最悪で最高の相棒※グレイス・ガード社へようこそ
世界は、静かに、そして確実に壊れかけている。
かつてこの世界には、明確な『境界』が存在していた。
人々の営む、平穏な現代都市。その周囲に広がる、凶悪な魔物と未知の法則が渦巻く魔境___『封印領域』。二つの世界は、各地に鎮座する『聖域教会』がはった巨大な結界バリアによって完全に隔離され、平穏は保たれていたはずだった。
だが…それも過去の話。
ここ数年、敵対企業の暗躍や異界からの侵攻により、結界の柱である『教会』がひとつ、またひとつと陥落を続けている。バリアが薄れ、破れた破片から漏れ出すのは異次元のいわゆるバグ___『歪み』だ。
『歪み』が発生した地域では、現代の物理法則が意味をなさなくなり、異世界の魔導や魔物がなだれ込む。そしてそれと同時に流出してくるのが、現代科学を遥かに超越した超常の兵器…『異界の遺物』だった。
世界の融合。
全ての教会が堕ちた時、現代都市は『封印領域』へと完全に呑み込まれ、人類の文明は瓦解する。
『株式会社 グレイス・ガード』。
表向きは、地域密着型大型ショッピングモールの施設警備や接客警備を請け負う、クリーンで安心安全な警備会社。
だが、その実態は___都市の闇に蠢く、警察や公的機関では対処できない『異界の遺物関連の異常事案』や『歪み・異形の解決・討伐・回収』を専門とする裏の清掃業者、特殊警備組織でもある。
「古城くん、今日から君のチームに新人を入れることになった。教育係を頼むよ」
統括部長の冷徹な声とともに、事務所のドアが開いた。
「はじめましてっ! 今日から配属になりました、冴島 ほたる、19歳です! よろしくお願いしますっ!」
そこに立っていたのは、スーツをぴしっと着こなした、小柄で可憐な女の子だった。サラサラの薄いブロンドロングに、丸くて大きな黄色い瞳。
(……は?)
(新人? 19歳? ちっちゃい。ここは裏社会の汚れ仕事を処理する血生臭い現場だぞ。なんでこんな女の子が警備会社に? 会社の面接官は眼科に行け。何かの間違いだろ)
古城は「氷の警備員」と呼ばれる警備員。新人の姿に何も感じることはなかった。
「……古城 仁だ。足を引っ張るなよ、新人」
低く冷たい声。我ながら完璧な鉄仮面だ。
「はい! 頑張ります、古城先輩っ!」
ふわ、と花が咲くように笑うほたる。
こうして、古城仁と冴島ほたるの「最悪のコンビ」が結成された。
「業務内容はわかっているか?」
出発前に、古城がほたるに問いかけた。
「業務内容ですか? えと、メモはしたんですが…もう一度振り返りたいので、ぜひ教えて欲しいです!」
「はぁ……わかった。」
古城は業務内容を説明した。
グレイズ・ガード社の裏の業務内容は主に四つ。
①『歪み』の即時無力化・駆除
『異界の遺物』によって暴走・異形化した対象を秘密裏に鎮圧・破砕すること。
②『異界の遺物』の回収・保管
闇市場に出回ったり、他の企業・組織が回収しようとしている『異界の遺物』や、それを使った製品を敵より先に確保・保管・研究すること。
③闇組織の襲撃からの防衛・防犯
組織から狙われている重要人物の護衛、および敵の刺客の返り討ち。
④事態の隠蔽と後始末
戦闘による現場の損害や噂を「ガス爆発」「一般的なテロ」などに偽装して、表社会へ混乱が広がるのを防ぐ。
「ありがとうございますっ! でも、『歪み』って人間にも移るんですか? 空間だけに効くものだと聞いたんですが…」
「最近発覚した。『異界の遺物』を人間の体内などに注入すると、体が耐えきれないような負荷がかかる。その負荷で細胞などが暴走し、空間の『歪み』と同じようなことが体内で起こる。そうして発生したバケモノを『異形』と言い、そうなってしまうことを『異形化』と言う。」
古城の目が細くなる。『異界の遺物』は極めて危険な物質。絶対に悪用させてはいけない。
「出発するぞ、新人」
「はいっ!」
数日後。深夜二時。閉館後のショッピングモール、照明の落ちた吹き抜け広場。昼間の平和な空気は一変し、そこは血と異臭が漂う戦場と化していた。情報を聞きつけて侵入してきた、『異界の遺物』を違法で手に入れた組織の連中。十数人の武装集団が、古城たちを取り囲んでいる。
「チッ、警備員が二匹か。ガキと無口な男……まとめて細切れにしてやれ!」
闇の中から、無数の刃と銃口が向けられる。
「新人、下がっていろ。お前に見せるような光景じゃない」
古城は漆黒のナイフを引き抜き、背中でほたるを庇うように立ち塞がった。
(ここは俺が一人で三十秒で片付ける。新人にはトラウマにならないよう、目を瞑らせておこう。)
古城が地を蹴ろうとした、その瞬間だった。
「……古城先輩。私は大丈夫です」
背後から、すっと気配が消えた。「え?」と思った時には、すでに遅かった。ほたるが古城の横を通り抜け、暗闇の中へと歩みを進めていた。その瞬間、ほたるの全身から漂う空気が激変する。
(……は? 気配が……消えた? 光が……)
ほたるの丸い瞳から、スーッと生気と光が消え去っていく。笑顔は消え、感情のすべてが削ぎ落とされた、冷ややかな無の表情。カチャリ、と無駄のない動作で腰のホルダーから引き抜かれた、二丁の愛銃、ミリタリーピストル。
「___ターゲット確認。清掃を開始します」
パンパンパンパンッ!!
闇を切り裂く、乾いた連続射撃音。無感情の殺戮マシンと化したほたるは、人間離れした跳躍と超スピードのアクロバティックな動きで、群がる敵の眉間と胸元を的確に撃ち抜いていく。
「な、なんだこの女は……!? ギャアアアッ!?」
「ひ、ヒィィッ! 目が……目が死んでる……ッ!?」
旋風脚で敵の首骨を折り、倒れ込む間もなく至近距離から頭部を撃ち抜く。
(なんなんだ、この人間離れした身体能力。普通の警備員の訓練で身につくレベルじゃない。どこでそんな殺人術を…)
バタバタと敵が倒れていく。まるで閃光のように、ほたるが駆け抜けていく。銃を撃つ音とほたるが走る音、敵が倒れる音。それしか聞こえない。
古城は………その様子に、見惚れていた。
わずか三十秒。
十数人の武装集団は、文字通り誰一人として声をあげることすら許されず、血の海の中に静まり返った。
「……清掃完了。異常ありません」
硝煙の漂う中、二丁拳銃を腰に戻し、無表情のまま振り返るほたる。古城は___ナイフを構えた姿勢のまま、完全にフリーズしていた。
(……こわっ。速っ。目の光どこ行った。殺戮マシン? 旋風脚で首折った? 銃の精度が神がかってるんだが? ていうかかっこいい。ギャップが凄すぎて脳の処理が追いつかない。悔しい。)
思考が完全にショートしかけたその時。ぽすん、とほたるの肩から力が抜け、瞳にスーッと光が戻ってきた。
「ふぅ。びっくりしましたねっ、古城先輩! 怪我はありませんか?」
眉を下げ、ゆるい敬語で駆け寄ってくるほたる。足元には十数の死体。その中央で、天使のような笑顔。
(戻った。目の光が戻った。ぽわぽわしてる。「びっくりしましたねっ」じゃないんだよ、びっくりしたのは俺の方だよ。なんだこの生き物。最高か? 相棒として最高すぎるだろ。)
ポーカーフェイスの裏側で、古城の脳内はついに限界突破の爆発を起こした。それはまさに______「恋」だった。
「……あぁ、問題ない。よくやった、新人______ほたる」
冷徹な声を維持しながら、古城は心の奥底で固く誓った。
(決めた。俺がこの子の隣に立つ。この二面性も、強さも……全部俺が受け止めて、一生守り抜いてやる。)
こうして、古城たち「最高のコンビ」の「不穏で甘い警備員生活」が幕を開けたのだった。




