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対決※異形になるとか聞いてません


「グ、オオオオオッ……!!」


 首筋に注射器を深々と突き刺した敵ボスが、喉を焼き切るような悲痛な叫びを上げた。注射器からどす黒く輝く紫色の液体が注入された瞬間、皮膚が内側から引き裂かれ、黒く異質な筋肉が異常な速度で膨張していく。


 ドクン! ドクン!


 コンクリートの地下空間に、心臓の跳ねる不気味な重低音が轟く。骨が軋み、折れ、再構築される不快な音が響き渡り、ボスの身体はあっという間に3メートルを超える巨大な『異形』へと変貌を遂げた。


「あの『異界の遺物(アーティファクト)』____原液は、世界の理(ことわり)を歪めてしまうんですっ! 人間が使えば、肉体も心も耐えきれずにあんな姿に……!!!」


 ほたるが目を細めて、体内に注入された原液を探すようにして手を伸ばす。


「ガハハハハ! これが『異界の遺物(アーティファクト)』の真の力だ! ナンバー7、そして警備員の男……貴様ら二人まとめて踏み潰してやる!!」


 理性を失いかけた異形の怪物は、丸太のように太く角質化した腕を荒々しく振るい、横のコンクリート壁を軽々と粉砕した。


 豪快に飛び散る大量の瓦礫。衝撃波とともに、鋭い岩片が暴風となって二人へと襲いかかる。


「きゃあッ!?」

「ほたる!!」


 古城は反射的にほたるの華奢な身体を抱き寄せると、己の背中で飛び散る瓦礫の嵐をすべて受け止めた。


(ッ……背中に岩がガンガン当たって痛い。だが絶対にほたるには擦り傷一つつけさせない。何だあの化け物? 歪みになるなんて、今までの警備報告に書かれていなかった。でも、でも……今俺の腕の中にほたるが……! 抱きしめちゃってる。軽い。柔らかい。女の子の甘い匂いがする。危険なのに心臓が別の意味で爆発しそうだ……!)


「こ、古城先輩……! ありがとうございます、大丈夫ですか……!?」


 古城の胸の中で、ほたるが心配そうに瞳をうるうると潤ませて見上げてくる。目の前数センチにある、守るべき天使の顔。


「……あぁ、問題ない。かすり傷だ」


 古城は氷のようなポーカーフェイスを1ミリも崩さず、静かにほたるを地面に着地させた。だが、その瞳の奥には、ドス黒い怒りの炎がメラメラと燃え上がっていた。


(ほたるを怖がらせた。ほたるに悲鳴をあげさせた。許さん。絶対に許さん。お前がどんな化け物になろうが、俺のほたるに手を出す奴は微塵切りにしてやる……!!)


「ハハハ! 恐怖で動けなくなったか! 死ねぇッ!」


 ビルをも砕きそうな巨大な拳が、二人めがけて空を切って振り下ろされる。


「ほたる、合図と同時に敵の右目を撃て」

「! はいっ、了解です!」


 古城は漆黒のナイフを逆手に持ち直すと、回避するどころか、正面から怪物に向かって爆発的な踏み込みを見せた。


「おらァアッ!」


 地面を砕きながら振り下ろされる巨拳。古城は紙一重の見切りでそれをすれ違いざまにかわすと、振り下ろされた怪物の巨腕を脚力だけで駆け上がり、一気に首元へと肉迫する。


「なっ……速い____!?」

「お前が何になろうと関係ない。俺の相棒を泣かせた罪は……重いぞ」


 古城のナイフが閃光のように走り、怪物の巨腕の太い神経と筋肉を的確に断ち切る。


「ガアアッ!? 腕が……動かなぁッ……!?」

「今だ、ほたる!」

「はいっ!!」


 地上で二丁拳銃を構えていたほたるの瞳に、静かな集中力が宿る。


 ドレスの裾を揺らしながら引き金が引かれた。狙いは寸分の狂いもなく、怪物の右目へと吸い込まれていく。


 バンッ______!!


「グギャアアアアッ!?」


 超精度の弾丸が怪物の右目を的確に撃ち抜き、巨体がグラリと体制を大きく崩した。


「終わりだッ!!!」


 空中で身を翻した古城が、すべての体重と回転力を乗せた絶技の一撃を、怪物の脳天から首筋にかけて叩き込む。


 ドガァァン! と空間を揺らす凄まじい衝撃波が走り、異形の怪物は地響きを立ててコンクリートの床へ叩きつけられた。


 ……しんと静まり返る夜の地下広場。


 怪物の首筋から薬の効力が薄れ、ミシミシと音を立てて急速に元の男の姿へと戻っていく。ボスはピクピクと痙攣したあと、完全に気絶して動かなくなった。


「ふぅ……」


 古城はナイフの血を拭い、素早くホルダーへ収めた。


(勝った……ほたるの撃ち抜くタイミングが完璧すぎた。やっぱり俺たちの連携、最強じゃないか?)


 古城がふと振り返ると、そこには目をキラキラと輝かせたほたるが立っていた。


「古城先輩……っ! 背中大丈夫ですかっ…!? す、すごいです……っ! すっごく……カッコよかったです……!」


 ほたるは駆け寄ってくると、愛おしそうにぎゅっと古城のタキシードの裾を両手で掴んだ。


「私……古城さんが相棒で、本当によかったです……!」


(ぐはっっっっ(吐血)!! 相棒でよかった? 本当によかった? なにその満面の笑み? 天使の微笑み? 尊すぎて死ぬ。俺の人生、今日が命日かもしれない。神様ありがとう)


「……フッ。お前が完璧なアシストをしてくれたからだ。よく頑張ったな、ほたる」


 少し微笑んで頭を撫でてやると、ほたるは「えへへ……」とうっとり目を細め、猫のように嬉しそうに頬を緩ませた。


 古城は転がるボスの懐から、転がり落ちた怪しい紫色の小瓶_____『万能薬の原液』を静かに拾い上げ、胸ポケットへしまった。


「さて……これですべて解決だな。社に戻って報告と、手配を済ませよう」

「はいっ! ……あっ、古城先輩!」

「ん?」

「あの……ドレス破れちゃって……すごく、申し訳ないです……前のネギの時みたいに……」


 しょんぼりと眉を八の字にするほたる。


(ネギ。ここでネギを思い出してくれるの可愛すぎるだろ。ネギの仇は取ったぞほたる)


「気にすることはない。明日、ドレスは新調しよう」

「わっ、本当ですか!? はいっ! ありがとうございますっ!!」


 夜空に輝く星々の下、歩き出す二人。


 長かった夜が明け、静かで愛おしい二人の日常が、再び戻ろうとしていた。



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