12. 実家とお風呂
作業を終えた職人達を見送ると、リアナは屋敷の前に立っていた執事に声をかける。
少し待つように言われ、その場で待機していると、レオンとクレアが揃って玄関に現れた。
「お待たせ。ご苦労だったね」
「お言葉、ありがとうございます。本日の作業は無事に終了いたしました」
「そうかい。本当はリアナの仕事ぶりを見ていたかったのだけど、明日からは王都へ行かなければならなくてね。その間は、クレアに相談してくれ」
「なにかあったら、すぐに伝えてくださいね。待っています」
「お気遣いありがとうございます。明日もよろしくお願いいたします」
下げていた頭の上げ、そのまま帰路に着こうとすると、クレアに手を掴まれた。
「待って、リアナ」
「ん?どうしたの?」
「これを持って帰って」
クレアの視線を追うと、近くにいたメイドかが大きな鞄を持っている。
それを受け取りながら、リアナはクレアの方へもう一度向いた。
「これは?」
「それはあげるから、気にしないで。子供服なんて初めてで。これからも楽しみだわ」
「ありがとう、クレア。…ほどほどにね」
自分だけではなく、子供も着せ替え人形として狙われている気がする。
クレアが楽しそうに子供を見つめているのに気付いて、リアナはそっと背後に隠した。
「今日は馬車を呼んでおいたから、それで帰るといい。ダリアス、リアナ嬢、明日からも頼みます」
「お任せください。子供の服だけではなく、馬車の手配までお気遣いありがとうございます」
「重ね重ね、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
ダリアスとリアナは頭を下げて、今度こそ敷地から出た。
子供もハイポーションで治療済みとはいえ、二人は気を利かせてくれたみたいだ。
用意された馬車に乗り込むと、父の住む街へ移動する。
「お父さん。朝はどうやって来たの?」
「乗合馬車で来た。歩いて来るには、少し距離があるからな」
「たしかに。私にはハルがいるけど、お父さんはそういうわけにいかないものね」
ダリアスが住む家とクレアの別荘地とは、少し距離がある。
リアナはハルに乗って移動するため距離があっても平気だが、ダリアスの召喚獣は人を乗せられるような大きさではない。
揺れる車内で、リアナは少し一休みする。
「馬さんすごい!」
「力持ちですごいわね」
子供は馬車が珍しいのか、動くだけで興奮して喜んでいた。
その様子を見守りながら、リアナはこれからについて考える。
どこか店や屋台で買って、家で食べるのもいいが、子供の顔色がまだ少し悪いのが気になる。
それに、馬車の中で服は着替えたとはいえ、髪や体は汚れたままだ。
できるだけ早く休ませてあげたい。
「お父さん、家になにか食材はある?」
「一人だとあまり料理はしないし、リックと食べに行くことの方が多いからな。ないと思ってくれていい」
「じゃあ、なにか買って帰る必要があるのね」
相変わらず、家には食材はないようだ。
今後のことを考えて、色々買う必要がありそうだが、とりあえずは今日の晩御飯と明日の食事分だけにしよう。
その前に、確認しなければならないことがある。
「ねぇ、かわいい子。家に帰る前に、ちょっと買い物をしたいんけど、大丈夫?」
「大丈夫!」
元気よく答えてくれているが、少し心配だ。
こちらを気遣って、無理はして欲しくない。
そう考えるリアナの膝の上で、ハルが伸びをする。
「そんなに心配なら、僕が乗せたげるよ。それなら安心できるでしょ」
「ありがとう、助かる。あのね、ハルが乗せてくれ」
「乗るー!」
「しょうがないな〜」
ハルに乗るのがとても楽しかったのか、話している最中で返事をされた。
ハルも嬉しいのか、どこか誇らしげな表情をしている。
家の近くの街につき、馬車から降りる。
せっかくなのだから、食べたいものがあるなら作ってあげたい。
「晩御飯は何か食べたいのはある?」
「あったかいの!」
「僕はクッキー」
「俺はポトフを久しぶりに食べたいな」
ハルのクッキーは欲望でしかない。
だが、今日の朝はよく頑張ってくれたので、また作ろうと思う。
ひとまずは、父と子供のリクエストを採用することにした。
「クッキーはご飯じゃありません、とりあえず、今日の晩御飯はポトフで決まりね」
「ポトフ?」
「ソーセージと野菜が入ったスープよ」
「楽しみ!」
子供が嬉しそうにしている姿に微笑みながら、店が並ぶ場所へ向かう。
青果店で野菜とハーブを少し買うと、精肉店で肉とソーセージを買いに向かう。
「まいどあり。リアナちゃん、大きくなったねぇ。お母さんによく似てきているわ」
「ありがとう、おばさん。それなら嬉しいわ」
父の家といっても、自分が生まれ育った家でもある。
そのため、この街にはリアナの小さい頃を知っている人が多い。
もうあまり覚えていない母に似ていると言われると、嬉しくて、なんだかこそばゆい感じがする。
買い物を終え、賑やかな商店の並ぶ道から少し歩くと、懐かしい家が見えてきた。
「ほら、あの家が私達の家よ」
「へ〜。ぼく、好きだな〜」
木造の二階建て。
決して広いわけではないが、とても大切な思い出がこもった家である。
前に帰ったのは、どれくらい前だったか。
仕事で顔を合わせるため気にしていなかったが、思い出せないくらい前だった気がする。
少し苦笑しながら家に入ると、二階の自室に荷物を置き、一階へ戻る。
「じゃあ、お風呂の用意をしてくるわね」
「あぁ、任せた」
リアナは風呂場へ向かい、子供の汚れを落とすためのお湯を張る。
幸いなことに、この国では水に関する管理はしっかりしている。
そのため、蛇口からは水が出るし、給湯器には魔力を流すと使用できるため、お湯にも困らない。
急いで洗っているのだが、その大きさのせいで少し時間がかかる。
「ふぅ。これぐらいでいいでしょう。相変わらず、このお風呂は広いわね」
一般的な庶民の家とは違い、この家の風呂場は大きめに作ってある。
ゆったり過ごせ、大人が二人が同時に入っても狭くない。
広く作られている理由は、父が昔、国外へ旅行したときに出会った温泉というものに感動したらしく、それを再現したかったらしい。
木製の少し大きな湯船にお湯を張り終えると、リアナは部屋に戻った。
「じゃあ、かわいい子はお風呂に入ろうか」
「おふろ?ポトフは?」
「ポトフの前にまずはお風呂よ。今は体が汚れているから、綺麗にしてからね」
「え…?ポトフ…」
悲しげに俯いた姿に罪悪感を感じるが、先にお風呂に入ってもらいたい。
そう思っているのだが、可哀想なことをしている気分になり、少し心が痛い。
「おふろ…。あ、ハルは?一緒に入ろ!」
「え!やだよ!」
自分に矛先が向くと思っていなかったのか、先程まで子供のそばにいたハルは、急いでソファーの裏に隠れた。
そのハルの行動に、子供はしゅんとしてしまう。
「……ハル…」
「なら、俺と入るか」
「ダリアスと?」
「……嫌か?」
「うーうん!一緒に入る!」
ハルとは無理だが、ダリアスと一緒にお風呂に入れることになり、子供は嬉しそうに笑う。
クレアからもらった鞄を持つと、ダリアスは子供と一緒にお風呂へ向かった。
「もうお風呂に行ったから、ハルはこっちを手伝って」
「はいはーい」
子供がいなくなったのを確認し、ソファーから顔を出していたハルを呼び寄せる。
「今日は疲れたね」
「ほんとだよ。僕、もうくたくた〜」
「ふふ。いつもありがとう。ハルがいてくれて本当に助かってる」
「い〜え。それならよかったよ」
ハルと話しながら、リアナはハーブを紐で束ねた。
次に、買って来た野菜を洗っていると、お風呂から上がった子供が走ってきた。
「ポトフ〜!」
「濡れたままだと風邪ひくわ。ちゃんと乾かさないと」
「大丈夫!ぼくのポトフが待ってるでしょ?」
「待ってるかもしれないけど、風邪ひいたら食べられないでしょ。もう、しょうがないな〜」
頭に被っていたタオルを受け取り、子供をソファーへ座らせる。
ハルは子供の横に座ると、髪を風魔法で乾かし始める。
「ありがとう、ハル!」
「もう、僕が濡れるでしょ〜」
まだ濡れているのだが、子供はハルに抱きつき、感謝を伝える。
濡れることが大嫌いなはずのハルはそれを受け入れ、嬉しそうに笑いながら、良いお兄ちゃんに徹している。
「ありがとう、ハル。髪を拭いてたんだが、走っていってしまってな。リアナも入ってきなさい」
「わかったわ、ありがとう」
ダリアスが子供に続いてお風呂から上がり、リアナもお風呂に入る。
「ふー。気持ちいい…」
湯船に浸かりながら、今日の出来事を振り返る。
朝は山で迷子になりかけかけ、そこで子供と出会い、仕事で少し緊張した。
その子供と一緒に住むことになり、今やっとお風呂に浸かっている。
たった一日の出来事なのに、なかなか濃い一日だった。
「疲れた…。けど、これから楽しくなりそう」
リビングの方から聞こえる楽しそうな声に、嬉しさで顔が綻ぶ。
「ほら、こっちにおいで」
「はーい。お願いします」
リアナはお風呂から上がると、少し離れた場所フェアハルに髪を乾かしてもらう。
「あれ…?」
ソファーでダリアスと子供が話しているのを見て、違和感に気づく。
子供の見た目が、お風呂前と変わっている。
灰色がかった髪は、白髪とは違う美しく輝く白色の髪になっている。
肌も土の汚れが落ちたのか、肌は陶器のような白さで、その頬はお風呂上がりでほんのり赤い。
それに、あまり気に留めていなかったが、見る場所によって異なる黄金の瞳は大変美しい。
まるで、芸術品のような美しさである。
「綺麗。でも……」
あの黄金の瞳を、自分はどこかで見たことがある気がする。
「……アナ。リアナ!」
「はい!」
「ぼーっとしてどうしたの?もう乾いたよ」
「あ、ありがとう。じゃあ、ポトフを作ろうかな」
「ぼくも!いっしょにつくる!」
何か思い出せそうな気がしたのだが、ハルの声で現実に戻る。
またいつか、思い出すだろう。
ダリアスと楽しそうに話していた子供も、いつのまにかこちらに来ている。
「では、俺は服を洗ってこよう。ここは任せても良いか?」
「ありがとう、お父さん」
ダリアスに服の洗濯を任せると、リアナ達は台所に立った。




