夜間警備※敵組織壊滅作業
「迷子のお呼び出しを申し上げます。五歳のルーちゃん、お母様がフードコートでお待ちです___」
昼下がりのショッピングモール。館内に流れるアナウンスを聞きながら、警備員である古城と新人相棒のほたるは館内を巡回していた。ふわりとした笑顔で迷子の手を取り、保護者へ引き渡す彼女の姿は、どこからどう見ても親切で平和な警備員そのものだ。
「ふぅ〜…無事にお母さんと会えて良かったですねっ、古城先輩!」
「……ああ。警備員としての当然の業務だ」
実は、我がグレイス・ガード社は、裏社会の掃除係はもちろん、一般市民の平和な生活を守り、維持するために、このようなショッピングモールでの警備や外での見回りも行っている。
ほたるがゆるい笑顔で隣に並び、肩が軽く触れ合う。
(可愛い。笑顔が眩しい。天使。職務質問されたい。俺が。彼女に。逮捕してくれ。いや俺は何も犯罪を犯してない。ただ心が彼女に占拠されているだけ。落ち着け。ポーカーフェイスを維持しろ。)
社内では「氷の警備員」と呼ばれる古城だが、脳内では常にこの調子だ。
「…ほたるは、どんな面接をしてこの会社に受かったんだ?」
フードコートでクレープを買ってあげて、ほたるに渡しながら問いかけた。グレイス・ガード社の裏の採用基準は極めて厳しい。表向きの警備会社としての適性はもちろん、裏の『清掃業務』に耐えうる精神力と実力を備えているか、熟練の面接官が厳重にチェックしているはずなのだ。
「ん〜、どんな面接、といっても…普通でしたよ?」
「普通?」
ほたるは首をちょこんと傾げ、記憶を辿るように指をあごに当てた。
「最初に、『あなたの長所と短所は?』って聞かれたので、長所は笑顔で人と接すること、お掃除が好きなこと、逃げ足が速いことって答えましたっ!」
「…まぁ、最後を除けば表向きの警備員としては満点だな。で…短所は?」
「はいっ、ターゲットを視認するとなぜか勝手にスイッチがはいっちゃって、周囲の敵を皆殺しにしちゃうことって言ったんですけど…」
(皆殺し?????)
(面接で言うワードじゃないだろ。就活の自己PRで『皆殺し』って発言する奴がどこにいるんだ。ここか。)
「…面接官の反応は?」
「すっごく引き攣った顔で汗をダラダラ流して震えながら…『君、うちの裏の清掃業務のことどこで知ったの?』って聞かれました! 前にいろいろあって、なんとなく知ってたんですよね…えへへ」
「そりゃそう聞かれるだろうな。そもそも裏の業務をなんとなく知ってること自体おかしいが。」
「ちゃーんと、銃弾は眉間と首骨に集中的に叩き込むタイプですって伝えておきましたっ!」
(テロか?????)
(面接官、命の危機を感じて合格通知出しただろ。『不合格にしたら首骨折られる』って直感して震えながら合格ハンコ押しただろ。面接というより、実質ただの脅迫だ それ)
「合格ですってその場で伝えてくれて。面接官の方、涙をぽろぽろ流してましたっ! すごく温かい会社だなって感動しました〜っ!」
「…温かい会社に入社できてよかったな」
古城はもう、何もツッコまなかった。いや、ツッコめなかった。
深夜一時。
昼間の平和な空気とは一転、古城たちは怪しい雑居ビルの裏手に停めた軽ワゴン車の中にいた。車内のモニターには、今回処分するターゲットの情報が映し出されている。
「今回の標的は、このビルを拠点にする裏組織『黒蛇会』だ。違法薬物の密輸に人身売買……そして、その違法薬物の中に『異界の遺物』が入っていることを特定した。警察の手が届かない連中を、上からの指示で今夜『清掃』する」
「はい、了解ですっ! 要するに、悪い人たちをみんな消せばいいんですよね? 雑居ビルごとピカピカにしましょうっ!」
(ピカピカにする(物理)。殺意の表現が可愛すぎる。天使か。いや暗殺者だ。でも天使。)
真顔で資料を閉じると、ほたるが「あ、そうでした」と身を乗り出してきた。
「古城先輩、予備の弾倉、胸ポケットに入れておきますね?」
ふわりとした声とともに、一気に距離を詰められる。
(近い。胸が当たる。いい匂い。今から違法組織に殴り込む直前だぞ。緊張感を持て俺。心拍数が上がりすぎて撃ち合いの前に心臓が麻痺する。正気に戻れ。)
「……触るな。自分で入れる。出撃前だ、集中しろ」
「あぁっはい、すみません…。じゃあ……いきますねっ。」
そう言った瞬間___ほたるの雰囲気がガラリと変わった。
タレ目の瞳から一瞬で光が消え、ハイライトのないガラス玉のような目に変わる。ふんわりしていた空気は消え去り、氷のような冷気が車内に満ちた。【仕事モード】への切り替え完了だ。
「…先輩。いきましょう。」
声から感情が綺麗に削ぎ落とされている。超マジメ、かつ容重ゼロの殺戮モード。
次の瞬間、ほたるは車のドアを蹴り開けると、雑居ビルの重厚な鉄扉を鮮やかなハイキック一発で粉砕した。ドォン! と激しい破壊音が響き、奥から武装した男たちが怒号を上げて飛び出してくる。
「な、なんだ奴らは__」
「ターゲットを確認しました。先輩、お願いします。」
無感情な目をしたほたるが、淡々と二丁拳銃を構え、一切の迷いなく引き金を引く。飛び出してきた男たちの眉間と膝皿が、正確無比に撃ち抜かれていく。接近してきた大男の懐にスッと潜り込むと、容赦ない旋風脚で首骨を折り、壁に叩きつけた。
(強。脚長。蹴り美し。無駄がない。好き。強い。最高。……いや、あいつの足元に散らばった鉄パイプ危なくないか? 滑って転んだらどうするんだ。俺が全部撤去する。いやほたるはそんなのに引っかからないか。俺の後輩だし。大丈夫か。)
古城は氷のような真顔を貼り付けたまま無言で踏み込み、襲いかかってくる敵の腕を掴んで関節を叩き折る。間髪入れずにナイフの柄で頸椎を強打し、一瞬で意識を刈り取った。
「ヒッ……バ、バケモノ共が……!」
奥の部屋から、組織のボスらしき男が自動小銃を乱射しながら現れる。ばら撒かれる弾丸。古城は反射的にほたるの前に飛び出し、ナイフの身で弾丸を弾き飛ばしたが、かすり傷から腕に血が滲んだ。それを見たほたるの無機質な目が、すっと細められる。
「……暴れるのは、よくないですね?」
(あ、やばい。殺気上がった。ボス逃げて。いや逃がさん。)
ほたるが低空で滑り込み、ボスの喉元へハイキックを叩き込む。宙に浮いたボスの胸に二丁拳銃の砲口を突きつけ、躊躇なく引き金を連射した。ドサリ、と肉塊が床に転がる。
襲撃開始から、わずか三分。違法組織『黒蛇会』の拠点は、完膚なきまでに壊滅した。
静まり返る室内。転がる敵の山と、漂う硝煙の匂い。パチ、とほたるが瞬きをした。次の瞬間、その目にスーッと光が戻っていく。
「……ハッ!?」
感情を取り戻したほたるは、自分の手元と、返り血で汚れたスーツを見つめ___顔を真っ青にした。
「あっっごめんなさい! 用意してもらったスーツ汚しちゃいましたぁぁ……っ! どうしましょうっ、洗濯で落ちますかねこれぇぇ……っ!?」
「あわわ」と手を振り回しながら、血まみれのままワタワタとそこらじゅうを歩き回り、挙げ句の果てには仁の側に立って肩を落とす。
(は? かわい。)
脳内が熱暴走を起こす。さっきまで容赦なく人を殺めていたとは思えない、可哀想になるほどの狼狽ぶり。
(肩下がってる。血がついてる。近い。いい匂い。ちっさ。かわい。可憐。天使。ギャップで俺の理性が死ぬ。死んだ。南無阿弥陀仏。)
古城は必死で表情筋を凍りつかせ、激しい動揺を隠しながら、極限まで低く冷ややかな声を絞り出した。
「……落ち着け。特殊素材のスーツだ、専用の洗剤で落ちる。……怪我はないか?」
「はいぃ……先輩が庇ってくださったので……って、先輩の腕から血が!? 私のせいですねごめんなさいぃぃ!」
安心させるために軽くポンとほたるの肩に手を置く。
「かすり傷だ。大げさに騒ぐな」
(仕事。これは仕事。取り乱している相方を安心させる業務。肩に手を置いて慰めるのは正当な行為。何も問題ない。…触った時点で問題ありか? とにかく今すぐ抱きしめたい。理性が瀕死。誰か俺を止めてくれ。)
「ふぅ……古城先輩が一緒で、本当に良かったです〜……」
安心したように、ふにゃりと柔らかい笑顔を浮かべるほたる。
(笑顔。眩しい。破壊力過多。組織は滅んだ。俺の心臓も滅びそうだ)
転がる敵の山から、違法薬物や人身売買される人々が保管されているコンテナの鍵を探し出し、コンテナの鍵を開けた。処理班に人身売買される人々を保護してもらった後、古城とほたるでコンテナの中を隅々まで見てみると、そこには怪しい色に発光する液体が入った小さな瓶が五つほど保管されていた。
「これか。」
古城がその瓶を手に取り、小型のジュラルミンケースに詰める。そして鍵を閉めた。ほたるが、瓶があった場所をぼーっと見つめている。
「ほたる、帰るぞ。明日の警備に響く」
「……あっ、はいっ! 了解です〜!」
転がる敵とコンテナを処理し終え、『異界の遺物』を回収した後、古城たちは何事もなかったかのように夜の街へと車を走らせた。
古城の心臓の爆発音だけが、車内に虚しく響き続けていた。




