1-7、任務、キス
基本的に、貴族学院に入学したものは、その能力に応じて魔物討伐や規律を正すための騎士見習いとしての任務を任されることがあるが、今回の様に学生のみでそれに行かされることはほぼなかった。
それだというのに、今回、レイティアたちの寮生が任務に駆り出されたのは、先の毒の事件の潔白を証明するための、王さまの計らいだった。
結局、あの日の毒がなんなのか、誰もわからない。
あの日の肉は、隣町の農家のものだし、はちみつは、ナディアもよく頼んでいる有名な養蜂家のそれだった。
サラダだって、新鮮な朝どれ野菜を。
しかし、あの日倒れた生徒たちは、肉を食べていない。肉は一番、毒を盛りやすいというのに。
だったら、ほかのデザートか、生の野菜か。
しかし、生の野菜なら毒で味が変わるはずだし、デザートに混ぜるなら、厨房に忍び込む必要がある。
そんなこと、できる人間はいない。曲がりなりにも王様の城だ。侵入者は蟻一匹許さない。
それに、最近、妙な噂がある。
魔物を見た、という人間がいるのだ。
魔物は現聖女により駆逐された。その元凶とされる悪魔を封印したからだ。
魔物の魔力の供給源である悪魔を封じたのだから、魔物は生きていけるはずがない。
だとしたら、それは見間違えか、あるいは、悪魔の復活を意味する。
あてがわれた任務に際し、レイティアがあるものに着替えている。
ドレスとは程遠い、体のラインがあらわになる、タイトなドレス。悪役令嬢時代でもこんなものは着なかった。
深くスリットが入って足のラインが見える。
「え。マジでレイティアなのかよ?」
「アンドレア。その言い方やめてよ」
「だって。なあ、クレス」
「ああ。驚いた」
今回、街の風紀を乱すギャングたちを取り締まるために、潜入任務が言い渡された。その潜入先は、ダンスホール。
少しばかりいかがわしい雰囲気のある場所だが、そこに出入りする若者がギャングたちから薬を持ちかけられる事件が相次いでいる。
若者がターゲットになることが多いらしく、そこで白羽の矢が立ったのが、レイティア、アンドレア、クレス、ナディアの四人である。
「でも、正装する意味あった?」
「あるよ。てか、私がおとりでもいいのに」
「だ、ダメだよ! ナディアじゃ心配!」
そう、おとり役を買って出たのはレイティアなのだ。
「でも、私だって、レイティアが心配」
正装のドレスに身を包むのは、ターゲットの中でも女性のほうが目をつけられやすいからだ。
四人のうち一人が正装するとなった時、まずアンドレアとクレスは男性だし無理だと判断され、ナディアが立候補したが、ここでナディアが死んでしまえば、あの彼は助けられない。
だからレイティアが正装する羽目になった。
「てかさ、レイティア、悪役令嬢に見えないな」
「だからそれやめてって」
「ほらレイティア。言葉遣い。お嬢さまらしくしないと」
さっきからアンドレアは同じことばかり言ってレイティアをからかうし、クレスはクレスでレイティアの言葉遣いを正している。
「はぁ。早く終わらせてこの服脱ぎたい」
レイティアにとって、タイトなドレスなんてものは屈辱以外のなにものでもない。おまけに、ダンスホールに行く手前、胸こそ出さないものの、そこそこ露出の多いドレス姿だ。
「ほらふたりとも。目的地ついたよ」
任務となれば、四人とも曲がりなりにも騎士見習いだ。へまなんてしないし、ドレスだろうがなんだろうが、うまくこなす。
ダンスホールの入口で、いかついボディガードに声をかける。
「入場料金はこっちだ」
「あ、はい……」
しおらしく笑うレイティア。内心でアンドレアがべっと舌を出した。
「おまえら、見ない顔だな」
「ああ。キングスさんに紹介されて来たんですよ」
手はず通りのセリフをクレスが吐き出す。あのアンドレアですら、愛想笑いを浮かべている。
出入りを管理する幹部らしき人間が、顎に手を当てて思案する。怪しまれているのだろうか。
万が一バレた場合は、この場を素早く離脱することを上から命じられている。しかしそれはすなわち、今後このギャングたちへの潜入捜査が困難になることを示している。
幹部がレイティアを見ている。上から下までなめるように見て、
「わかった。向こうにVIP室の入り口がある。おまえはあっちへ行け」
レイティアだけそちらに誘導するつもりらしい。レイティアはそれでもよかったのだが、クレスが慌てて幹部らしき男の肩を組む。
「またまたまた。俺たちも一緒でいいでしょ? 金なら用意してきたんだし」
ちら、と懐に忍ばせた金を見せて、しかし幹部の男もいい顔はしない。
「そっちの女はボスのお気に入りになる可能性があるからVIPに通すだけだ。おまえらは普通の入り口から入って、手はずを踏んでボスに会え。そうじゃないなら、この話はなしだ」
ええ、とアンドレアが困ったように声を漏らす。レイティアがアイコンタクトする。
『私が時間を稼ぐ』
『了解』
レイティアとクレスの間で話がついて、クレスはにこやかにアンドレアの手を取る。
「あはは。じゃあ、俺たちはこっちから入らせてもらいますね」
「なんだよクレス、はあ。もう、仕方ないな」
アンドレアもすぐさま察して、三人とひとりに分かれてダンスホールへと入っていく。
ひとりになったレイティアは、VIP室に通されるなり、ボスの男の隣に座らされる。
ダンスホールには大音量の曲がかかっており、ボスは大きなソファに座って女性を侍らせている。
「いいねえ、君みたいな若い女の子が、なんで薬なんか?」
「ふふ。私にもいろいろあるんですよ」
「へえ。そう。じゃあさ」
ボスが警護の男に顎で指示すると、奥の部屋からアタッシュケースが運ばれてくる。
それをレイティアの前で堂々とひろげ、
「これ、ヤってみてよ」
薬だった。違法な麻薬。
さてどうしたものか。証拠はつかんだ。だが、何分、こちらは分が悪い。
いくらレイティアが騎士見習いとはいえ、ひとり対十数人では勝てる見込みは少ない。少なくとも、相手の警護に当たる二人の男たちは、なんらかの魔法を持っていると見て間違いはない。
「えー、私なんかにこんなものくださって大丈夫なんですか?」
時間を稼がねば。
「なんだ。怖いのか?」
「ううん。でも、私そういえば、お友達とここに来てて……そのお友達にもあげたいんだけど、ダメですか?」
「そうなのか?」
下卑た笑いを漏らすボスは、上機嫌だ。レイティアの胸と太ももを撫でまわして、レイティアを襲わんばかりの勢いである。すでにこのボスは薬をキめているのだろう、どう扱っていいのかわからない。
「あ、クレス。アンドレア!」
時間稼ぎの甲斐あってか、クレスとアンドレア、ナディアが合流する。
ボスの隣を立ち上がり、レイティアは二人のもとへ走った。面白くないのはボスである。
「なんだなんだ。俺よりもそんな若造が好いのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「なんだよレイティア。言ってねえのか?」
アンドレアが口をはさんだ。どうやら、レイティアがボスの餌食になりそうなことが気に入らないらしく、威嚇するようにうなった。
「こいつ俺の女だから」
「アンドレア!?」
ボスのこめかみに青筋が立った。
「はああ!? だったらおまえら、証拠見せろ証拠ぉ!」
ほら、面倒なことになった。レイティアはアンドレアにジト目を向けて、クレスも飽きれたように頭を抱えている。
しかし、気に入らないものは気に入らないのだ。アンドレアは「上等だ!」と言い返して、レイティアに向き直り、そのまま。
「ん!?」
唇を奪った。しかも触れるだけのものではない。深く舌をからませて、わざとボスに見せつけるように執拗に触れた。
「……っ、ボス、これでいいですか?」
やけになって、レイティアがボスにとげとげしく言った。ボスは面目丸つぶれだ。気に入らない。だが、生意気なくらいがちょうどいい。
高らかにボスが笑う。
「いいだろう。この違法薬物は、おまえら四人にやろう」
「はい、言質取った」
アンドレアが戦闘態勢に入る。
二人の警護人がとっさに反応する。しか四三人の連携は速い。
瞬時に警護の男二人に魔法で攻撃を浴びせ、その間にクレスが入り口をふさぎ、レイティアが残りのギャングたちを捕まえ、アンドレアがボスである男をとらえた。ナディアは加護魔法で相手の動きを封じた。
「おのれ、おまえら、警護団か?」
「いーや。俺たちはただの騎士見習いだ」
悔しがるボスの男に、んべっと舌を出して、アンドレアが勝ち誇った笑みを浮かべていた。
学院に帰って報告を済ませて寮に帰り着く。その瞬間をレイティアは待っていた。
寮に上がって、アンドレアが油断したすきを見て、レイティアは思いっきりアンドレアの頬を殴った。グーで。
「ってーな、なにすんだよ」
「それはこっちのセリフよ! なんで、なんであんなこと」
「あんなこと? ああ、キス? もしかしてファーストキスだったわけ?」
「ちが……あなた、もっと後先考えてって話よ」
憤りをあらわに、レイティアはアンドレアを叱ったつもりなのだが、アンドレアは顔色一つ変えない。
「別に減るもんじゃねえんだしいいじゃん」
「そういう問題じゃない。クレスもなにか言ってよ」
「いやあ、俺からはノーコメントで」
「クレス! 裏切者!」
レイティアがぎゃあぎゃあと騒ぐ。しかしクレスとアンドレアのふたりはさほどどうでもいいらしく、ひょうひょうとした様子で自室へと入っていってしまう。
残されたレイティアを、ナディアが慰める。
「なんなのよ、なんなのよ。アンドレアの馬鹿!」
しかし、自室に入ったアンドレアが、床に崩れ落ちたこと私ティアは知らない。
「え。あれ。俺って誰とでもできる人間……なのか……?」
アンドレアの動揺を知るものはいない。




