1-8、誕生日は祝うもの
先の任務があってからも、アンドレアとクレスの態度は変わらなかった。むろん、ナディアも。
学校ではいつも四人一緒だし、四人が四人、女子生徒に囲まれるのも日常茶飯事だった。
「アンドレアさま、これ、作ってきたんだけど」
「お菓子? いらん」
「え、でも、まえにお菓子を召し上がっていたじゃないですか」
それは、レイティアが手作りした焼き菓子のことだった。
あれはレイティアが作ったから食べただけで、どこの誰とも知れないクラスメイトの菓子なんて食べる義理はない。
……それはなぜ?
「アンドレア、どうかしたの?」
レイティアが不思議そうにアンドレアをのぞき込む。その青い瞳に自分が映し出されるだけで、心臓が妙に跳ね上がった。
「なんでも……俺、今日の料理当番だから早めに帰るわ」
「あ、うん。ナディアも料理当番だよね?」
「そうなの。へたっぴ同士だから不安!」
「ナディア、おまえなあ、なんでそんなこと言うんだよ」
最近、ナディアとアンドレアの仲が良くなっている気がする。
いけない。
ナディアはなんとしても、クレスルートでくっついてもらわねば。
あれが予知夢だとしたら――レイティアには聖女にふさわしい力があるから、あれが予知夢である可能性は捨てきれない。
ならば、世界を救うためにも、クレスにはナディアに好かれてもらわねば。
そのためには、ナディアとアンドレアの仲を裂かねばならない。
そして最近、学院内でのレイティアの株が上がりっぱなしだった。アンドレアやクレス顔負けに、女子に取り囲まれる。
「おいおい、レイティア。モテモテだなあ」
「やめてよアンドレア」
アンドレアが女子生徒とレイティアの間に割って入って、レイティアの肩を組む。女子生徒が余計に顔を赤くして、ふたりを置いて走り去る。
「な、アンドレア。距離近すぎ」
「別に、前からこんなもんだったじゃん」
「そうだけどさ。今あの女の子威嚇してなかった?」
「威嚇ぅ? まさか」
まさかそんなはず、ない。なにをもって、あの女子生徒を威嚇しなければならないというのか。
「おーい、レイティア! 今日俺と掃除当番だぞ!」
「わかった! 今行く!」
遠くで手を振る男子生徒に、レイティアが手を振り返す。それを見て、アンドレアはどこかで胸のつかえを感じていた。
本当のレイティアを知るのは、自分なのに。
レイティアは夏生まれだったらしい。らしい、というのは、つい先日、レイティアが「そういえば私、十七歳になったのよ。もう大人」と自慢してきたからである。
この国では成人は十七と定められており、その年になればいっぱしに職に就くものも多い。
しかし貴族に関しては、王立貴族学院が三年制のため、そこで成人を迎えた後も学業を修めてから社会に出るのが通例だった。
この十七歳の成人の定義は、古くからの習わしが続いているだけの、単なる飾りの通過儀礼的な部分はある。
「げ、マジで。おまえ俺より誕生日早いわけ」
「アンドレアはいつなの?」
「俺は一月。で、クレスは、確か十月だったよな」
「うん。俺は十月二十九」
二人が答えると、ナディアががっかりしたように、
「私は二月十二日。末っ子かぁ」
「へえ、じゃあ私が一番年上か」
「なんだよ、数か月しか違わないくせに」
アンドレアが面白くなさそうに口を尖らせた。
レイティアは笑い、クレスもにこやかに会話している。
「そっか、でも。じゃあ、誕生日プレゼント、なにがいい?」
クレスの問いかけに、レイティアがきょとん、と目を丸くした。
「誕生日プレゼント?」
「なんだよおまえ、知らないのか? 誕生日にはプレゼントを贈るならわしあるだろ?」
「え。ああ、そうなんだ」
ここで、アンドレアもクレスも、レイティアの生い立ちを思い出し、しまった、そんな顔をした。慌ててレイティアが「ごめん、気を使わせて!」と謝るも、ふたりはなにも言い返せない。
「ああ、本当に忘れて。私ってさ、ちょっと空気読めないところあるからさ。でも、誕生日祝ってくれようとした気持ちだけは受け取っておく。うれしかったよ」
「ん」
「ああ」
いったんこの話はここで終わり。そう思っていたのは、レイティアだけだった。
週末、レイティアはひとりで寮の談話室でくつろいでいた。今日はクレスもアンドレアも、ナディアまでもが用事があるらしく、久々にひとりでの時間を堪能している。
思えば、四月に入学してから四か月、いろんなことがありすぎた。その中でも特に意外だったのは、アンドレアとクレスにレイティアの回復魔法がばれたのに、いまだにその秘密が守られていることだった。
「はあ、幸せ」
牛乳に砂糖を混ぜて凍らせて、攪拌するとアイスクリームが作れる。クレスが教えてくれたそれをレイティアは楽しんでいた。
「あのふたりもいないことだし。もう一個食べちゃおうかな」
ふんふんと鼻歌交じりに立ち上がったその時である。
バタタ! といきなりドアが開き、そこにいたのはクレスとアンドレア、そしてナディア。
「ハッピーバースデー!」
「え? は? え?」
ケーキにろうそくを刺して、アンドレアがそれを運んでくる。傍ら、クレスは包みをふたつ抱えている。ナディアはレイティアに穏やかな笑みを向けていた。
突然のことに頭が働かない。レイティアはその場に呆然と立ち尽くした。
「ほら、ろうそくの火、消して」
「え。あ、うん」
ふっと吹くも、一度では消えない。二度、三度とろうそくを吹いて、やっと火が消えた。
十七本もろうそくを刺したせいで、ケーキはぼこぼこだ。蝋が垂れてところどころカラフルになっている。
「で、こっちがプレゼント」
アンドレアが促すと、クレスが三人分のプレゼントをレイティアに渡した。
「お、泣いてる? 泣いてる?」
「な、泣いてないし」
「こらアンドレア。レイティアをいじめてやるな」
「そうよ。レイティア、私からもプレゼント!」
クレスが苦笑して、レイティアにハンカチを渡した。しかしレイティアはそれを受け取らず、ドレスの袖で涙をぬぐった。
「ありがとう!」
笑顔でお礼を言って、丁寧にプレゼントの包みを開けた。
もっとがさつに開ければいいのに。三人とも同じことを思ったに違いない。レイティアは所どころ女らしい所作が出てしまう。
「わ、すごい」
「だろ」
アンドレアからは剣を磨く油、クレスからはそれを拭きあげるクロスを贈られた。
しかし、ナディアからは、バスセットだ。
「大事に使う。ありがとう」
「ほらな、レイティアならなんでも喜ぶって言ったじゃん」
「だけどさあ」
アンドレアとクレスがなにやら言い争っている。
「なに? なにかあったの?」
「いや、……ナディアがさ。レイティアはバスセットだろって言うんだよ。でも、バスセットって使ったら消えちゃうじゃん。だからこっちのほうがいいって……な」
「うん。まあ、そんなとこ」
本当は、レイティアに男物をプレゼントをするか、女物をプレゼントするかで迷ったのだ。
アンドレアとクレスから見てレイティアは、今はもう、悪役令嬢なんてものではない。
家のことがなければ聖女として生きていくこともできたに違いない。そう思っている。
だがそれは、レイティア自身は気づいていない。レイティアは自分は騎士として生き、死ぬのだと覚悟を決めている。つもりだった。
「ま、これからもよろしくな、レイティア」
「うん。アンドレアも、クレスも、ナディアも。これからもよろしく」
何気ない日常が尊かった。少なくとも、四人で過ごす時間が、なによりもレイティアは好きだった。
反して、アンドレアの気持ちばかりが逸る。レイティアが『悪役令嬢じゃないかもしれない』とわかってから、アンドレアはどうしてもレイティアのことが頭から離れない。今日の誕生日会だって、アンドレアが提案したものだった。




