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前世からあなたを  作者: 七瀬翔
本編
11/20

願望

 「リディ、リヴァイン侯爵から、手紙が届いていたよ」


 朝早くから畑仕事を終え、邸に帰ってきたリディに父はそう声をかけた。


 「アロイス様から?」


 父から手紙を受け取り、その場で開ける。

 その手紙には婚約を結んだことへの感謝と、後日またユストファ子爵家を訪れたい旨が書かれていた。


 「なんて、書いてあったんだい?」

 「また、うちに来たいんだって。いい?父さん」

 「もちろん、大歓迎さ」

 「父さん、すぐにアロイス様のこと気に入ってたわよね」

 「そうだね。リディのこと、尊重してくれそうじゃないか。ああいう人物は社交界にはなかなかいないよ。あ、だからといって、リディに結婚することを強制するわけではないからね。それはリディの自由だ」


 焦ったように弁解する父に苦笑する。


 「分かってる。じゃあ、お返事書くわね」


 父に告げてリディは私室に戻った。

 ばたん、と扉が閉まる音を聞いて、リディは再びアロイスからの手紙を開く。

 美しく繊細な手蹟。

 やはりもう一度見ても、ユリウスに似ている。あの人もこんな字だった。

 ユリウスに初めてもらった手紙は結婚して二日目。リビングで眠ってしまったリリアーナを運んだ際に、勝手に部屋に入ってしまったことを謝る文面だった。

 それから、数年の結婚生活で何通か手紙を交わした。


 一番覚えているのは、結婚して初めて迎えたリリアーナの誕生日にもらった手紙。

 誕生日おめでとう、という言葉と共に、これからもよろしくと書かれていた。

 その文面を読んだ時、リリアーナは一瞬誰のことを言っているのか分からず、ぽかんとしてしまった。

 リリアーナは母が死んでから、誰にも誕生日を祝われなかった。

 だから、いつしか自分の誕生日さえ忘れていて、歳も朧げだった。

 こうして、誰かに祝ってもらうのは初めての経験だった。

 ユリウスにもらった手紙はそのどれもを大切に保管していて、ことあるごとに読み返していた。

 そういえば、あの手紙はどうなったのだろう。

 王城に戻る際、持って行こうかとも思ったが、リリアーナが持っていることで革命が終わった後、ユリウスの不利になってはいけないと、泣く泣く置いていった。

 どの歴史書を読んでもユリウスが書いた手紙については全く触れられていなかった。

 もしかしたら、ユリウス自身が、リリアーナの死後見つけて廃棄したのかもしれない。それか、時代の流れの中で消失してしまったか。

 ユリウスに関する物はあまり残っていないので、残っていて欲しかったと思う。

 手紙に目を落とし、はっとする。回想している場合ではない。アロイスに返事を書かなければ。



 手紙を送って数日後、アロイスは再びユストファ子爵家を訪れていた。

 侯爵邸よりもはるかに小さい邸。けれど、温かみに包まれていた。

 今世ではリディは家族に恵まれたらしい。そのことをとても嬉しく思う。前世では恵まれていなかったから。


 「こちら、どうぞ」


 使用人の数も少ないらしく、先程から年嵩の侍女が一人で給仕をしている。


 「アニー、ありがとう」

 「ありがとう」


 リディに倣ってアロイスもアニーと呼ばれた彼女にお礼を告げる。

 すると、彼女は驚いたように目を見開いた。

 貴族の中には使用人を物としか考えていない者もいる。特に高位貴族はその傾向が顕著で、何もかもされるのが当たり前だと思っている。だから、いちいち使用人に感謝したりしない。

 だから、侯爵であるアロイスが使用人に感謝を伝えたことに驚いたのだろう。


 「い、いえ。私はこれで失礼致します」


 腰を折って一度頭を下げてから、アニーは部屋を出ていった。その際、部屋の扉を開けておくのも忘れずに。

 未婚の淑女にとって、家族以外の男性と二人きりで過ごすのは良くないこととされる。

 一応、アロイスはリディの婚約者なのだが、もしかしたら、内情を子爵から聞いているのかもしれない。内心、苦笑する。

 視線を前に移すと、リディがこちらをじっと見ていた。


 「どうしたの?」

 「あ、いえ。まさか、こんなに早くいらっしゃるとは思わず」

 「ああ、ごめんね、びっくりさせたよね。早くリディに会いたくてね。それに、リディに僕のことをもっと知ってほしいと思ったから」


 そう言うと、リディは少し頬を染めた。

 リディはリリアーナより表情が豊かなようだ。

 アニーが出ていく前に用意してくれたカップを手に取り、口をつける。

 温かさと共に甘酸っぱい味が口の中に広がった。


 「アップルティー、かな」

 「はい、そうです。りんごはユストファ子爵領でも北の方で採れるんです。そのまま食べるのも美味しいんですが、茶葉に加工したりジャムにしたり。加工した方が長持ちするので、販売する時は加工してから販売してます」

 「そうなんだ」


 ユリウスがこの地を治めていた時はまだそれほど加工技術が進化していなかった。だから、売る時はそのほとんどをりんごそのままで売っていた。そのため、近場でしか売ることができず、りんごはそれほど収入源にならなかった。


 「じゃあ、今度はジャムをいただこうかな」

 「今はまだ季節を迎えていないので、ジャムはないんです。あと数ヶ月したら」

 「ああ、そっか。ということは、この茶葉は去年のものかな」

 「はい。販売用の基準を下回ってしまったものは、我が家で消費したり、領内の民家に配ったりしてます」

 「今度そのりんごでジャムを作る時にお邪魔しようかな」

 「出来立てを食べたいんですか?」


 心持ち嬉しそうにリディは尋ねる。


 「それもあるけれど。作り方を覚えて自分でも作れるようになりたいな、と思って」

 「え?ジャムの作り方、ですか?」

 「うん、そうだよ」


 リディはぽかん、としている。


 「アロイス様が?」

 「うん、そう。僕、こう見えても自炊しているんだよ」

 「・・・え?料理人と混じってですか?」

 「ううん。料理人はいないんだ」

 「・・・なんで、ですか?」


 侯爵家の人間が料理人もなしに生活していることが、リディには信じられないらしい。

 それとも、この顔だ。ユリウスと重ね合わせて、何か想像しているのかもしれない。

 前世のこともあり、アロイスは自分の邸に使用人を置いていなかった。

 両親が存命だった頃は使用人もいたが、彼らにアロイスは全く心を開かなかった。

 だから、両親が死んで使用人を解雇すると言った時、それほど驚かれなかった。次の雇い先への紹介状を渡したこともあり、不満ももれなかった。そこら辺はユリウスの時から抜かりない。

 ただ、広いリヴァイン侯爵邸を一人で管理することは難しいので週に数回は掃除をしに来てもらっている。だが、他人の手が入るのはその時だけ。それ以外は基本一人だ。

 もちろん、料理だってする。

 リリアーナが死んでから身につけた。



 リリアーナが死んで。ユリウスはすべての使用人を解雇した。

 リリアーナは死んで当然、という雰囲気が耐えられなかった。

 それに、しばらくは一人でいたかった。リリアーナとの思い出に浸っていたかった。

 使用人をすべて解雇したため、広い邸は静寂に包まれた。

 リリアーナが生きていた時も決して賑やかだったわけではない。けれど、彼女がいるだけで、邸は温かみを持った。


 リリアーナの痕跡を求めて邸を彷徨い歩いた。

 リリアーナの私室、共に歩いた庭、一緒に食事したリビング。

 巡るたびに彼女との記憶を思い出した。

 何故、もっと彼女のそばにいられなかったのだろう。

 時間は無限にあると信じて疑わなかった。そんなもの、どこにもなかったのに。


 リリアーナのことを感じたくて一番訪れたのは彼女の部屋。

 何もかも使用人に掃除されていて、部屋自体にはリリアーナを感じなかった。

 けれど、確かに彼女がここに住んでいて。

 ユリウスが贈った宝石やドレス。花はその一部が押し花にされて大切に保管されていた。本棚には少しだけだが、彼女が買った小説が羅列されていた。


 机の抽斗を開ければ、ユリウスがリリアーナに渡したお金が入っていた。

 彼女はユリウスからもらったお金をほとんど使わなかったのか。物を贈るのがだめなら、と渡したのに。

 違う引き出しを開ければ、缶が入っていた。その缶を開けて、ユリウスははっと息を呑む。

 ユリウスがリリアーナに送った手紙が丁寧に丁寧に仕舞い込まれていたのだ。

 その数十枚の手紙の一番下にしまわれていたのは、ユリウスが最初にリリアーナに渡した置き手紙。リリアーナの部屋に勝手に入ってしまったことを詫びる内容だった。

 そして、毎年彼女にプレゼントと共に贈った誕生日を祝う手紙。結婚してから渡したもの、すべてがしまわれていた。

 中にはユリウスの記憶にないものまであった。

 そのすべてを読んでからユリウスは元の通り、その手紙を直した。

 ユリウスもリリアーナと同様に彼女からもらった手紙をすべて大切に保管している。

 彼女が亡くなってから。悲しくて辛くて手紙には目を通せなかった。

 もう、彼女とは手紙を交わせない現実が。彼女には会えない事実が。


 だから、ユリウスはリリアーナが帰ってきた日。彼女を自身の手で埋葬すると同時にその手紙を彼女のそばに埋めた。

 そばに彼女からの手紙があるだけで、辛かった。そばにあるのに、読み返せない。そんな辛い想いをしたくなくて、ユリウスは彼女と共に埋めた。

 手紙は埋めたものの、リリアーナからもらった手紙の内容はすべて覚えている。

 リリアーナは些細なことで手紙をくれた。

 ユリウスの誕生日を祝うもの、プレゼントをくれたことへの感謝を伝えるもの、そして自分と結婚してくれたことへのお礼をいうもの。

 父親に厳しく躾けられたからか、彼女の手はお手本のように綺麗で、完璧だった。

 そんなことを思い出すだけで、ユリウスの瞳から涙が出てくる。

 いくら泣いてもこの涙が枯れることはない。


 一通り、ユリウス以外誰もいない邸で泣いてから。ユリウスは立ち上がった。

 いくら傷心していようと、腹は空く。何か食べなければ、死んでしまう。もう何日も食べていない。

 使用人は料理人も含めて解雇してしまったので自分で作るしかない。

 本当はこのまま彼女を想って死にたかった。死後の世界があるのなら、彼女と一刻も早く再会したかった。

 けれどーーーー。


 『だめですよ、ユリウス様。しっかり食べないと死んでしまいます』


 仕事が忙しく、食事をおろそかにしていたユリウスにある時、彼女はそう諭した。

 かつて王女時代、死と隣り合わせの食事制限をさせられた彼女だからこその言葉だった。

 きっとこのままユリウスが死ねば、彼女は怒るだろう。いや、怒らないか。責任を感じて泣いてしまうかもしれない。自分を責めてしまうかもしれない。そんなことは、してほしくない。リリアーナは何も悪くないから。


 ただその一心でユリウスは調理室に向かう。

 ユリウスは生まれながらの貴族で料理を一切したことがない。それどころか、調理室にすら入ったことがなかった。

 なので、その場にある食材で適当に食べられそうなものを見つける。見つけた食材を適当に切り、適当に合わせて。

 そうしてできたのが、ユリウスがリリアーナに目を離せなくなる原因とさせた、あのサンドイッチだった。


 リリアーナ、君は僕に生きろというのかい?

 つい、そんなことを思ってしまう。


 『私はあなたに出会えて幸せでした。だから、ユリウス様、私のことなど忘れて、どうか幸せになってください』


 そんな幻聴が聞こえた気がした。そんなわけないのに。


 君は僕のせいで不幸になったというのに。何故、そんなことを言えるの?

 君がいない世界じゃあ、僕は幸せになんてなれないよ。



 「アロイス様?気分でも悪いんですか?」


 突如黙りこくってしまったアロイスに心配そうにリディは尋ねる。


 「大丈夫、なんでもないよ」


 笑顔を返せば、ほっとしたようにリディは安堵の息を吐く。


 「邸では一人でいたいと思っていてね。両親が亡くなってからすべての使用人を解雇したんだ」


 そう言うと、リディは一瞬だけ辛そうな表情を見せた。

 君がそんな顔、することないのに。


 「料理、はどこで覚えたんですか」

 「それは、内緒」


 だって、前世のことだから。

 リディが前世の記憶を思い出しているか、定かではないが、どっちにしろ言いたくはない。

 前世の記憶がないのなら、そのままでいい。わざわざ辛い記憶を呼び起こさせる必要はない。そのままのリディでもアロイスは愛しいと思っているから。

 記憶があるなら、なおさら言いたくない。アロイスがユリウスだと知られれば、きっとすぐにでも婚約は破棄される。誰でも自分を死に追いやった人物ともう一度結婚したいなんて思わない。

 アロイスが自分のことをリディに何一つ告げず、婚約したのは卑怯なことだ。だけど、アロイスはユリウスは卑怯な真似をしてまでも、リリアーナに恋焦がれていた。

 ユリウスは死後の世界を信じていなかったが、もしもあるのなら、リリアーナと会えるよつに得業を積もうと決意し、国の改革を推進したのだから。

 それに、彼女が死んだのはすべて自分のため。ユリウスが革命後、リリアーナを妻としていたことを批判されないために、リリアーナは死を選んだのだ。その彼女の選択を無駄にしないためにもユリウスは国のために一生を捧げた。

 だから、一つくらい我儘を許してほしい。前世ではただ一つ願ったささやかな日常すら叶わなかったのだから。


 「リディも調理室に入るの?」

 「え、はい、たまにですけど」

 「じゃあ、今度一緒に料理できるね」


 それに、リディは困ったような笑みを浮かべる。

 少々強引だったか。


 「なんて、冗談だよ。リディの嫌がることはしないよ」


 途端、リディは安堵する。

 リリアーナとは違って、リディはころころと表情を変える。

 それが可愛らしいと思う。リリアーナもリディのように家族に恵まれていたら、こうやってころころと可愛らしい表情を見せてくれていたのだろうか。


 「さて、そろそろ行くかな」

 「もう、行かれるのですか?」

 「うん。明日、王城に行かないといけないんだ。面倒だけどね」

 「それは、お疲れ様です」


 リディの言葉にアロイスは苦笑を漏らす。


 「また時間ができたら来たいんだけど、いいかな?」


 そう尋ねれば、リディは困ったような表情をする。

 けれど、少々時間をかけて悩んだ末にリディははい、と言ってくれた。


 「ありがとう」


 アロイスが微笑すれば、リディは少し頬を染める。だから、嫌われてはいないのだと思う。それに、もし娘が嫌がっていれば、彼女の父親が黙っているはずがない。

 自分勝手な考えだと分かってはいるが、ただ嫌われていない、ということが分かっているだけでもアロイスにとっては重畳。

 だって嫌っている相手との婚約は彼女にとって苦痛なだけ。彼女のことを想うのなら、婚約破棄した方がいい。だけど、たとえそうでもきっとアロイスは気づかないふりをして婚約を続けてしまうだろう。それくらい、アロイスは彼女を諦めきれない。

 だから、今のところリディに嫌な思いをさせていないだけでも十分。

 そこからアロイスのことを好きになってくれれば、一番いいのだが。前世のことがある。そんな高望みはしない。

 婚約期間が終わり、リディがアロイスとの婚約を破棄すると言えば、アロイスはそれに従うつもりである。リディとの約束を違えるつもりは全くない。


 だから、どうか今だけでも。今だけでも自分ユリウスに夢を見させてほしい。君との想い出という名の夢を。

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