1-9、なんだか話がおかしな方向に
あふれる気持ちを抑えきれない。
アンドレアはもともと、王族という立場上、自由恋愛は許されなかった。だが、だからと言って、父王が決めた婚約者となれ合うつもりもなかった。
許嫁もすべて断ってきたし、自分の生涯の伴侶は自分で決めたいと思っている。
「レイティア! 今日の夕飯なに?」
「今日はハンバーグにコンソメスープ」
「え、俺レイティアのハンバーグ好き」
「それはどうも」
好き、という言葉に、アンドレアのほうが反応してしまう。自分で言った言葉なのに、妙な気持ちになるのはなぜだろうか。
「あれ、クレスは?」
「クレスは今日は、徹夜で任務」
「あー、最近私たち、こき使われすぎじゃない?」
そうなのだ。クレスとレイティア、アンドレアとナディアは貴族学院の入学者の中でも優秀なため、実践を積ませようと教師や騎士団たちの計らいで、騎士団の任務への同行が頻繁に行われている。
「でも、それだけ期待されてるってことじゃない。私はうれしいよ。早く卒業して騎士団に入りたい」
「騎士団、ねえ」
含みを持った言い方に、レイティアは火を止めアンドレアを振り返った。
「なによ、私じゃ騎士になれないって?」
「いや、そういうわけじゃ」
「……じゃああれか。女が騎士になれっこないって?」
「だから、なんでそう卑屈にとるんだよ」
卑屈じゃなくとも、今のはそう取られてもおかしくはなかった。証拠に、アンドレアの内心ではやはり、レイティアの過去のことがぐるぐると渦巻いていた。
「アンドレア。言っとくけど。私は一生騎士として生きる覚悟だし」
「でも、魔法がばれたらどうする? 騎士団に入って、いざおまえが聖女候補だとばれたら」
「私は聖女じゃない! ナディアがそうだとしても!」
バチン! とレイティアがアンドレアの頬を叩いて、しかしアンドレアの頭は冷静だった。いや、最初から冷静さなんて持ち合わせていない。
アンドレアを叩いた手をぎゅっと握りとって、アンドレアはレイティアを自分のほうに引き寄せた。そのまま唇と唇をくっつけて、離す。
「すきだ」
「……は?」
「あ、いや。え、あの。今のは……」
無意識だった。こんな風に傷つけるつもりはなかった。レイティアを見れば、目に涙をこらえて、アンドレアをにらんでいる。
「アンドレアが私を、役立たずの女に見てるなんて、思わなかった」
「まて、俺は」
「もういい、食事はあなたひとりでどうぞ!」
料理もそこそこに、レイティアは自室に駆け込んだ。
ひとり取り残されて、アンドレアは頭を抱えた。
「なにやってんだよ、俺……」
別に、好きだなんて言うつもりはなかった。レイティアに失礼だし、なによりアンドレアは王子だ。だったら、自分に恋愛の自由なんてない。
仮にレイティアと付き合えたとしても、結婚するかと聞かれたら、それはノーだ。アンドレアは一国の王子だから、自分の一存では結婚は決められない。
いや、レイティアほどの貴族の娘なら、アンドレアは……。
「最低だな、俺」
自分でもレイティアをどうしたいのか、わからなかった。
翌日、レイティアは寮を早朝五時に出て行って、学院の自習室で鍛錬に励んでいた。
アンドレアはと言えば、いつもと変わらずに七時に起きて、八時に学院に到着して、いつものようにクレスとくだらない話をしていた。
「アンドレア。そういえばレイティア見てないけど、なにか知らない?」
「さあ。あいつだって一緒にいたくないことあんじゃねえの」
「……そう」
アンドレアはレイティアが二人と距離をとる理由を知っているが、クレスはなにもしらない。
ナディアも不思議そうに首を傾けてアンドレアを見ていたが、レイティアが教室に見えるや、
「あ、レイティア! おはよ!」
ナディアは手を振ってこちらに来るように促す。しかし、レイティアはふいっと顔を背けて、自席に座ってしまう。
「あれ。レイティア不機嫌? なんで?」
「おまえは知らなくていいんだよ」
そもそも、アンドレアのせいだと知ったら、ナディアはレイティアの味方をするだろう。ナディアはレイティアを尊重したいと常々言っていた。
それはクレスも同じく。
ならばクレスは、アンドレアの様に愚かにも、レイティアに心を寄せてしまうなんてことは、絶対にしない。
そんな生活が一週間続いて、さしものクレスもナディアも、寮でレイティアに問い詰めた。
「ねえ、なにを怒ってるのか知らないけど。同じ寮にいてその態度はさすがにダメよ」
ナディアは自室に帰ろうとするレイティアをつかまえて、なじる。そこにはアンドレアの姿もあって、アンドレアはばつが悪そうに立ち上がる。
しかし、ナディアがアンドレアを見逃さない。
「はい、アンドレア。あなたがレイティアになにかしたのはわかってるんだから。さっさと仲直りしてくれないかな」
「な、仲直りとか。俺なにもしてねえし」
「よくもそんなこと……!」
レイティアが口をきいたのは、実に一週間ぶりだった。アンドレアがはっと鼻を鳴らす。
「別に。俺は謝んねえからな」
「な……あなた、私のことどう思ってるわけ? 性悪で男をたぶらかす悪女? そういう目でずっと見てきたわけ?」
言い出すと言葉が止まらない。ここでようやく、ナディアもことの重大さに気づいたようだ。
「待って。もしかしてアンドレア、レイティアに告白……とか、したわけ?」
「だったらなんだよ」
「それは……アンドレアの落ち度よ」
落ち度、という言葉に、今度はレイティアが、ナディアにかみついた。
「なにナディア。落ち度って。私が悪女だから悪いってとれるんだけど」
「そ、そうじゃなくて。レイティアも落ち着いて」
「落ち着け? アンドレアとナディアなら私のことわかってくれてると思ったのに。結局ほかの連中と同じじゃない。私は悪女にも真人間にもなれない。じゃあ、何者なの!?」
そう言われてしまうと、ナディアもアンドレアもなにも言い返せない。何者。
アンドレアにとってレイティアは、かけがえのない親友だった。ナディアにとってもまた同じく。
どうやったらこの気持ちが伝わるのだろう。レイティア個人が、大事だと。
「あーあ、わっかんねえよ。おまえだって俺が王子ってだけで、最初あんな態度とったくせに。自分のことは棚に上げて、俺たちばっかり責めるのかよ」
「……それは……」
確かにそうなのだ。アンドレアは一国の王子、しかも跡取り。だからレイティアは最初、アンドレアと距離を取ろうとした。同じ人間なのに。同じ騎士を目指す仲間なのに。
いや、でも。それとこれとは話が別だ。アンドレアは自分を女として、しかも『好いた』女として、レイティアを見ている。
「じゃあ聞くけど。アンドレアは私のこと好きでもないのに、何回もキスしたわけ」
「なん、アンドレア、キス!?」
「ナディアは黙ってろ。俺だって無意識だったよ。でも、俺だって馬鹿じゃない。自分の気持ちに気づいて、おまえに説明しようとも思った。けどおまえ、この一週間俺たちのこと避けてただろ。それでどうやって弁明しろと?」
自分は一国の王子だ。だから自由な恋愛なんて許されない。それは単なる言い訳だ。
本当に好いた人間と添い遂げたい。それがたとえレイティアだとしても。レイティアが悪役令嬢を自称しようが、レイティアが聖女として生きる道を選ばなかろうが。
そこに、クレスまでもが合流する。
「すべて聞かせてもらったけど。アンドレア。レイティア。ひとつ俺からも言わせてもらうけど」
レイティアとアンドレアの話が平行線になりそうだったためか、クレスが途中で口をはさんだ。
「俺もレイティアのこと、そういうふうに見てた。けど、アンドレアも同じだとは思わなかった」
「な……私はかの悪女……」
「本当にそう? レイティアは悪女だと『思い込ませて』生きてきただけなんじゃないの?」
クレスの言葉に、なにも言い返せなくなる。
街を歩く女の子たちは、きれいなひらひらのドレスを身にまとっている。とてもきれいだと思う反面、自分にはふさわしくないのだと落胆した。
きれいな宝石を見るのが好きだった。それをどれだけ手に入れても、心は空虚だった。
だけどそれを今まで誰かに話したことはない。
料理をするのも好きだ。しかしそれは、この国では騎士の仕事ではないと揶揄される。
「私……」
アンドレアとクレスのことは好きだ。友人として、親友として。
だけど、ふたりはそれ以上を求めている。自分に応えられるのか? そもそも、自分は愛されるに足る人間なのだろうか。
いや、ほだされるな。
レイティアの目的はただ一つ。予知夢の彼――あの夢の中でレイティアは、彼に恋をしていた。
だから、なんとしてもあの彼を救わねばならない。
だったら、少なくともここで出すべき答えは。
「私……クレスは、そういうふうに見て、ない」
そう、自分がアンドレアとくっつけば、万事がうまくいく。
なのに、涙がこぼれた。ぼた、ぼた。
あふれる涙を抑えきれない。自分の気持ちをごまかしたことよりも、二人共を裏切った自分が許せない。
そして思い出すのは、あの潜入任務でのことだった。
アンドレアに唇を奪われて、動揺こそしたが、嫌な気持ちはしなかった。クレスとだったらどうだったのだろう。
アンドレアといると、いつも笑っている自分に気づいた。時に喧嘩もするけれど、自分の知らない自分を気づかせてくれるのは、いつだってアンドレアのほうだった。
「クレス、ごめん。私は」
「ああ、わかってる。レイティアがアンドレアを好きだって、俺は気づいていたからね。一芝居打たせてもらったよ」
ウィンクして、クレスは自室へと去っていく。嘘だ。クレスは嘘であんなことを言うような人間ではない。
残されたレイティアとアンドレアは、向かい合わせに立ち尽くす。
「レイティア。俺は」
「……ごめん、アンドレア。今すぐにあなたを好きになることは、できない、と思う」
「はっ。だよな。今の話はなしだ。気の迷いだ。誰が、悪役令嬢になんて恋するか。そうやっておまえは、数多の人間を誑かしたんだろうな」
だけど、とアンドレアが続ける。
「おまえが……ナディアが、女が。この国で生きやすくなるように、努力する。その上で、今のおまえが猫かぶりなのか、本当なのか。見極める。悪役令嬢、レイティアを」
それは暗に、アンドレアが王座についたら、それ相応にこの世界の理を正す、と言っているような気がした。
「アンドレア。そういうことは考えないほうがいい。それに、私が今のままの私でいられるかは私もわからない」
「……そうだな。俺だって、悪女にたぶらかされただけだ。おまえは悪役令嬢なんだから。今更心を入れ替えたと言われたって、誰も信じない。だけど、友達……友達として。同士として歩むなら。同じ寮生として、これからも頼む」
だから、と差し出された手。レイティアはなかなかその手を取ることができない。ここでアンドレアの手を取ってしまえば、自分が汚い人間だと認めてしまう気がしてならなかった。
ゆえに。
「……っ! レイティア!?」
レイティアは恐れを抱き、迷いを抱き、アンドレアの大きな筋張った手のひらをのけた。
こうやって見ると、レイティアの手のひらはアンドレアより一回りも小さくて、やはり自分はか弱い存在なのだと言われている気がして、寂しくもあり、うれしくもあった。
こうしてアンドレアとレイティアの物語が廻り出す。
これは、恋した男性を悪役令嬢が救う、救済の物語だ。




