第三話 これ、魔法紋ってやつでしょ!?
朝のトイレ。それは、二歳半のわたしにとって、一日で最も集中力を要する戦場である。
あれから数ヶ月、わたしの身体は順調に成長し、トイレもほぼ完璧にこなせるようになった。しかし、油断は禁物だ。
「んん……っ!」
わたしは小さな便座の上で、全身全霊を込めて力んでいた。前世では忘れてしまった、この原始的な達成感。健康な身体って、素晴らしい。
(よし、ミッションこんぷりーとぅ……!)
すっきりとした気分で、ふと自分の右手首に目をやった、その瞬間だった。
「……へ?」
手首の、ちょうど脈を測るあたり。そこに、見たこともない模様が浮かび上がっていた。
黒インクで描いたような、細くて複雑な幾何学模様。まるで、小さな魔法陣だ。
なんだこれ!? 昨日までは絶対になかったぞ!?
「ひぃっ!?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
その声に反応して、すぐにドアの外から母さんの声がする。
「しずく? 大丈夫?」
「……だ、らいじょぶ!」
とっさに、いつもの片言で答える。危ない危ない。もしこれが何か悪い病気の印だったら、また母さんたちを心配させてしまう。前世で散々かけた心配を、今世でまで繰り返したくはなかった。
わたしは急いで部屋に戻ると、自分のベッドにどさりと座り込んだ。
もう一度、あの模様を見てみたい。でも、どうやって?
(確か、さっきは……力んだ時……)
わたしは息を吸い込み、お腹の底に力を込める。
「ふんぬぅ……!」
すると、どうだろう。さっきと同じ場所に、するすると黒い紋様が再び浮かび上がった。力を抜くと、すうっと消えていく。
間違いない。これは、力を込めることで現れる、何か特別なものだ。
ほんのり淡く光っているようにも見えるその紋様を、わたしは食い入るように見つめた。
じっと見ていると、まるで模様の奥から何かが呼びかけてくるような、不思議な感覚に陥る。
そして、前世で浴びるように摂取した物語の記憶が、脳内でパッと結びついた。
(これ……絶対にあれだ。ファンタジー世界のやつだ!)
心臓が、ドクン!と大きく跳ねる。
いやいや、だって私、こういうの知ってるもん! 漫画でもゲームでも小説でも、散々見てきたやつじゃん!
これ、魔法紋とか魔力回路とか、そういうやつでしょ!?
え、てことは、もしかして……わたし、魔法が使えるの? 本当に!?
ワクワクが一気に爆発して、わたしは布団から飛び起きた。
こうしちゃいられない! さあ、試すならまずは王道の――
「ファイヤ!」
……しーん。無音。無風。無温度変化。
「フレイム!」
……やっぱり静か。おかしいな。
ならば属性を変えて――
「ウォーター!」
「アクア!」
……床も服も、さらりと乾いたままだ。
こうなったら、あらゆるファンタジーの定番スキルを試すしかない!
「ステータスオープン!」
視界には、見慣れた子供部屋の壁が映るだけ!
「鑑定!」
枕をキッと睨みつけてみるが、その正体はやっぱりただの枕だった!
「アイテムボックス!」
……わたしの手は、空っぽのまま。
「封印解放!」
……誰の封印が解かれるでもなく、静寂だけが部屋を優しく包む。
くぅ……ならば回復魔法だ!
「ベホイミ!」
どこもケガしてないけど、一度言ってみたかった。……でもやっぱり何も起きない。
気がつけば、わたしは前世で知っている限りの呪文、魔法、スキル名を、息を切らしながら叫んでいた。
……そうだ、まだ奥の手が残っているじゃないか――必殺の、中二病全開の長文詠唱だ!
「闇夜を裂きし紅蓮の牙よ――我が声に応え、万象を焼き尽くせ――いでよ、真なる炎の王ッ!」
……沈黙。
数秒後、猛烈な羞恥心がじわじわと背中を駆け上がってきた。
いや待ってこれ、もし今のを誰かに見られてたら、めっちゃ痛い子じゃん!? ひとりで両手を天に突き上げながら長文詠唱とか、前世のわたしが見たら絶対お腹を抱えて笑ってたよ!?
頬がカッと熱くなるのを感じながら、わたしはそっと布団に座り込んだ。
魔法、使えないのかも――。
そう思った瞬間、胸の奥がすこしだけ、ひんやりとした。さっきまでの、風船みたいに膨らんだワクワクは、針で刺されたみたいにぷしゅっと弾けて消えてしまった。
「……いや、待てよ」
しょんぼりしながら、わたしは手首を見つめる。
もしこの魔法紋が本当にすごい力なら、きっと母さんは知っているはずだ。わたしが知らないだけで、何か特別な使い方があるのかもしれない。
頭の中に、「母さんに聞く」という一択が、やる気○イッチみたいにぽんっと浮かんだ。
そうだ、聞いてみよう!
わたしは立ち上がると、わくわくする気持ちを抑えきれずに、店の方へと足を弾ませた。なんだか、新しい世界への探検に出発するみたいで、胸が高鳴る。
台所で小麦粉の袋を運んでいた母さんを見つけて、わたしは駆け寄った。
「おかあさん!」
「あら、しずく。どうしたの?」
わたしは母さんの前に立つと、少しだけもじもじしながら、さっき覚えたばかりの必殺技を繰り出す。
「あのね、あのね。さっきね、といれでね……ふんぬ!ってしたらね……みて、これ!」
わたしが力いっぱい力むと、手首に黒い紋様がするすると浮かび上がる。
それを見た瞬間、母さんの目が大きく見開かれた。
「まあ……! しずく、これ……!」
母さんは驚いたように声を上げると、次の瞬間には、満面の笑みでわたしをぎゅっと抱きしめた。
「すごいわ、しずく! 魔法紋が出たのね! なんて早いの!」
「まほうもん?」
「ええ! 普通は三歳を過ぎてから現れるものなのよ。あなたは本当にすごい子ね!」
母さんの喜びように、わたしまで嬉しくなってくる。さっきまでの落ち込みは、どこかへ飛んでいってしまった。
「ねえ、おかあさん! まほうもんがあると、どうなるの? ふぁいやー、できる?」
「ふぁいやー?」
母さんは不思議そうに首を傾げた後、くすくす笑いながら、とんでもないことを言った。
「火はたぶん出せないかな。でもね、もっとすごいことができるの」
母さんはわたしの目を見て、優しく微笑んだ。
「――空を、飛べるようになるのよ」
「そ、そらをとぶ!?」
わたしの声が裏返る。
「ええ、本当よ! ちょっと待ってて! あなたー! ルートー!」
母さんは嬉しそうに店の奥に向かって叫ぶ。ちょうど昼休憩に入ったのか、父さんと兄さんが「どうしたんだ?」と顔を出した。
「見て! しずくに魔法紋が!」
その一言で、二人の表情もパッと明るくなる。
「おおおっ! さすがは我が娘! パパは信じていたぞ、君が天才だということを! この紋様、パパの作ったパンの焼き目より美しいぞぉ!」
「すごいじゃないか、しずく。もうそんなのが出る年か……」
父さんはいつもの調子でわたしを抱き上げ、兄さんは少し照れくさそうに、でも嬉しそうにわたしの頭を撫でてくれた。この世界では、魔法紋が現れるのは、病気で死ぬ確率がぐっと下がる、とても喜ばしいことらしい。
「ほら、しずく。よく見ていてごらん」
父さんが言うと、三人は顔を見合わせて頷いた。
そして、次の瞬間。
父さんが、母さんが、兄さんが、トン、と軽く床を蹴っただけで、ふわりと宙に浮いた。
まるで重さがないみたいに、ゆっくりと天井近くまで上がると、今度は羽が舞い落ちるよりもずっと遅く、穏やかに床へと降りてくる。
部屋の中を、三人が無重力空間みたいに、静かに、優雅に漂っている。
わたしは、その光景を、口をあんぐりと開けたまま見上げていた。
すごい。すごすぎる。
火や水が出なくてもいい。ステータスが見えなくてもいい。
空を飛べる。自分の意志で、重力から解き放たれる。
それは、前世で病室のベッドから窓の外を眺めることしかできなかったわたしにとって、どんな派手な攻撃魔法よりも、ずっとずっと、魅力的な奇跡だった。
もしかしたら、わたしも……アニメで見た、魔法少女みたいになれるのかもしれない!
期待で胸をいっぱいにして、わたしは家族に向かって叫んだ。
「わたしもやりたい! おしえて!」
MOMA「ふふふ、博士! 私の初めての作品、7時・12時・18時のゴールデンタイム狙いで行きますよ!僕予習してきたんです!」
博士「……今、お盆だぞ?」
MOMA「そうですね、お盆です!」
博士「意味なくね?」
MOMA「……え?」
博士「お盆って、仕事してる人はあんまり居ないだろ。みんな休暇なんだから、朝でも夜中でも見るんじゃないか?」
MOMA「……はっ!? た、確かに……!」
博士「しかもな。ゴールデンタイムって“人気がある時間帯”だからこそ、同じタイミングに投稿する作品数も増える。つまり――」
MOMA「埋もれるだけじゃないかぁぁぁ!」
博士「ようやく気づいたか」
MOMA「なんで早く言ってくれないんですか!」
博士「聞かれなかった」
MOMA「ぐぬぬ……次は深夜3時投稿で行きます!」
博士「それはそれで意味なくね?」
2話も投稿してから気づきました、、、
※深夜3時投稿はしません




