10. 仕事開始
「今日は皆さん、よろしくお願いします!」
「おう!」
「任せな、リアナちゃん」
リアナは集まっている大勢の仕事仲間に対し、元気よく挨拶をした。
それに、各々が返事をしてくれている。
「では、代表者の方は集まってください。打ち合わせを行います」
他の職人には少し待機してもらい、代表者を呼び出す。
フォルスター商会には、大勢の職人達が所属している。
その職人達は専門分野ごとに分かれて所属しており、床部門、壁面部門、ガラス加工・清掃部門、建具部門、屋根部門がある。
その中で、今日は二つの部門に来てもらった。
「リアナちゃん、今日からよろしくな」
「よろしくお願いします、ウォルターさん」
「今日も元気そうだね、リアナは。安心して、私達に任せな」
「頼りにしています、ルイゼさん」
最初に声をかけてくれたのが、土魔法を得意とする職人を中心とした壁面補修の担当をしている部門の代表者であるウォルター・ストローム。
黒に近い赤色の髪に焦茶の瞳の持ち主で、やんちゃそうな見た目の男性である。
次に声をかけてくれたのが、風魔法と水魔法を中心としたガラス加工・清掃を担当している部門の代表者であるルイゼ・ウィーズ。
蜜柑色の髪に濃い青色の瞳の持ち主で、みんなの頼れる姉御である。
ウォルターは楽しげに笑うと、ルイゼに話しかける。
「リアナちゃんの初めての大仕事。俺達も腕がなりますね、姐さん」
「そうだね。リアナはどんと構えておきな」
「二人ともありがとうございます。私も頑張りますので、よろしくお願いします!」
ウォルターもルイゼも、フォルスター商会を設立した時から所属しており、母とも仲が良かったそうだ。
そんな母の娘である自分のことも、子供の頃からとても可愛がってくれていた。
二人とも、職人としての腕は大変良く、技術力も高い。
そういった職人は、貴族のお抱え職人として引き抜きの声がかけられるのだが、ずっとこの商会で働いてくれている。
にこやかに笑っていたルイゼは、今は中庭に用意された休憩スペースで眠るハルと子供を見ている。
「あら。ハル坊と一緒に寝ているあの子供は?」
「あの子はリアナが保護した迷子だ。しばらく、うちで預かることになっている」
「へぇ、そうかい」
リックと話し込んでいたダリアスが会話に加わったことで、そのまま打ち合わせを始める。
打ち合わせの顔ぶれは、商会長であるダリアス。
ダリアスの補佐と全体の進捗確認、調整を行うリック。
壁面部門の代表者のウォルターとガラス加工・清掃部門の代表者のルイゼ。
そして、今回の仕事の責任者であるリアナを含めた五名である。
「リアナ、今回の仕事の説明を」
「……はい」
ダリアスに声をかけられ、リアナは小さく深呼吸をした。
見知った人しかいないのだが、さすがに緊張している。
少し気持ちを落ち着かせると、リアナは頭に入れた今後の仕事の流れを思い出しながら話し始める。
「本日から始まるこの仕事は、注文者であるベーレンス伯爵夫人の別荘宅の修繕と改修です」
この屋敷は、元はクレアの生家であるフィッシャー子爵家の別荘宅で、結婚する際にクレアが所有者になった。
二階建ての屋敷は、建築されてだいぶ時が経ち、外装にも内装にも全体的な痛みを見てとれる。
「今回、事前に調査した結果、建築物の軸はしっかりしていることを確認できました。そのため、建て直すのではなく、現状を維持するために修繕と改修を行う予定です」
自分の話をしっかりと聞くみんなを見回すと、各々がうなづいてくれる。
それを確認し、次は代表者に指示を出す。
「まず、ルイゼさんには屋敷の外装を清掃してもらいたいです。その後、屋敷内の清掃をお願いします」
「あぁ、任せな」
最初に、ルイゼの部門の職人達が水魔法と風魔法を用いて全体的に清掃を行い、汚れを落とし、現状を確認していく。
「ルイゼさんの清掃が完了してからは、ウォルターさんには外壁の補修をしてもらいます。午後からは、新規の窓枠設置のための開口処理をお願いします」
「あぁ、了解だ」
清掃が完了してからは、ウォルターのまとめる職人達が外壁の補修を行う。
外壁は致命的な大きな損傷は見受けられないが、亀裂や傷が目立つ。
内壁は、外壁よりは状態はいいが、外壁の亀裂から入った雨水で傷んでいる箇所があり、その補修も後日行う予定だ。
本日中にしてもらいたいことを全て話し終え、リアナはダリアスの方を向く。
「私からは以上です。商会長からは、何かありますか?」
自分の話す予定だった内容は終了したが、なにか抜けていてはいけない。
そのため、最終確認として商会長であり、総責任者である父に確認してもらう。
「では、一つだけ。今日の予定では屋根部門は来ない予定だったが、午後から調査に代表者が来るそうだ。その時は、協力してやってくれ」
ダリアスは追加の情報を話し終え、リアナに大きくうなずいた。
当初の予定とは変更はあったが、それも全体の進捗に影響はなさそうだ。
それに、自分の話した内容に抜けはなかったようで、少し安堵する。
ダリアスに笑みを返すと、リアナは待機してくれている職人達の方へ向いた。
「皆さん、仕事を始めましょう。よろしくお願いします!」
リアナの言葉に職人達は雑談をやめ、作業の準備に取り掛かる。
その姿を確認し、代表者の方へ向き直した。
「では、ルイゼさん。よろしくお願いします」
「あぁ。外装は一気に作業するから、離れて待ってな」
「はい、わかりました」
リアナに一声かけると、ルイゼは職人達を連れ、召喚獣を召喚する。
ルイゼの召喚獣は大型の鳥で、風魔法を得意とする。
その背中に乗り、屋根の上まで飛び上がった。
「清掃開始!」
「はい!」
職人達の返事と共に、屋敷を囲んでいた一部の職人とルイゼは水魔法を発動し、全体的な汚れを落としていく。
一見簡単そうに見えるこの魔法は、水圧の調整が難しく、気を抜くと傷をつけてしまう。
そのため、魔法制御が上手くないとできない芸当だ。
「屋根の清掃は終わったよ。細かい所は任せな」
屋根を清掃し終えたルイゼは全体の状況を確認しつつ、残っていた汚れを落としていく。
全体の確認を終えると、屋根より高く上昇し、高く手を上げた。
その合図を確認した職人達は、風魔法を使う職人と入れ替わり、風魔法で水を飛ばす。
全ての清掃が完了したのを確認したルイゼは、地上に降り、職人達に声をかけてから、リアナ達の元へ戻ってきた。
「外装の清掃、完了したよ」
「ありがとうございます。いつ見ても素晴らしいですね」
「まぁね。年の功ってやつかね」
長年やっているルイゼにとって、魔法の制御はきっと簡単なのだろう。
しかし、自分は知っている。
先程の魔法は、とても難しいことなのだと。
「そういえば、リアナはあの清掃を見たその日に、家の壁に穴を開けてたね」
「あれは…どうしても実際にやってみたかったので。あの頃の自分には難しかったですが」
「そりゃそうだ。制御訓練を行って、試験に合格してからじゃなきゃ作業させないからね。大人でも結構苦労してるよ」
子供の頃、ルイゼの真似をして、自分の部屋の壁に穴を開けた。
あの後、ハルも風魔法で穴を開けたことで、ふたり揃って怒られたのだが、今ではいい思い出だ。
「じゃあ、外は頼んだよ、ウォルター」
「ありがとうございます、姐さん」
ウォルターに外を任せると、ルイゼ達は屋敷の執事と共に屋敷内へ入っていく。
ルイゼから外の作業を引き渡されたウォルターは、待機していた職人達に声をかける。
「じゃあ、始めるか!」
「おう!」
ウォルターの気合いが入った号令がかかり、職人達は建物を取り囲むように散らばった。
ウォルターがその場で自身の召喚獣を召喚すると、少し大きなアルマジロが現れた。
補助魔法を得意とし、ウォルターの土魔法を威力を上げたり、細かい作業の手伝いを得意としている。
「よし。今日も一気に足場を作るぞ!」
「グー!」
ウォルターが地面に手を当てると、屋敷の周りの土が盛り上がり始める。
そして、瞬く間に二階の壁面や屋根の上への足場が出来上がった。
「よし。もういいぞ」
ウォルターは足場の完成を伝えると、待機していた職人達に声をかける。
いとも簡単にやってのけるのだが、一度に広範囲の足場を作るのは難しい。
一体どのようなことを考えながら作っているのかが、とても気になる。
「それじゃあ、作業に入るから。ここは任せてくれ」
「はい、お願いします」
リアナに見送られながら、ウォルターも足場を上がって行った。




