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前世からあなたを  作者: 七瀬翔
本編
13/20

散策

 今日も朝早くから野菜を収穫するために畑に出ていた。

 本格的に夏を迎えたためか、時間帯は早いのに既に太陽は真上に近い位置にあり、気温も時間が経つごとに暑くなっていく。

 そのため、リディの額からは常に汗が出ていた。


 「暑いね。水分補給はしてる?」


 突如聞こえた声にももう慣れてしまった。

 ゆっくりと振り返り、答える。


 「はい。大丈夫です」


 リディに合わせてアロイスはしゃがんでくれる。


 「はい、これ。良かったら」


 そう言ってリディにタオルを渡してくれる。


 「ありがとうございます」


 アロイスからもらったタオルで額の汗を拭う。


 「間に合わなかったか。残念」

 「え?」


 しゃがんではいたものの、それでもアロイスの方が背が高い。

 見上げるようにアロイスの瞳と目を合わせる。


 「君に収穫方法を教えてもらおうと思ってね。早めに出たんだけど」


 初めて会った時もそんなことを言っていた。

 アロイスの邸は王都にある。そこからここまで半日はかかる。この時間に着いているということは、深夜にでも出発したのだろうか。この人は。


 「本気だったのですか?」

 「うん、本気だよ」


 嘘偽りのない表情に、リディは見ていられず、視線を逸らす。


 「わ、我が家に泊まってはいかがですか?」

 「うーん。でも迷惑かなと思って。色々準備とかあるでしょ」


 アロイスはこまめにここに来てくれている。

 王都からユストファ邸まで往復で一日はかかる。

 アロイスは侯爵とあって忙しいはずなのに。侯爵家の仕事はもちろん、王太子近くにいるため、国関係の仕事も多く抱えていることだろう。

 なのに、その貴重な時間をリディのために使ってくれている。


 『無理はしていませんか?』


 ある時リディがそう尋ねると。


 『無理はしてないよ。リディに会うだけで疲れが取れるんだ。だから、無理はしてない』


 そう言われ、リディは俯くしかなかった。

 何故この人はこんなにも自分のことを好いてくれているのだろう。

 リディはそれを返せないのに。


 「・・・明日収穫する予定の野菜があります。それ、収穫しますか?」

 「でもそれは明日取るんだろう?」

 「一日くらい、いいですよ」


 リディがそう言って微笑むと、アロイスはそれそれは嬉しそうに笑った。

 リディはふいと視線を逸らす。

 アロイスの顔を見ていられない。あの人と同じだから。

 この数ヶ月アロイスと接して、ますますあの人の面影を見るようになった。

 夢もこれまで以上に見るようになった。

 やはり、このアロイスはあのユリウスの生まれ変わりなのだろうか。

 そうだったらいいのに、とリディは身勝手にもそう思ってしまう。

 今世でもあの人と巡り会えたら、どんなに幸せだろう。そう、何度も何度も夢想してきた。

 自分のしてしまったことを棚に上げてだ。

 それにーー。


 「リディ?疲れてるなら今度でもいいよ」


 黙り込んでしまったリディにアロイスはそう優しく声をかけてくれる。


 「い、いえ。大丈夫です。行きましょう」


 真っ青な瞳が心配そうにリディのことを覗き込む。

 それにリディはわざとに見えないように目を逸らし、収穫できる野菜の場所までアロイスを案内した。


 「ここです」

 「ビーツかい?」

 「よくご存知ですね」


 やはり、この人は野菜に詳しい。特にこの辺りで取れる野菜について。


 「これとかいいですよ。ビーツはそう力を入れなくても収穫できるんですけど、袖口とか汚れてしまうかも」


 ちら、とアロイスの袖口にリディは目をやる。


 「構わないよ。そのつもりで来たからね」

 「茎らへんを持って引き抜いてもらえれば」


 アロイスは袖をまくると、リディの指示通り、ビーツを引き抜いた。


 「煮込み料理が美味しかったかな」

 「え、ええ、そうです。でも生のままでも美味しいですよ」

 「へえ。サラダとか?」

 「はい。そのままでも食べられますよ。ちょっと土臭いですけどね」

 「それは知らなかったな」


 引き抜いたビーツを近くに置いてあった籠に入れつつ、アロイスは収穫できるビーツをリディに訊く。

 それを繰り返して、数本ほどビーツを収穫した。


 「あとは明日収穫するのかい?」

 「そう、ですね。良ければ今収穫したビーツを使った料理を食べていかれますか?」

 「いいのかい?ぜひ」


 子どものように幼気な表情で、嬉しそうに笑う。

 それにつられてリディまで嬉しくなってしまう。

 二人で、ここら辺で取れる野菜の話をしながら邸まで歩く。

 邸に帰ると母が出迎えてくれた。父は昨日から領地の視察に行っていて邸にはいない。


 「母さん、アロイス様にビーツを使った料理を食べてもらいたいんだけど、いい?」

 「ええ、いいわよ。けど、ビーツは煮込み料理にしようと思うから、夕食に出そうと思うの。アロイス様、お時間ありますか?」

 「ええ、大丈夫です」

 「それは良かった。夕食まで時間もありますし、アロイス様さえ良ければ、下町を散策されてはいかがですか」

 「そうさせてもらいます」


 かくして、リディはアロイスにユストファ子爵家領地を案内することになった。

 急に決まったことなので、本当にこの後の予定はないのか改めて確認する。


 「本当にこの後、予定とかないんですか?」

 「うん、ないよ。リディと会う日は何があってもいいように予定を入れないようにしてるんだ。リディと長く会っていたいから」


 その言葉に心臓が跳ねる。


 「そ、そうですか。わ、私、着替えてきますね!」


 心臓の鼓動を誤魔化すように、リディは早口で言い切ると、自分の部屋に向かうべく階段を駆け上った。

 途中で転ばなかったことを褒めたいくらいに動揺していた。部屋に着いた後の息切れがどちらのどきどきか分からないほどに。


 最近こういうことが増えたように感じる。

 アロイスのちょっとした言動にいちいちどきどきして。自分はもう恋はしないと決めたはずなのに。

 もうこの感情がなんなのかは分かっている。だけど。リディは、リリアーナはまた誰かを好きになってはいけない。その人を不幸にしてしまうから。

 唯一、リリアーナのことを大切にしてくれたあの人を、リリアーナはその死によって傷つけてしまった。あの人の幸せを奪ってしまった。

 今はあの時代のように世情は荒れていないし、自分のことを悪く言う人はいないけれど。どうしてもその先を踏み込めない。


 鏡の中の自分を見つめる。

 リリアーナと違って凡庸な顔をしている。でも別にこの顔を嫌っているわけではない。同じように、リリアーナの顔も嫌っていない。あの顔のせいで誤解されることもあったけれど、そのおかげでユリウスと出会えたから。

 笑顔を浮かべる。自分のことでありながら、リディはリリアーナの笑顔を知らない。

 そう考えると、リディはとても表情豊かだ。自分でも知らない表情はあるかもしれないが、それでも素直に自分の感情を外に出すことができる。

 はっとしてリディは鏡台から離れる。アロイスを待たせていた。彼が待つ一階へ降りる。


 「すみません、お待たせしました。馬車で行きますか?」

 「ううん、せっかくなら歩いて行こう」


 そう言って、アロイスは左手を差し出す。その手にリディは右手を重ねる。

 リディの手を簡単に包み込んでしまう大きな手。

 どきどきとリディにも分かるほど心臓が鼓動を打つ。


 「ここら辺は王都と違って自然の方が多いんです。隣と隣も結構離れていて、馬車で移動しないといけないくらい離れています」


 ユストファ子爵家の領地は近代的な発展はしておらず、自然と共に生活を営んでいる。そんな自然から採れるものを売って生計を立てている。


 「王都ではなかなか見ないよね、緑は」

 「一応市街地はあるんですよ。ですが、王都ほどは発展していなくて。劇場とかの娯楽施設はないんです」

 「王都に行って劇を観たいと思う?」

 「劇、ですか・・・」


 特にそう思ったことはない。それは前世のことが関係しているのかもしれない。

 リリアーナは舞台観劇が好きではなかった。嫌いといってもいいかもしれない。

 はなから嫌いだったわけではない。

 最初は、舞台観劇に憧れていたほどだ。

 現実とは違い、理想的な世界。きらきらとした俳優たち。

 そんな彼らが生み出す世界に興味があった。

 けれど。


 リリアーナが初めて舞台を観劇したのは、十七の時。相手は王の命令により、自分よりはるかに年上の老伯爵とだった。

 舞台の幕が上がるまではとても興奮していた。もちろん、表情には出ていなかったが。

 隣に座っていた老伯爵はなにやら蘊蓄を語っていたが、それも優しい気持ちでうんうんと相槌を打つことができていた。

 舞台が上がれば、彼のお喋りも終わると思っていたからだ。

 ところが、幕が上がったにもかかわらず、彼のおしゃべりは終わらなかった。それどころか、舞台の内容に関することまで話し出したのだ。

 伯爵は王が懇意にしていた相手であったので、彼の機嫌を損ねてしまえば、即リリアーナが叱責されることにつながる。

 適度に相槌を打つために彼の話を聞かなければならず。ろくに内容を楽しめなかった。

 でも、それはこの人だけだと思っていた。

 そんなリリアーナの願いはあっさり打ち砕かれる。

 リリアーナが舞台観劇に行くのは王に命令された時のみ。しかも、必ず相手がいた。その相手は誰もが王と懇意にしているか、懇意にしたい相手かだった。

 そのため、リリアーナになにかしらアピールすることで、王の寵愛へとつながると思っていた彼らは舞台が上がっていようと、アピールすることをやめなかった。


 他の王族は公務関係なく、観劇に行けているのに。リリアーナは、勅命がなければ、観に行けなかった。

 そんな貴重な時間を彼らは容赦なく潰すのだ。

 それに、彼らの話す内容は大概がリリアーナも知っていることで。特に面白いとも感じなかった。

 けれど、だからといって「そのことは知っていますわ」と正直に言っても賢しい女と思われるだけ。常に相手に合わせて、うんうんと頷くことしかしなかった。

 だから、いつしか舞台観劇が苦痛になった。

 王都は全体的に苦手だが、劇場はその中でも群を抜いて苦手な場所かもしれない。


 あの人と行っていたら少しは違っていたのかな、なんて思ったこともあった。

 ユリウスに降嫁したといっても、リリアーナは元王女。そう易々と下町に出ることはできなかった。だから、ユリウスと観劇に出かけたこともない。

 けれど、そこまで行きたいとも思わなかった。あの人と少しでも過ごせるだけでリリアーナは幸せだったから。


 「そこまで、観たいとは思いません」


 劇は前世で飽きるほど観た。その内容はほとんど覚えていないが。でももう一度観たいとも思わない。所詮、リディの中で劇とはそれ程度の存在だ。


 「そっか。僕は教養程度に観たことがあるくらいなんだけどね。あまり好きになれなくてね。女性は観劇するのが好きだと聞いたことがあったから、リディはどうなのかなって思って」


 もしかして、リディを劇に誘おうとしてくれていたのだろうか。なら、悪いことをしてしまった。

 劇を一緒に観る相手が悪かっただけで、劇自体は嫌い、というほどではない。

 アロイスとなら、とつい考えてしまう。でももう手遅れだろうと、リディは口をつぐんだ。

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