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前世からあなたを  作者: 七瀬翔
本編
15/20

収穫祭(1)

 「これで大丈夫かな、母さん」

 「ふふ。変じゃないわよ、安心して」


 鏡の中の母は嬉しそうに笑っている。

 リディにはできないので、母に髪を編み込んでもらっていた。ついでに、化粧も施してもらっている。リリアーナ、ほどではないが、いつものリディより鏡の中のリディは綺麗になっている。


 椅子から立ち上がって、変なところがないか、隅々まで確認する。

 赤を基調として、襟や袖部分に白色のフリルがついているワンピースだ。


 「そんな心配しなくても全然大丈夫よ」


 呆れたように言いつつも、母もどこか嬉しそうだ。


 「収穫祭、楽しんでらっしゃいね」

 「うん、じゃあ、行ってくるね」


 階段を降り、玄関まで向かうと。既にそこにはアロイスの姿があった。

 いつもと違い、平民らしい格好をしている。


 「すみません、お待たせして」

 「ううん。可愛いよ、リディ」


 アロイスは目を細めつつ、リディのことを見ている。

 それにリディは少し恥ずかしくなる。

 アロイスが差し出した手に躊躇うことなくリディは己の手を重ねる。


 この日を迎えるまでリディは散々思い悩んだ。

 祭りの最後にこの人に自分の想いを伝える。けれど、それまでは最後の時間を楽しく過ごす。そう、決めた。


 この前と同じく歩いて下町まで向かう。

 これがこの人と過ごす最後の日だと思うと、無性に悲しくなる。でも、その感情を振り払う。最後まで楽しく過ごすのだ。


 「ずっと行ってみたいと思ってたんだ」

 「?収穫祭にですか?」

 「うん、まあ、それもあるね」


 要領を得ない回答にリディは内心首を捻る。が、疑問は口には出さなかった。なんとなく、分かった気がしたから。


 「私も、です。ずっと行ってみたいと思ってたんです」


 リディの回答に今度はアロイスが目を丸くする。


 「リディは行ったことがあるんじゃないの?」

 「はい、あります。でも家族以外と行くのは初めてなんです」


 にこっ、と微笑めば、アロイスはリディから顔を逸らす。

 だが、リディから見える頬はわずかに染まっていた。



 歩いて数分でたどり着いたユストファ子爵家の領地一広い町は人で賑わっていた。

 普段は静かな街で、質素な建物が目立つが、今日ばかりは人々は派手な格好をして、町中も花で飾り付けられていた。


 「花で町を飾りつけるの?」


 物珍しそうにアロイスはきょろきょろと辺りを見回している。


 「そうなんです。この季節に咲く花を町中に飾りつけて、今年の豊作を祝います。凶作の年もありますが、その時も変わらず神に感謝します」

 「どうして?」

 「凶作なのは農業の神様が不機嫌だったからとされています。だから、豊作の時と変わらず祭りをすることで、神が機嫌を良くして来年実り豊かにしてくれるように祭りをするんです」

 「へえ、知らなかったな。面白いね」

 「ですよね。採れた花は町中に飾りつけられたり、売られたりしてます。今年採れた野菜もいろいろな料理になって売られてますよ」

 「じゃあ、色々買って食べようか」


 貴族が買い食いするなんて通常ならあり得ない。だけど、この人ならしてくれると思っていた。

 望外の喜びに包まれる。


 まず、立ち寄ったのは、シンプルに様々な野菜を串に刺して焼いたものを売っている屋台。

 その屋台のおじさんから、二つ買う。

 そこからすぐ近くの、噴水の周囲にあったベンチの一つに座る。

 どうやら、二人用のベンチだったらしく、少しみじろぎしただけで、隣に座るアロイスに触れてしまう。

 心臓の鼓動が激しくなる。隣に座るアロイスにばれてしまいそう。


 「ん。美味しい。味付けは塩だけなのかな」


 そんな、リディの心情を知らないアロイスはひと足先に食べたようで。幸せそうな表情を浮かべている。

 リディもアロイスにならって口をつける。

 一口食べるとしゃきしゃきとした食感がたまらない。炭で焼いたのか、香ばしい味もする。


 「こんなシンプルな料理は食べたことがないな」

 「毎年食べているんですけど、ずっと美味しいですよ」


 串焼きは名物で、リディは毎年食べている。年によって串焼きにされる野菜は異なり、それを楽しむのも醍醐味の一つだ。

 味付けはいつも同じ。今年も豊かに実ったと嬉しく感じながら、食べるだけのはず。

 なのに、今年はそれ以外にも感じた気がした。隣にこの人がいるからだろうか。


 「ねえ、お姉ちゃん。一ついかが?」


 ふいに聞こえた声に視線を下げると、頭に花冠を乗せた女の子がバスケットを抱えて立っていた。


 「何を売っているの?」


 この祭りの日に子どもがいろいろな物を売っているのも見慣れた光景だ。


 「これ」


 そう言ってバスケットから取り出したのは一口サイズに切られたりんご。どうやらシロップでコーティングしたりんご飴のようだ。


 「お嬢さん、お姉ちゃんだけじゃなくて僕にも売って欲しいな」


 隣からアロイスがそう口を挟む。

 声のした方に目を向けた少女はアロイスを見て目を見開いた。

 そして次の瞬間には頬をぱあっと赤く染め上げた。

 その反応にリディの顔に自然と笑みが浮かぶ。

 アロイスの端正な顔を見たからだろう。

 少女の声も心なしか、先程リディに声をかけてきた時より上擦っていた。


 「お、お兄ちゃんもい、いるの?」

 「うん、ほしいんだ。もしかして、彼女の分しかもうなかった?」

 「う、ううん。あ、あるよ」


 少女はリディとアロイスの分のりんご飴を差し出してくれた。

 その対価にアロイスは少女に銅貨を払う。

 少女はアロイスのことを直視できないのか、目線を下げたままそれを受け取り、逃げるように去ってしまった。


 「面白い子だったね」


 少女のあの反応の理由に気づいているのか気づいていないのか。アロイスはそうリディに話しかけた。


 「そう、でしたね。頭に乗せた花冠も可愛かったですね」


 シロツメクサを使って丁寧に作られていた。少女か、彼女の母親が作ったのだろう。


 「しゃりしゃりしていて、甘いね」


 少女から買ったりんご飴を一口食べ、アロイスは言う。

 アロイスと同じようにリディもりんご飴を口に運ぶ。

 噛むと甘酸っぱいりんごと砂糖の甘さが同時に口の中に広がった。

 このりんご飴も収穫祭の名物で毎年食べていた。


 「リディはなぜ友達と来たりしなかったの?」


 りんご飴を食べ終わった後、アロイスは唐突にそう切り出した。

 もしかしたら、さっきリディが言った言葉がずっと気になっていて、訊く機会を伺っていたのかもしれない。

 友人がいないから、とは口が裂けても言えない。この人に心配させてしまうから。

 だから濁す形になった。


 「き、機会がなかったんです」


 貴族の令嬢のほとんどは煌びやかな王都に憧れる。

 だから、もしリディに令嬢の友人がいたとしても、こんな田舎の祭りに参加したがらないだろう。

 それに、リディは社交界に知り合いを作るつもりは微塵もなかった。

 所詮、上部だけの付き合いで、そんな付き合いを続けるよりは子爵家の領地を今よりも繁栄させたいという気持ちが多かった。


 あの人は。リリアーナが死んでから心血を注いで国を建て直すために様々な施策を推進した。

 その一つが学校建設だった。

 それまで、学校とは貴族の子息だけが通うものだった。それをユリウスは貴賤問わず、男女共学にすることを推進した。

 その結果、今ではほとんどの貴族の子どもなら学校に通うことができるようになった。リディも学校に通った一人だ。

 ただ、平民の子どもにはまだそれほど普及していない。

 それをリディは普及させたいと思っている。あの人が成し遂げられなかったことを凡人のリディが生涯かけたとしても成し遂げることはできないと思う。けれど、せめて父の領地内だけは。そう思って、領地内に学校を作るために資金を集めている。

 資金の元は領地から上がってくる税の一つである農産物。それらを独自に加工して売り、儲けたお金を貯めている。

 普通なら、令嬢がそんなことをするのは厭われることだ。けれど、両親はそのことを知っているにも関わらず、リディの好きなようにさせてくれている。

 父に援助してもらうこともできるのだが、これは自分の力で成し遂げたいと思っている。父の領地内で採れたものを加工して売っているので、父に頼っていると言われればその通りなのだが。それでも少しでも自分が関わって、資金を集めたいと思っている。

 まだまだ学校建設の見通しすら立っていないが。それでもいつかは実現したい夢の一つだ。

 だから、社交界で呑気に令嬢たちと交流を深めているわけにはいかないのだ。


 「そっか」


 アロイスは優しげな目つきでリディのことを見つめる。

 そんな視線から逃れたくて、リディはアロイスに話を振る。


 「アロイス様はどうなんですか?こういう祭りに参加したことないんですか?」

 「うん、ないね。ずっと王都にいたから。王都にもなんらかの行事はあったかもしれないけど、僕は参加しなかったなあ」

 「忙しかったのですか?」


 こてん、と首を傾げつつリディは尋ねる。

 アロイスは侯爵であり、王太子とも歳が近いため、国の中枢で働いているのだろう。だから、きっと忙しいに違いない。


 「まあ、それもあるかな」


 続きがありそうな言葉に、リディが首を傾げたその時。


 「そこのカップルさん。どうだい、寄っていかないかい?」


 露天商のおじさんから声をかけられる。

 カップル。合ってはいるが、他人からそう言われると何だか面映い。

 アロイスと顔を見合わせ、同時に苦笑する。

 

 おじさんの声に誘われ、彼の露天に近づく。どうやら花を売っているらしい。


 「この祭りは男が恋人に花を贈るのが風習の一つにあるんだよ。知ってたかい?」


 リディはそれに頷くが、アロイスは初めて知りました、と驚いている。

 収穫祭では男性が恋人または妻に日ごろの感謝を込めて花を贈る風習がある。花束だったり花を模した髪飾りだったり。

 最近では想いを寄せる女性に花を渡し、想いを伝えることもあるようだ。


 「じゃあ、リディに買わないとね」


 海のような青い瞳がリディのことを愛おしげに見つめる。

 その瞳を見て、リディは自分でも分かってしまうほど頬を赤く染めた。


 「おおー、お暑いね。お二人さん。どの花を買うかい?」

 「うーん、どうしようかな」


 アロイスは真剣に、飾られた花々を品定めしている。

 その様子をリディは横から見つめる。

 花に顔を近づけているため、今、アロイスの頭はリディの身長と同じくらいの位置にある。

 絹糸のような銀の髪が彼がかけていた耳から流れ落ちる。

 花選びに夢中になっているため、リディが見つめていることに気づいていない。

 それをいいことに、リディはアロイスを見つめる。いや、目が離せなくなったといってもいいかもしれない。

 よく、読書の途中で眠ってしまったユリウスを眺めていたことを思い出す。

 あの時のユリウスもこの世のものではないような美しさだった。


 「よし、決めた」


 アロイスの声にリディはびくっとなる。今の状況をすっかり忘れていた。

 アロイスがリディの方を見る前に、彼から視線を外す。


 「これください」


 アロイスが指差した花をおじさんは取り、茎をちょうどいい長さで切って、鉄製の櫛に取り付け始めた。

 アロイスが選んだのはピンクのガーベラ。それに、おじさんはカスミソウだろうか、小さな花をガーベラの周りに飾り付けている。

 数日しか持たない、期間限定の髪飾りだ。


 「はいよ」

 「ありがとう」


 おじさんに対価を払ったアロイスはくるりとリディの方を向いた。

 そうして、リディの後頭部に先程おじさんから買った髪飾りを飾った。


 「似合ってるよ、リディ。かわいい」


 目を細め、アロイスが褒めてくれる。


 「あ、ありがとうございます」


 恥ずかしくなってリディは俯きながら、ぼそぼそと呟く。

 ふと視線を上げると、おじさんはにやにやとした表情で二人のことを見ていた。

 リディはいたたまれなくなり、アロイスの手を引っ張って露天を出た。

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