表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

第十話 リリーは激怒した

宿屋の娘、リリーは激怒した。

必ず、かの奸智に長けた小悪魔のごとき娘を、除かなければならぬと決意した。


そもそも、話の始まりはこうだ。

うちの店の天井に、いきなり穴が空いた。そして、そこから女の子が落ちてきた。普通に考えて、大事件だ。


気絶しているそいつがあまりに哀れだったから、わたしは気を使って、うさぎの形に切ったリンゴまで持って行ってやったのだ。だというのに、あの女……しずくは、その恩を仇で返しやがった!


あいつがパン屋の店先で商売を始めてからというもの、どうも様子がおかしい。

今まで、うちの宿屋の食堂に来るお客さんたちは、みんなわたしのことを「リリーちゃんは可愛いなぁ」「うちの孫にしたいくらいだ」と言って、それはもうちやほやしてくれていたのだ。わたしは、この宿屋のアイドルだった。そのはずだった。


それが今や、誰も彼も口を開けば「パン屋のしずくちゃんが」「あの小さい売り子さんが」と、あの女の話ばかり!


わたしのファンを、わたしの信者たちを、ごっそり奪い去っていったのだ!


……いや、待て。思い返せば、天井に穴が空いたこと自体がおかしい。

普通の子供が、床を突き破って落ちてくるなんてことがあるだろうか? いや、ない。


そうだ、間違いない。あの輩は、人の姿形をした疫病神か何かの類なのだ!

わたしの人気を吸い取り、この宿屋に災いをもたらす邪神に違いない!


「うがぁーーっ!」


込み上げる憤怒に、わたしは天高く拳を突き上げた。


見てなさいよ、しずく! このわたしが、あんたの化けの皮を剥がして、退治してやるんだから!


「あらあら、リリー。何やってるのかしら」


「はっはっは、元気があってよろしい!」


食堂の隅で一人憤慨しているわたしを見て、お父さんとお母さんが笑っている。わたしのこの燃え盛る怒りが、ただの子供のかんしゃくにしか見えていないらしい。


わたしはぷいっとそっぽを向くと、二人に向かって宣言した。


「ちょっと、上のパン屋さんに行ってくる!」


「おや、そうかい。しずくちゃんによろしくな」


「仲良くするのよ」


……違う! 仲良くなんて、これっぽっちもする気はない!

二人は、わたしがあの邪神と友達になりたいのだと、とんだ見当違いをしている。まあいい。どうせすぐに、わたしの正義の鉄槌が下るのだから。


わたしは、ずんずんと石の階段を上った。一段、また一段と、怒りを力に変えて。

そして、四十三階。パン屋の軒先にたどり着いたわたしは、愕然とした。


あの女……しずくは、大勢の客に囲まれ、満面の笑みでパンを売っている。客たちは、みんな骨抜きにされたみたいに、でれでれした顔で彼女を見ている。


(きいいいぃぃぃっ! わたしのファンだったおじさんまでいるじゃない!)

怒りで、目の前が真っ赤になる。

わたしは、その人だかりをかき分けて、しずくの背後へと回り込んだ。


「……ねぇ」


「ねぇってば。聞こえてるんでしょ?」


わたしが声をかけると、しずくは「はい、いらっしゃいま……」と言いながら振り向き、わたしを見るなり目を丸くした。


「あーっ! あなたは、りんごの!」


そこからの展開は、嵐のようだった。

わたしが何か言うより先に、しずくのマシンガントークが炸裂し、店の奥からは号泣するおじさん(しずくの父親らしい)が飛び出してきて、気づけばわたしは、敵の本拠地である家の中へと連行されていた。


「……お、おじゃまします」


……礼儀だけは、ちゃんとしておく。


家族が店に戻り、ようやく二人きりになった。今度こそ、文句を言ってやる。

そう思ったのに。


「わたし、しずく! あなたは?」


「……リリー」


「リリー! 素敵な名前だね! わたし、リリーと友達になりたかったの!」


太陽みたいな笑顔でそう言われて、わたしの毒気は完全に抜かれてしまい、


「……うん、ともだち、なる」


不覚にも、頷いてしまった。

(違う! わたしはこいつを倒しに来たはず……!)

でも、敵を倒すには、まず敵を知ることからだ。そうだ、これは戦略的撤退。わたしは、こいつの使う妖術の正体を突き止めるために、あえて懐に飛び込んでやるのだ。


わたしは意を決して、恥を忍んで、目の前のてきに教えを乞うた。


「……その、おきゃくさんをメロメメロにするほうほう……おしえて、くれない?」


そこから始まった接客講座は、わたしの想像を絶するものだった。

最初は「笑顔」だの「大きな声」だの、まともなことを言っていた。だが、しずくの指導は、どんどんおかしい方向へと進んでいった。


「ウインクを混ぜると、お客さんのハートを鷲掴みにできるよ!」


「ちょっと上目遣いを意識するの!」


(な、何なのよ、これ……!?)

わたしは半信半疑だった。でも、この女は、現にこの技で人気者になっている。だまされたと思って、やってみるしかない……!


数時間後、わたしたちは最終奥義の特訓に入っていた。


「ちがう、リリー! もっとこう、ヒップをきゅっと上げて!」


「こ、こうですか、師匠!」


腰に手を当て、首をこてんと傾げる、謎の「うふーんポーズ」。

これをマスターすれば、わたしも……!


「そう! 素晴らしいわ! あなたには才能がある!」


師匠しずくの賞賛に、わたしの心に火がついた。

見てなさいよ、お客さんたち!

この究極奥義を会得して、わたしは必ず、宿屋のアイドルの座に返り咲いてみせるんだから!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ