むした石壁がそびえ立ち、すぐ右手には上へと続く薄暗い階段があるだけ。二歳半のわたしの目線では、壁と階段の柵しか見えず、空はほんの僅かな隙間から覗いているだけだった。

 母さんに手を引かれ、わたしたちはその石の階段を一段、また一段と上っていく。


(そっか、宿屋さんが一階みたいな場所だったから、二つくらい上って、うちの家は三階なんだな)

 わたしは、自分の中でそう納得した。でも、すぐに新たな疑問が湧いてくる。


「ねえ、おかあさん。うちって三階なんでしょ? どうやってパンをうってるの? おみせ、あったっけ?」


 三階のパン屋なんて、お客さんが来るのが大変そうだ。

 すると、母さんはきょとんとした顔でわたしを見て、こともなげに言った。


「違うわよ、しずく。うちは四十三階よ」


「へぇー、よんじゅうさんかいなんだー」


 わたしは、さも当たり前のように相槌を打った。


 ……よんじゅうさんかい?

 ……四十三階?

 ……43階?


 数秒後。ようやくその言葉の意味を飲み込んだわたしの脳内で、警報がけたたましく鳴り響いた。

「えええええええええっ!?」

 わたしの素っ頓狂な声が、狭い階段にこだまする。


「い、いま、よんじゅうさんかいって言った!? あの、43!? 嘘でしょ!?」


 慌てふためくわたしを見て、母さんは不思議そうに首を傾げた。


「ええ、四十三階よ。どうしてそんなに驚くの?」


(どうしてって、こっちのセリフだよ!)

 木造や石造りの家だぞ!? そんな建物が、どうやって四十三階なんて高さまで建てられるんだ!

 わたしの混乱を面白がるように、母さんはくすりと笑うと、わたしをひょいと抱き上げた。


「ほら、よく見てごらんなさい」


 母さんの腕の中で視線が高くなり、今まで視界を遮っていた階段の安全柵の上から、外の景色が――この世界の本当の姿が、わたしの目に飛び込んできた。


 ――わたしは、息を呑んだ。

 まず、真下。


 目がくらむほど、遥か遠くに、小さな家々の屋根と路地が見える。眩暈がするほどの、圧倒的な高さ。

 いや、ただの家じゃない。

 木造の家々が、まるで積み木みたいに、縦へ、さらに縦へと無秩序に積み重なっている。その隙間を埋めるように、石造りの塔やアーチが食い込み、窓という窓からは洗濯物が旗のようにはためいていた。


 中世の街並みが、無理やり天に向かって引き伸ばされたような、歪で、狂気的な光景。


 視線を上げると、空には、巨大な帆を張った船が、雲をかすめてゆっくりと滑っていた。その巨体が落とす影が、下層の街を撫でていく。

 その周りを、小舟がひらひらと蝶のように舞い、屋根と屋根の間を縫うように飛ぶ。


 右を見れば、幾重にも重なった橋、橋、橋。

 斜めに、縦に、横に、まるで蜘蛛の巣のようにランダムに交差し、都市の血管みたいに張り巡らされている。階段はその血管に絡みつき、その上を歩く人々の姿は、まるで都市が脈打っているように見えた。


 さらに奥。

 天を突くような断崖絶壁がそびえ、その垂直に近い斜面に、へばりつくようにして無数の家々が建っている。あんな場所に、どうやって……。


 風が、わたしの頬を撫でた。

 強く、冷たく、そして甘い匂い。遠い異国から運ばれてきたスパイスと、潮の香りが混じり合っている。下からは、行商人の威勢のいい声、帆のはためく音、何かの金属が擦れる音が、混ざり合ってわたしの耳に届いた。


 縁のすぐ下を、小さな空舟が通り過ぎていく。甲板にいた少年が、こちらに気づいてにこっと笑い、手を振った。

 橋から橋へ、十メートルはありそうな距離を、助走もつけずに軽々と跳び移る別の少年が、楽しそうに笑っていた。


 ――ここでは、空を歩くことが、空を飛ぶことが、当たり前なのだ。

 この世界の街は、建物は、人々は、わたしの知る物理法則から、あまりにも逸脱していた。

「なんじゃこりゃぁぁぁーーーーっ!!」

 わたしの絶叫が、どこまでも広がる蒼い空に、吸い込まれていった。



改稿の流れについて

1話から5話までを一括して改稿いたします(5話は本お知らせを修正予定です)。

改稿完了後、6話を公開することでお知らせの代わりとさせていただきます。

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