地下競売※万能薬の真実
深夜一時。閉館後のショッピングモール地下二階、関係者用駐車場。昼間は営業車やトラックが並ぶ殺風景なコンクリートの空間が、今夜は高級外車と黒塗りのセダンで埋め尽くされていた。
最近壊滅させた組織の端末を解析して突き止めた、裏社会の『闇オークション』。そこに潜入するため、古城たちはいつものスーツではなく、パーティードレスとタキシードに身を包んでいた。
「ふぅ、こういう服はなんだかソワソワしちゃいますねっ、古城先輩!」
隣を歩くほたるが、背中の大きく開いた群青のドレスの裾をキュッとつまんで小首を傾げる。
(……は? ドレス。背中。綺麗な肩甲骨。脚長。髪型も違う。美。天使。女神。降臨。潜入捜査どころではない。周囲の奴ら全員の目を潰したい。俺以外の奴が見るな。落ち着け。すき。すき。)
「……似合っているが、今回は散策ではない。気を引き締めろ」
「はいぃ、すみません! あ、でも先輩のタキシード姿…すっごくかっこいいです!」
(笑った。破壊力過多。尊い。死ぬ。俺の理性が死ぬ。いや今は仕事中だ。集中しろ俺。)
今回の狙いは、オークションの出品リストにあった『異界の遺物製品』の回収。『異界の遺物』を使用した薬のオリジナルの原液らしい。
(効能がやばい薬と言えば、ほたる特製万能薬があるが…それとは違うのか?)
駐車場の奥、トラックの前に集まった男たちを影から伺う。だが、買い手として集まっていた連中の雰囲気が、これまでの半グレたちとは明らかに違っていた。無駄のない立ち姿、眼光の鋭さ____本物の軍事傭兵だ。
「……古城先輩、なんだかあの人たち……」
ほたるが違和感を口にした、その時だった。
「___久しいな、ナンバー7」
背後から、低く濁った声が響いた。振り返ると、そこに立っていたのは顔に大きな傷痕のある大柄な男。軍事傭兵グループのリーダーだ。男は冷酷な笑みを浮かべ、ほたるをねめつける。
「相変わらずその『試作品』の薬を頼りに生き伸びているのか? 欠陥品の実験体が」
「……え……?」
ほたるの動きが、ピタリと止まった。
いつもなら一瞬で【仕事モード】に入り、目に光が消えてハイキックを叩き込むはずの彼女が、信じられないことに驚愕と動揺で身体を震わせている。
(……実験体? ナンバー7? 試作品…? こいつら、ほたるの知り合いか……? 知り合いにしては危険な空気すぎるか。)
「フン、出来損ないが。ここで処分してやる」
男が合図を出すと、周囲の闇から銃を構えた十数人の傭兵が一斉に姿を現した。
「……あ、あの……私……」
混乱し、瞳の光が揺れるほたる。これまでの「余裕の無双」とはまるで違う、明確な危機。
(___だが、俺の相棒(天使)を怯えさせていい理由にはならない。)
ザッ、と古城は迷いなくほたるの前に踏み出し、背中で彼女を庇うように立った。ジャケットの内側からナイフを引き抜き、氷のように冷ややかな視線で傭兵たちを射抜く。
「……ほたる。下がっていろ」
「こ、古城先輩……!? でも相手はプロの……っ!」
「関係ない」
ポーカーフェイスのまま、短く告げる。
(震えている。ほたるが怯えている。可愛い相方にこんな顔をさせた奴らは許さん。過去がどうだろうと知ったことか。ほたるを傷つける奴、悲しませる奴は、俺が全員『清掃』する。絶対に守る。)
「調子に乗るなよ、警備員ごときが___」
銃口が一斉に古城へ向けられた瞬間、古城は胸ポケットから視界を奪う煙幕弾を取り出し、足元へ叩きつけた。激しい白煙が駐車場を満たす。怒号と乱射される銃声の中、古城は動揺するほたるの華奢な身体を横抱き(お姫様抱っこ)に抱え上げると、煙に乗じて地下駐車場を全力で駆け抜けた。
「追え! 逃がすな!」
背後で響く怒号を聞きながら、俺たちは非常階段へと飛び込む。非常階段の扉を閉め、静まり返った。階段に降ろされたほたるは、ドレスの裾を強く握りしめたまま、ぽろぽろと大きな涙をこぼし始めた。
「……ごめんなさい、古城先輩……私……私、あの人たちのこと……知ってます……っ。私のせいで、古城先輩まで、危ない目に……っ!」
泣きじゃくるほたる。いつものゆるい笑顔も、感情のない殺戮モードもない。そこにいたのは、ただ自分の過去に怯える年相応の女の子だった。
(泣かないでくれ。)
古城の胸が、ぎゅっと締め付けられるように痛む。
(泣いてる姿も守りたくなるくらい可愛い。儚い。尊い。だがそれ以上に、お前をそんな顔にさせた奴らへの殺意で脳みそが沸騰しそうだ。過去? 実験台? 知るかそんなこと。俺の目の前にいるのは、俺の最高の相棒で、俺の天使だ)
古城は無言のままほたるの隣に腰をおろした。そして、ほたるの小さく震える手を包み込むようにぎゅっと握りしめた。
「ひゃ……っ、こ、古城先輩……?」
急な触れ合いに、ほたるが濡れた瞳を見開く。
(冷たい。柔らかい。手が小さい。守らなきゃ。俺が絶対に守らなきゃだめだ。この手を二度と離すもんか。…いや待て冷静になれ古城仁、どさくさに紛れて女の子の手を握りしめてる状態だがセクハラになってないか? 大丈夫か? 嫌がられてないか?)
「……謝るな。俺たちはコンビだろう。」
心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っているのを隠し、氷のように低く、けれど氷のように冷えていない、ぬくもりのある声を出した。
「お前がどんな過去を背負っていようと関係ない。俺の相棒はお前だけだ。
「古城先輩っ……」
「……それに、明日のショッピングモール警備に支障を出すわけにはいかない。」
「ふふっ……なんですかそれぇ……っ」
涙を拭いながら、ほたるが少しだけいつもの笑みを取り戻す。ほたるの手が古城の手を握り返す。そして切ない瞳をして、古城を見上げる。
「……古城先輩。私…先輩には、ちゃんと話しておきたいんです」
「…何をだ?」
「私の…過去のこと。そして、私の万能薬のことです」
ほたるの手が、かすかに震えた。
「……私、昔____」
追手の足音が静かに非常階段へと近づく中、ほたるの口から、彼女の凄惨な過去が紡がれようとしていた。




