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第四話 わたしは空飛ぶ魔法少女?

 「わたしもやりたい! おしえて!」

 期待に胸を膨らませて叫ぶと、母さんは優しく微笑んで、わたしに手招きをした。


「ええ、もちろんよ。しずく、こっちへいらっしゃい」


 わたしがてちてちと歩いて母さんの前に立つと、母さんはしゃがんでわたしと目線を合わせ、そっとわたしの右手に自分の手を重ねた。母さんの手は、パン生地をこねる時みたいに、温かくて柔らかい。


「いい? 今から、ほんの少しだけわたしの魔力を送るわ。この温かい感覚を、よく覚えておくのよ」


 言われた通りに意識を集中すると、重ねた手から、じんわりと温かい何かが流れ込んでくるのが分かった。それはまるで、ぬるま湯に手を入れた時みたいな、心地よい感覚だ。


「……あったかい」


「そう。それが魔力よ。上手ね、しずく」


 母さんに褒められて、えへへと笑う。なんだか、すごく簡単そうだ。


「感覚は掴めたかしら? そしたら今度は、自分の中にある魔力を探してみて。きっと、お腹のあたりが温かく感じるはずよ」


 母さんの言葉に、わたしはこくりと頷いて、目を閉じた。

(わたしの中の、魔力……)

 意識を、自分の体の内側へと向ける。


「がんばれー! しずくたん!」

「そうだ、おへその下あたりを意識するんだ」


 父さんと兄さんの応援が聞こえる。うーん、お腹のあたり……お腹……。

 すると、おへその少し下、丹田と呼ばれるあたりに、ぽっと小さな灯りがともるような、温かい感覚を見つけた。

(あった! これだ!)


「できた!」


 わたしが目を開けて叫ぶと、三人が「おおー!」と声を上げた。


 一度その存在を知覚すれば、もう簡単だった。その温かい魔力が、血液みたいにわたしの全身をくまなく巡っているのが、はっきりと分かる。すごい、これが、わたし自身の力……!


「信じられないわ……! 初めてで自分の魔力を知覚するなんて……!」


「天才だ! やはり我が娘は、歴史に名を刻む天才だったんだ!」


「すごいな、しずく」


 家族からの手放しの賞賛に、わたしの頬は自然と緩む。いやあ、それほどでも……なんて、心の中で得意げになる。そのわたしの顔を見て、父さんはさらに「うおお、照れているしずくたんも最高にキュートだぞぉ!」とデレデレになっていた。


「じゃあ、最後の仕上げよ」


 母さんはにっこり笑って、窓の外を指さした。


「自分の中だけじゃなく、この世界の空気の中にも、魔力は満ちているの。それを感じてみて」


 言われた通りに、意識を家の外へと広げる。すると、さっきまで感じていた自分の中の魔力とは比べ物にならないくらい、膨大で、キラキラした光の粒みたいなものが、世界中に満ちているのが分かった。


「これをね、自分のものにするの。『わたしの周りだけ、軽くなれー』って、強く思うのよ。そうすれば、身体がふわっと軽くなるから。そしたら、軽くジャンプするだけで、ずっと空中にいられるようになるわ」


 なるほど、理論は完璧に理解したぞ。

 わたしはふんふんと頷き、自信満々で息を吸い込む。


(わたしの周り、軽くなれーっ!)

 心の中で、力いっぱい念じる。そして、トンッ、と軽くジャンプ!


 ――すとん。

 当たり前のように、重力に従って床に着地した。


(あれ?)

 おかしいな。もう一回。

(軽くなれ軽くなれ軽くなれーっ!)

 トンッ!


 ――すとん。

 ……変わらない。何度やっても、ただの短いジャンプで終わってしまう。


「うーん、おかしいわね……」


「焦るな、しずく! パパが応援しているぞ!」


 家族は励ましてくれるけれど、さっきまでのスムーズな進展が嘘のようだ。


(なんで? 魔力は感じる。外の魔力も分かる。なのに、なんで軽くならないの?)


 もしかして、念じ方が悪いのかな? 波長を合わせる、みたいな?

 わたしは物理学者だった前世の思考を呼び覚まし、場のエネルギーとの共鳴をイメージしてみたり、ジャンプの角度を変えてみたり、あらゆる工夫を試みた。

 しかし、結果は同じ。わたしは、何度やっても、飛べなかった。


「むむむ……」


 さっきまでのワクワクが、少しずつ焦りに変わっていく。なんで? どうして? みんなはあんなに簡単そうにやっていたのに。


「うーっ!」


 だんだん、いらいらしてきた。悔しくて、唇をきゅっと噛む。わたしの可愛いほっぺは、きっと怒りでぷくーっと膨らんでいるに違いない。


「しずく、今日はもうやめておくかい?」


 兄さんの優しい声が、逆にわたしの苛立ちに火をつけた。


(やめない! わたしは、今日、飛ぶんだ!)


「……さいご! もっかいだけ!」


 わたしはそう宣言すると、目を閉じて、これまでで一番強く、強く念じた。


(軽くなれぇぇぇぇぇっ!)


 そして、床を蹴る!

 その瞬間、ふわっ、と今までとは違う浮遊感を確かに感じた。


(できた!?)


 希望に満ちて目を開けたわたしが見たのは――高くジャンプしたわたしを、父さんが慌てて下から抱きとめてくれている姿だった。

 わたしの浮遊感は、ただの幻想。父さんの力だったのだ。


 ――ぷつん。

 その瞬間、わたしの頭の中で、我慢の糸が切れる音がした。

 ため込んでいた怒り、焦り、悔しさ、そのすべてが爆発した。


「ふがぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 わたしは赤ん坊とは思えないような雄叫びを上げると、父さんの腕から飛び降り、床に仁王立ちになった。

 そして、小さな両足で力いっぱい床を踏みしめて、心の底から、魂の底から、ありったけの願いを込めて叫んだ。


「とべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ――その瞬間、世界が変わった。

 ふわっと軽くなるはずの身体が、逆に、鉛を流し込まれたみたいに、猛烈に重くなった。


「え?」


 わたしの足が、ずぶ、と床に沈む。

 ミシミシッ、と床板が悲鳴を上げる。

 そして――


 バキィィィィィッ!

 凄まじい音を立てて、わたしの足元の床が、砕け散った。


「えぇぇぇぇぇぇっ!?」


 浮遊感……じゃない。あるのは、奈落へと引きずり込まれる、圧倒的な落下感だけ。

 視界がぐるりと反転し、穴の上からわたしを覗き込む、家族の真っ青な顔が見えた。


「しずくぅぅぅぅぅぅっ!」


 父さんの絶叫が、遠くに聞こえる。

 どしん!という衝撃と共に、わたしは下の階の床へと叩きつけられた。


 何が起きたのか、全く分からない。

 周りが、やけに騒がしい。知らない人たちの驚く声、悲鳴、ざわめき。どうやら、ここは食堂らしい。食事をしていたお客さんたちが、天井から降ってきたわたしを見て、目を丸くしている。


「きゃあ! 大丈夫!?」


「坊や! しっかりしろ!」


「誰か! 回復術者を呼んでこい!」


 たくさんの声が、頭の中でぐわんぐわんと響く。

 家族の慌てふためく声、知らない人たちの心配する声。

 身体の力が、すうっと抜けていく。なんだか、すごく、眠い……。


 不意に、すぐ近くで母さんの声がした。あんなに上にいたはずなのに、妙に近い。


「大丈夫よ、しずく。大丈夫だからね」


 その声と、知らないおばさんの焦った声が混じり合う。


 ああ、なんだか、もう、どうでもいいや……。

 わたしの意識は、その喧騒の中で、ぷつりと途切れた。






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