新入社員※ほたるの姉、みぞれ参戦
地下での激戦を終え、数日。
会社の専用個室で、古城とほたるは束の間の穏やかな休息をとっていた。テーブルの上に並んでいるのは、ほたるが一生懸命に作ってくれた手料理の数々だ。
「古城先輩っ、お味はどうですか……? これは特売のネギとお豆腐で、お味噌汁を作ってみたんです!」
「……うまい。ネギの甘みも完璧だ」
(うますぎる。胃袋から幸福感で満たされていく。ほたるの手料理が食べられるなんて俺の人生は今日が最高潮か? ずっとこの時間が続けばいいのに……)
ほたるが「えへへ……!」と頬を緩ませた、まさにその時だった____。
ドカァァァンッ!!
落雷のような爆音が響き渡り、個室の分厚い強化ドアがヒンジごと吹き飛んだ。豪快な爆風とともに、室内へ大量の白煙が立ち込める。
「きゃあっ!?」
「敵か!?」
古城は瞬時にほたるを自分の背後へ庇い、腰のナイフに手を掛けた。
煙がゆっくりと晴れていく中、ヒールのカツ、カツ……という静かな足音が近づいてくる。煙の向こうから現れたのは、体にフィットした黒のパンツスーツを身に纏った、息を呑むほど美しい女性だった。
その指先には、怪しい紫色の液体が充填された一本の注射器____シリンジが、鋭利なナイフのように挟まれている。
「お、お姉ちゃん……!? なんでここに!?」
「……は?」
(……お姉ちゃん???)
あまりの事態にポカンと立ち尽くす古城。
ほたるの「お姉ちゃん」と呼ばれた美女は、鋭い目つきのままヒールを響かせて一気に駆け寄ってきた。
「ほたる! 無事なの!? また変な男に騙されて妙な人体実験とかされてない!? 変態警備員に妙なことされてない!?」
「こ、古城先輩は変態じゃないです! 古城先輩は私の大切な相棒で____」
「黙りなさいほたる! ……それで?あなたが例の『古城仁』ね」
ほたるの姉は、凍りつくような冷酷な殺気を孕んだ瞳で、じっと古城を射貫いた。
「私はほたるの姉、冴島みぞれ。ほたると一緒に、あの地獄のような実験施設から死に物狂いで逃げてきたの。シリンジ一本で裏社会を生き抜いて、就職するほたるを陰から守ってきた……。だからこそ、どこの馬の骨とも知れない男にほたるを任せるわけにはいかないのよ!」
(シリンジ? え、武器がシリンジ? …特殊な設計はされてなさそうだ。リングが三つついてる…。あの液体、なんだか見覚えが____)
シュッ____!!
古城の心の声が終わるより早く、みぞれは一瞬で間合いを詰め、古城の首筋へ向けてシリンジを鋭く突き出してきた。異常な踏み込みの速さ。
「くっ……!」
古城はギリギリで体を捻り、紙一重でその刺突をかわす。
空を切ったシリンジの先から飛散した数滴の液滴が床へ落ちると、頑丈なコンクリートの床がジュッと音を立てて煙を上げ、みるみる溶けて穴が開いた。
(溶けた。どんな液体だよ。刺されたら一発で即死か強烈な麻痺だぞこれ。敵より容赦ないんだが!?)
「ほう、避けるんだ。じゃあこれはどう?」
みぞれは華麗な脚線美から繰り出される鋭いハイキックと、間髪入れずに繰り出されるシリンジの連撃で古城を容赦なく追い詰めていく。
ただの攻撃ではない。瞬時に指先で薬液のバルブを切り替え、回復薬・麻酔薬・強酸性の毒薬を戦況に応じて自在に操る、超実戦型かつ極めて危険な戦闘スタイル。
古城はポーカーフェイスを維持しながらも、冷や汗を流して回避と受け流しに専念する。相手はほたるの大切なお姉ちゃんだ。本気で刃を向けるわけにはいかない。
「私とほたるは、二人で地獄を生き抜いてきた! 中途半端な覚悟の男に、ほたるの隣に立つ資格なんてないのよ!」
「……違うな」
古城はみぞれのシリンジを繰り出す腕を最小限の軌道で流すと、その隙をついて一気に懐へと踏み込んだ。
「なっ……!?」
古城の漆黒のナイフの柄が、みぞれの細い首元数ミリの位置でピタリと止まる。
「……俺は、ほたるの過去も、あんたたちが背負ってきた痛みも全部背負うつもりでここにいる。ほたるを道具として扱う奴らは俺が全員叩き潰す。……俺が、ほたるの隣に立つ相応しい男……相棒になってみせる」
(言っちゃったぁぁぁ! カッコいいこと言っちゃったけど、『相応しい男』って実質プロポーズでは? なんとか語尾に『相棒』って付け加えたけど誤魔化せてるか!? 脳内が爆発しそうだけど耐えろ俺!)
首元にナイフの柄を突きつけられながらも、古城のまっすぐで揺るぎない瞳を見つめるみぞれ。
吹き飛んだドアから風が吹き込み、静寂が室内を包み込む。
やがて____みぞれはスッとシリンジを収め、クスッと妖しく美しく微笑んだ。
「……ふふっ。いいじゃない。」
「え?」
「合格よ、古城仁くん」
みぞれは乱れた髪をサッとかき上げ、満足そうに頷いた。ほたるが恐る恐る個室の柱の後ろからひょっこりと顔を出して出てくる。
「ほたるを命がけで守る覚悟、そして私を殺さずに制する実力……申し分ないわ。……まぁ、少しは骨のある男でよかったわね、ほたる」
「お、お姉ちゃん……! じゃあ……!」
「ええ。私も腹を決めたわ。……今までみたいに裏社会でコソコソ逃げ回るのはやめにする。古城くん、私もあなたのチーム……グレイス・ガード社に、正式に仲間入りしてあげる!」
「……我が社に、ほたるのお姉様もですか?」
「当たり前でしょ? 妹を一人で任せるなんて心配だし……何より、あなたの腕と覚悟なら、私やほたるを追う黒幕の組織を返り討ちにできるかもしれない。……私のシリンジのサポートと攻撃威力、高くつくわよ?」
みぞれは不敵にニヤリと微笑み、古城に向かって手を差し出した。
「やったぁ! お姉ちゃんも一緒なら百人力ですっ! 古城先輩っ、正式に三人チームですねっ!」
ほたるが飛びつくようにして、古城とみぞれの手をギュッと両手で握りしめて喜ぶ。
(三人チーム。お姉ちゃん公認どころか頼もしすぎる仲間が増えた。シリンジの薬品サポートとか絶対心強すぎる。……これでグレイス・ガード社、本格始動だ)
「やあやあ、なんだか楽しそうな声が聞こえると思ったら…おやぁ?」
吹き飛んだドアの煙と瓦礫の向こうから、のんびりとした、けれどやたらと渋く響く声が聞こえてきた。
現れたのは、仕立ての良い高級スーツを少し崩して着こなした、整ったヒゲと柔らかな笑みが印象的な超絶イケオジ___グラン・バーネット社長だった。片手には優雅に湯気を立てる紅茶___ではなく、ココアの入ったマグカップを持っている。
「ドアがヒンジごと吹き飛んでるねぇ…これ、修理代は今月の経費で落とせるかなぁ、宵ちゃん?」
「落とせるわけないでしょう、社長。全額、原因を作った人間の給与から天引きです。」
グランのすぐ後ろから、黒のパンツスーツに身を包んだアンニュイな美女____社長秘書の一ノ瀬 宵が、だるそうに大きなため息をつきながら歩み出てきた。
「ぐ、グラン社長!? 一ノ瀬秘書まで…!?」
ほたるが「はわわ…!」とびっくり焦る顔で二人を見つめる。古城は少し面倒くさそうな顔をして宵の方を見る。
「冴島みぞれさん…でしたか。戦闘能力のデータを取らせていただきました。裏の仕事に対する基準値は高く上回っているので、正式入社を歓迎します。ただし、表の仕事への参加はまだ控えていただきます。後日、書類の提出をお願いします。」
「あ、ありがとう、ございます…?」
みぞれがポカンとしたまま返事をする。
宵は手元のタブレット端末に視線を落としたまま、少し微笑んで古城の近くでコソコソ声を響かせた。
「…古城くん。バイタルデータが跳ね上がっています。心拍数192。業務外の過剰なトキメキは心臓に毒ですよ」
(バレている!? 心拍数だけで脳内が100%バレるなんて…一ノ瀬秘書、オペレーター能力高すぎないか?)
古城はミリ単位も表情を崩さずに脳内で大パニックを起こした。
みぞれがようやく状況を掴み、警戒色を強め、指先のシリンジをすっと構える。
だが_____グラン社長が何気なく「よっこいしょ」とついた高級な仕込み杖から、一瞬だけ漏れ出た異常な『気配のなさ』を感じ取り、みぞれは首筋にヒヤリと冷や汗を流した。
(なんなの……この男…!? ふわふわした顔して、隙が一切ない…!?)
グラン社長はみぞれの脳内を読み取ったかのように声をかけた。
「おや、威勢がいいねぇ。君が、ほたるちゃんのお姉さんかい? 今まで、可愛い妹さんを守ってくれてありがとう。私はこの会社の社長のグランだよ。よろしくね」
「この男が、トップ…?」
グランはニコニコと優しい笑顔を浮かべたまま、ほたるとみぞれ、そして古城を見渡した。
「ふふ、少し遅めの青春だねぇ。賑やかになって素晴らしいことだ。……さて、みぞれちゃんも仕事に参加するわけだし、早速『新しいお仕事』の話をしようか」
「お仕事、ですか? グラン社長」
「ええ。『プロメテウス』という組織の幹部___音と旋律を操る、調律師ヴェゼルが、この現代都市に存在する『異界の遺物』を狙って動き出したみたいでね。しかも『プロメテウス』は、封印領域と現代都市を隔てるバリアを張っている教会を陥落させた一人らしいんだよねぇ」
グラン社長のその言葉に、室内の空気が一瞬でピリッと引き締まる。
「プロメ、テウス、」
ほたるとみぞれの表情が一瞬怯んだ。
(『プロメテウス』の幹部、調律師ヴェゼル…。ついに、現代都市を『歪み』でめちゃくちゃにした元凶の一つに踏み込む時が来たか)
古城は心の中で密かに拳を握りしめた。
◼︎冴島 みぞれ(さえじま みぞれ) 23歳
ほたるの姉。重度のシスコン。ほたるの就職先を見学しにやってきて、正式入社をした。
細いポニーテールが印象的。
愛用武器:特製コントロールシリンジ
一言で言うと:シスコンサポート警備員(美女)
◼︎グラン・バーネット 52歳
『株式会社グレイス・ガード』の社長。仕立ての良い高級スーツを少し崩して着こなした超絶イケオジ。いつもふわふわしていて笑顔。髭がチャームポイント。宵が入れるココアが大好き。
愛用武器:高級仕込み杖(だいぶ使い古して年季が入ったヴィンテージ物)
一言で言うと:イケオジ
◼︎一ノ瀬宵 (いちのせ よい) 26歳
『株式会社グレイス・ガード』の社長秘書。黒のパンツスーツに身を包んだアンニュイな美女。いつもだるそうにしている。必ずタブレット端末を持っている。観察能力が高い。
愛用武器:???
一言で言うと:社長(に振り回される可哀想だけど本人は満更でもない)秘書




