回収対象※二人の完璧な連携
「……私、昔……あの人たちに拉致されて、実験台にされていたんです。私の薬を使われて……」
暗い非常階段の中。ほたるは胸元をギュッと強く握りしめ、ぽろぽろと涙をこぼしながら明かした。
「先輩に飲ませた錠剤……万能薬。当時は、まだ錠剤の形に行き着いていなくて、液体状のものでした。それが彼らに見つかって…理由は分かりませんが…感情を殺す訓練をされて、身体が壊れるほどの『異界の遺物』を何度も打ち込まれて……。仕事をするときに何も感じなくなっちゃうのも、恐怖と痛みに心が壊れないように、自分の心を冷たい結晶の中、底深くに閉じ込めていた……昔の哀しい名残なんです。私が一生懸命独学で作ったあの薬のレシピを彼らは持っていて……それを兵器として大量生産しようとしていて……っ」
ぽつり、ぽつりと紡がれる告白。
「今回の回収対象の『異界の遺物製品』は…私の書いたレシピから作られた、万能薬の…原液なんです」
(やっぱり、そうだったのか…。前に「もう万能薬は何粒でも飲める」「克服した」っていうのは、この訓練のせい、なのか……)
言葉の隙間から、どれほどの恐怖と痛み、そして過酷な孤独をほたるがたった一人で耐えてきたのかが痛いほど伝わってきた。
(……拉致。実験台。感情を殺す訓練。どれだけ怖かった。どれだけ一人で暗闇の中で耐えてきたんだ。あの光の消えた無敵の目には、そんな哀しい過去があったのか。許さない。絶対に許さない。俺の目の前にいるほたるを泣かせた奴らも、その過去も、何一つ残さず叩き潰す)
脳内を漆黒の怒りが塗りつぶし、体中の血が沸騰しそうなほど滾る。だが、古城は氷のようなポーカーフェイスを崩さないまま、震えるほたるの小さな手の上に自分の大きな手を静かに重ねた。
「……もう、お前は実験台じゃない。誰かの道具でもない」
「古城……先輩……」
「お前は今、グレイス・ガード社の社員で、警備員で____俺の、大切な相棒だ」
(大切な相棒。言った。言えた。『俺の可愛い天使』って言いそうになったがギリギリ踏みとどまったぞ俺。でも手があたたかい、ちっちゃい、絶対に離さない。俺がこの手を守り抜く)
ほたるの手を引いて、非常階段を登る。少しでも、時間を稼げるように。
その時、非常階段に赤く眩しい警報が鳴り響いた。
追跡してきた軍事傭兵グループが、古城たちが逃げ込んだ場所を特定し、強行突破を仕掛けてきたのだ。階段を登ったところにある、地上につながる扉の向こう側から、ほたるのトラウマの元凶である大柄な男が大声を出している。先回りされた。
「出てこいナンバー7! お前の居場所も、その体に染みついた恐怖も、すべて我々が覚えているぞ!」
扉ごしに届く不快な嘲笑。その声を聞いた瞬間、ほたるの身体がビクッと小さく強張る。
だが___彼女はもう、過去の恐怖にただ震えて守られるだけの存在ではなかった。
「……古城先輩」
ほたるは溢れる涙を制服の袖で乱暴に拭うと、腰のホルダーから二丁の愛銃を同時に引き抜いた。カチャリと軽快な装填音が室内に響く。彼女の瞳から、スーッと光が消え始めていく___。
いや、違う。
今回の【仕事モード】は違った。
恐怖と痛みに心が壊れないように、自分の心を冷たい底深くに閉じ込めていた、昔の哀しい名残ではない。自分の意思で未来を掴み、大切な相棒と共に戦うための、静かで熱い意志の光が宿っていた。
「私の過去も、私の作った薬も……あんな人たちに好き勝手させません!」
「……フッ、そうこなくてはな」
(かっこいい。凛々しい。美しすぎる。銃を構えるほたるも最高に尊い。死ぬ。俺の理性が死ぬ前に敵を全滅させる。天使の初陣を汚す奴らは一瞬で肉塊に変えてやる)
「行くぞ、ほたる!」
「はいっ、古城先輩!!」
二人は同時に動き出し、非常階段の重い鉄扉を力任せに蹴り開けた。
夜の冷気が満ちるコンクリートの広場へと躍り出る。夜空の星が、きらきらと輝いている。
「ハッ、ノコノコと殺されに来たか!」
待ち構えていた十数人の武装傭兵が一斉にサブマシンガンの銃口を向ける。引き金が引かれるより早く、古城とほたるの二人は影のように地を滑り、間合いを詰めていた。
バン! バン! バンッ!
「お掃除しますっ!!!」
ゆるい敬語の語尾を残したまま、ほたるの二丁拳銃が本領を発揮する。
弾丸は敵の急所を外しつつも、膝頭や手首、武器の機関部だけを正確無比に撃ち抜いていく。群青色のドレスの裾を華やかにはためかせ、アクロバティックに宙を舞うほたる。鋭いハイキックが傭兵の顎を砕き、空中で放たれた一撃が背後の敵を撃ち抜いた。
「な、なんだこの速さは……!? ガハッ!?」
さらに、ほたるが作り出した完璧な死角から、古城が肉迫する。
手に握られた漆黒のナイフが一閃。敵の銃身を紙一重で削ぎ落とすと同時に、重厚な掌打を胸板へ叩き込み、一瞬で関節を外す。
背中と背中が触れ合う距離。
言葉を交わさずとも、呼吸、歩幅、視線の動きだけで互いの次の行動が完璧に理解できた。
(背中が温かい。ほたるの息遣いが聞こえる。背後を完全に任せられる安心感……二人なら、どんな敵にも負ける気がしない……!)
「えいっ!」
ラスト一人となった大柄な傭兵を、ほたるのしなやかな旋風脚が捉える。ドガァン! と鈍い衝撃音が響き、男は横転しながら倒れ伏した。
あっという間に、広場は転がる傭兵たちの山と化していた。
「はぁ……はぁ……っ! 古城先輩っ、私……っ、戦えました……!」
頬を赤く上気させ、二丁拳銃の銃口から立ち上る紫煙をふーっと吹き消しながら振り返るほたる。
自らの手でトラウマの呪縛を撃ち破った彼女の表情は、晴れやかで、どこまでも美しかった。
「……あぁ。見事だ、ほたる」
古城はナイフを素早く腰のホルダーへ収めると、表情一つ変えない氷のポーカーフェイスのまま、ほたるの頭へそっと手を伸ばし、優しく撫でた。
(撫でちゃった。撫でちゃったよ俺。髪の毛サラサラ。柔らかい。いい匂いする。嫌がってない? むしろ嬉しそうに目を細めて猫みたいに擦り寄ってきてる。天使? 本物の天使なの? 俺の心臓が万能薬飲んだ時より激しく脈打ってるんだが?)
「えへへ……古城先輩になでなでされて褒められちゃいました……!」
頬を染めて嬉しそうに笑う、いつもの「ゆるい敬語のほたる」。
だが____平和な時間は長く続かなかった。
転がる傭兵たちの奥、影になったコンテナの陰から、カツン……カツン……と重く不穏な足音が響いてくる。
顔に大きな傷痕のある敵ボスが、憎悪に顔を歪ませながらゆっくりと姿を現した。その手には、怪しい紫色の液体が満ちた注射器が握られている。
(っ、あの禍々しく、神々しい色は…!!)
『異界の遺物』から精製された、ほたるの万能薬の原液。
「……おのれナンバー7……! 出来損ないのせいで……ッ! 我らの計画を壊させてたまるかぁぁッ!!」
半狂乱になったボスは、注射器の太い針を自らの首筋へ深く突き刺し、一気に液体を注入した。
ドクン!!!
心臓の跳ねる不気味な音が広場全体に響き渡る。
ボスの皮膚がどす黒く変色し、筋肉がミシミシと異常な音を立てて膨れ上がっていく。人間離れした異形の圧迫感が、夜の地下広場を支配し始めた。




