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11. 頼れる先輩達



 リアナが初めて責任者になった仕事とはいえ、過去にも似たような仕事を経験している。

 だが、今日の職人達はいつもより気合いが入っており、作業の進み具合も早く感じる。

 少し疑問に思いながら、リアナは隣に立つリックへ視線を移した。



「皆さん、今日は一段と気合いが入っていますね。なんだか、迫力があります」

「そんなの当たり前じゃないか。小さな頃から可愛いがってきたリアナちゃんが、初めて責任者として担当する仕事だからね。自然と気合いも入るよ」

「そうなんですか。そう思っていただけて嬉しい限りです。先輩方はやっぱり頼りになりますね!」



 職人達の心意気に、自分も負けぬように頑張ろう。

 そう考えながら、リアナはもう一度頼れる先輩達の作業を見守る。



「では、私とリアナは屋内の状況を確認してくる。リック、ここを頼む」

「わかりました、商会長」

「お願いします、リックさん」

「あぁ、任せておいて」



 ダリアスの言葉に、リアナは少し気持ちを引き締める。

 屋外の作業の管理はリックに任せ、屋敷内の作業を確認しに行くことにする。



「屋敷に入る前に、少しだけお時間いただいてもよろしいですか?ハルに説明してきます」

「あぁ、わかった。入口で待っている」



 離れたがらなかった子供のことだ。

 目が覚めて自分の姿がどこにもないことに気づいて、泣いてしまっては可哀想だ。


 リアナは現場から離れ、木陰で眠る子供とハルの元へ向かった。

 クッションの上で子供は気持ちよさそうに、ぐっすりと眠っている。

 この様子だと、まだまだ起きそうにない。


 近づくリアナに気付いたのか、ハルはゆっくりと首をあげた。



「ハル。ちょっと屋敷の中に入るから、かわいい子のことを任せてもいい?」

「りょ〜かい。この子が起きたら、連れてくよ」

「ありがとう。頼りにしてるわ」



 ハルの頭を撫でて、少し駆け足で屋敷へ向かう。

 ダリアスと合流し、執事に要件を伝えると屋敷に入った。



「さすが、ルイゼだな。清掃は順調そうだ」

「そうですね。今の所、問題はなさそうです」



 エントランスの扉から始まり、床や壁、階段といった補修箇所を重点的に清掃されている。

 そのまま奥へ進んでいると、部屋から出てきたルイゼと鉢合わせた。



「ルイゼさん、屋内の作業状況はどうですか?」

「各自散らばって、丁寧にやっているよ。頑張れば、今日中に完了しそうだ」

「それはよかったです。作業していて、なにか問題はないですか?」

「特には。なにかあれば、相談させておくれ」

「わかりました。お願いします」



 ルイゼの返答に、リアナは笑みを浮かべた。


 当初の予定では、清掃は2日に分けて行う予定だった。

 しかし、明日は別の現場が急遽入ったため、今日しか出来る日がない。

 ルイゼ達の作業が終わらなければ、他の部門の仕事に支障が出てしまうため、出来れば今日中に終わらせたいと考えていた。

 それも、どうにかなりそうだ。


 そのまま屋敷内で作業をする職人を見てまわり、気になった箇所は父に相談しながらその場で修正していく。

 全ての確認を終えた二人は、立ち止まった。



「屋内の確認は以上。では、私は屋外の確認と手伝いをしてくる。リアナはこのまま屋内の管理を」

「ご指導ありがとうございました。屋内は任せてください」



 屋敷から出ていく父の背中を見送りながら、来た道を戻りながら一人で確認していく。

 全てを確認し終えると、ルイゼを探す。



「屋内の確認は終わりましたので、次は屋外へ行きます。なにか困ったことがあれば、また教えてください」

「あぁ、わかった。また相談するよ」



 屋敷内で作業していたルイゼに声をかけ、リアナは一度、屋敷の外に向かう。

 入口の扉を開けると、そこにはリックが立っていた。



「そろそろかと思ってたんだ。なにか引き継ぎは?」

「今は特にありません。お願いします、リックさん」

「はい、任されました」



 リアナと入れ替わるようにリックが屋内へ入り、ダリアスと合流して外壁補修の進捗状況を確認する。

 その確認を終えると、現在の進捗具合と明日からの予定を再確認する。


 話が落ち着くと、リアナは嬉しそうに作業風景を見渡す。



「この分だと、明日からも順調に進みそうな気がします。今のところ、想定した進行具合より少し早いぐらいですから」

「現在の進行具合は素晴らしいが、それも長く続かないだろう。張り切った分、疲労がでるからな。全力よりも程々がちょうどいい」

「そうですね。また、全体に声をかけておきます」



 明日の朝礼で伝えるべく、メモ用紙に書き留めておく。

 顔を上げると、父は困ったような表情(かお)をしながら、頭を掻いていた。



「順調な時こそ、油断するな。それは、リアナもわかっているだろう?」

「えぇ、心得てます」



 上手くいっているときほど、なにか問題が起こる。


 リアナはそのことを頭の隅に置きながら、仕事の話を再開させた。



・・・・・・・・・・・・



 昼休みになり、父から昼食を受け取ったリアナは、ハルと子供のいる休憩スペースへと向かった。

 一緒に昼食を食べようと思っていたのだが、子供はまだ起きてないようだ。



「まだ起きてないのね。ハル、どうする?起こしてあげる?」

「ん〜。まだ、寝かせておいてあげなよ。とりあえず、ご飯は一緒に食べよ」

「そうね、食べましょう」



 迷子になって、怪我もして疲れていたのだ。

 また起きたら食べるだろう。


 リアナは子供の分の食事を休憩スペースに置き、ハルと一緒に昼食をとる。


 しかし、起きないにしろ、微動だにせず、あまりにも静かに寝ているため、見ているだけで不安になってくる。



「ねぇ、かわいい子は寝てるだけよね…?」

「一切動いてないけど、呼吸も脈もあるよ。安心して」

「そう。ならいいんだけど…」

「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。もうちょっとしたら起きるからさ」



 ハルが起きると言うのなら、子供の眠りが浅くなってきたのかもしれない。

 眠る子供が風邪をひかないように上着をかけて、リアナは仕事に戻った。



 全体の確認を終えてからは、リアナも屋内の清掃を手伝っていた。

 しばらく無心で作業をしていたリアナの元へ、足音が近づいてくる。



「リアナ、外でダリアスが呼んでるよ。屋根部門の代表者が到着したみたいだ」

「わかりました。ここが終わり次第、向かいます。ルイゼさん、教えてくださってありがとうございます」

「そこは私が引き継ぐよ。それよりも、早く行ってあげな。彼女に会うのは久しぶりだろう」

「はい!ありがとうございます!」



 ルイゼの言葉に甘え、リアナは道具を片付け、少し早足で廊下を歩く。


 屋根部門の代表者は、フォルスター商会の名で、ここ一年は他国で仕事をしていたが、今回のために戻ってきてくれた。

 ここ数年は商会へ顔を出しても、すぐにまた地方へ仕事に出ていたので、リアナは何年も会えていない。


 屋敷を出ると、気付けば走り出していた。

 中庭の作業場に、肩で揃えられた杏色の髪の女性を見つけ、リアナはその背中に思わず抱きついた。



「アリ姉、おかえり!」

「あら、この声はリアナね。ふふ、大きくなったのね。前より抱きしめる位置が高いもの」

「そうね。身長も伸びたし、もう立派な大人になったのよ」

「それじゃあ、その可愛いお顔が見せて。私もずっと会いたかったの」



 抱きしめていた腕を解くと、リアナは彼女の正面に移動する。

 そんなリアナの頭を優しく撫でてくれる美しい女性の名前は、アリッサ・ティール。

 正面の若草色の瞳は、今日も優しくて美しい。


 アリッサは、母が亡くなって少しして商会で勤めるようになったと聞いた。

 そこから、瞬く間に屋根部門の代表者になり、仕事を楽しみながら、忙しそうに各地を飛び回っている。


 歳は離れているが、リアナにとって姉のような存在だ。



「本物のアリ姉だ。ずっと会いたかった!」



 もう一度正面から抱きついたところで、誰かが吹き出す声が聞こえた。

 視線を移すと、顔を逸らしたリックの肩が震えている。

 その横、父は満面の笑みでこちらを見守っている。



「リアナ、残念だけどそろそろみたい」

「いいの!ごめんなさい!」

「また今度、話しましょう。私も色々話したいわ」



 感情のままに抱きつくんじゃなかった。


 リックと同じように吹き出す声や大声で笑いあっているのが聞こえ、リアナは真っ赤になった顔を下に向ける。



「…ふー。ずっと寂しがってましたもんね、リアナちゃんは」

「そうだな。アリッサからの手紙をどれだけ心待ちにしていたことか」



 今、それは言わなくていい。


 まだおさまらない周囲の楽しげな声に、リアナはどうにか気持ちを落ち着かせると、仕事モードに切り替える。



「……私はウォルターさんにお願いして、アリッサさんと一緒に屋根に上がります」

「では、私が屋敷内の管理をしよう。リックは引き続き、外の作業場を頼む」

「わかりました。……っふ」



 ダリアスの言葉にいつも通り返答していたリックは、リアナを見て小さく声を出して笑って顔を逸らした。


 リックさんは後で話し合う必要がありそうだ。


 少しだけリックを睨むと、ウォルターが作った足場を使って屋根に上がる。

 全体の状況を確認していたアリッサは立ち上がると、こちらを向く。



「全体的に痛みは少なく、比較的、綺麗ね。気になる箇所はそれなりにあるけれど」

「それ以外にも気になる箇所があったら、補修してほしいです。こちらをどうぞ」



 屋根についてまとめた書類をアリッサに渡し、依頼内容を確認してもらう。

 全てを読み終えたアリッサは顔を上げた。



「大体は理解したわ。屋根の瓦は全て新しくするのね」

「破損している場所だけ新しくしても、色が違うのが目立ちますし。昔に比べて色褪せているので、これを機に変えたいそうです」



 瓦の強度は強いが、どうしても色褪せてしまう。

 一部だけ入れ替えてもいいのだが、見た目と今後の管理を考えた結果、今回は全ての瓦を入れ替えることになった。



「なるほど…。下地の強度は少し悪くなっているけれど、昔の瓦に比べて最近のは軽くなっているから問題なさそう。また、後日作業させてもらうわ」

「お願いします。それでーーーー」



 屋根の下地の状況を確認し終えると、アリッサと今後の打ち合わせを行う。

 話がまとまったので、アリッサを屋敷の入口まで見送った。



「じゃあ、私はこれで。別の現場に行くわ」

「気をつけて。いってらっしゃい」

「リアナも気をつけるのよ、じゃあ、またね」



 少し寂しいが、今回はすぐに会える。


 次に会える日を楽しみしながらアリッサの後ろ姿を見送っていると、背後から小さな衝突が来て、少し体がぐらついた。



「リアナ!」

「あ、起きたの?大丈夫?」

「まずかったけど、平気!」



 傷も治り、しっかりと寝たことで顔色も良くなっている。

 しっかりと抱きついてくる子供の頭を撫でていると、ふわふわした黒が視界に入った。



「待ってよ〜。一緒に行くって言ったでしょ」

「あ、ハル!」

「ほら、走ら、うっ」



 追いかけて走ってきたハルに気付き、今度はハルに抱きつきに行っている。

 いや、あれでは突進では。



「ハル、大丈夫?」

「……平気。打ちどころが悪かっただけ」

「ごめんね」



 鼻を押さえているハルに子供は不安げな表情(かお)をしながら、今は優しく抱きしめている。

 子供が起きてきたのはいいが、仕事はまだ終わらない。

 どう過ごしていてもらおうか考えていると、ふと、昔の自分を思い出した。



「ここのお仕事、見てみる?こういった大きな仕事はなかなか近くで見られないから、見ているだけでも、きっと楽しいはずよ」

「じゃあ、見る!楽しみ!」

「期待していて。とても素敵な仕事よ」



 どうやら楽しみにしてくれているようだ。

 嬉しそうに笑う子供と手をつなぎ、一緒に仕事を見てまわる。



「すごい…かっこいい!」



 子供は初めて見た職人達の作業を見るのが楽しいようで、キラキラした目でずっと見つめていた。

 なかなかそのような目でずっと作業を見られることがない職人達は、いつもより気合いが入り、作業に熱が入っていく。

 その結果、ただでさえ早かった作業がさらに早くなり、過去一番の速さで本日の作業を終えた。



「お疲れ様でした。また、明日からもよろしくお願いします」



 少し早いが本日の作業内容は無事に完了したので、リアナは仕事の終わりを告げた。



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