1-6、レイティアの魔法
寮での出来事以来、レイティアとアンドレア、クレスとナディアはいつも一緒に行動するようになっていた。
入学式も終えて一ヶ月。
王立貴族学院の生徒は、将来的に王さまの手足となるため、一律挨拶が義務付けられている。
レイティアは、一等着飾って――いや、昔のレイティアなら、この日のためにドレスをあつらえたのだろうが、今日のレイティアは淑女よろしく、控えめなドレスに身を包んでいる。
今日は、新入生二十余人を招いてのパーティーだった。
みなが一様にレイティアに注目している。
「あのレイティアが、おとなしいドレスなんて」
「ああ、だが似合う」
「レイティアさまは、本当に心を入れ替えたのかしら?」
そばにはアンドレアとクレスと、ナディアの姿もあった。
ナディアは聞いた話、聖女候補なのだという。つまり、加護魔法が使えるのだ。
聖女が聖女たるゆえんは、その魔法に由来する。
聖女にのみ許された力にはいくつかあって、例えば、ナディアのように、加護魔法で国を守る結界を張る聖女。
あるいは、レイティアのように治癒魔法を有する聖女。ただし、回復魔法とはいえ、これらを他者に施せてこそ聖女なのだ。
レイティアの回復魔法は、今のところレイティア自身にしか試したことがない。幼き頃の記憶はレイティアには残っていない。だからレイティアは、自身の回復魔法は、きっと他者になんて使えないと、試したこともなかった。
そのほかに、精霊を宿す聖女や、作物を実らせる聖女などがいるが、ナディアが平民なのに王立貴族学院に入学できたのは、その魔法が加護魔法だからだ。
加護はどの聖女よりも重宝される。
「今宵は、楽しんでいってくれ」
今日の主催である王さまが、直々に生徒をねぎらった。
二十余名の生徒たちは、王さまにこうべを垂れて恐縮する。
レイティアも例外なく、頭を下げた。
「あれが、アンドレアのお父さん」
「なんだよ、意外か?」
意外といえば、意外なのだ。
アンドレアはどちらかといえば横柄な態度を取りがちで、王さまは安穏とした方だった。
王さま御用達の調理人が、次々にテーブルに料理を運んでくる。
ローストビーフ、はちみつのラスク、オマールエビ、サラダ。
どれも、特別な味がして、みんながみんな、至福の時を過ごしている。
しかし、事件は突然に起きる。
「あっ……!」
ある生徒を皮切りに、ばたばたと生徒たちが倒れ行く。
しかし、全員が全員というわけではないらしく、レイティアとアンドレアはなんともない。
みなが食べたものを吐き出している。
「え……毒、毒!?」
しかし、なぜ、レイティアはなんともないのだろうか。
倒れた生徒の一人が、レイティアを指さした。
「悪女のレイティア。おまえが毒を盛ったな!?」
「そんな……そんなはず……!」
レイティアが震えている。
ありえない、とアンドレアは思った。レイティアは確かに悪役令嬢として名をはせていた。だったら、毒に倒れた人間を見て、震えたりするだろうか。これが演技だとしたらとんだ演技派だが、そうは見えない。
レイティアは、ナディアのそばに走り寄る。
吐いたものを見る。肉は食べていない、エビも。
野菜とジュースの吐しゃ物。
「レイティア、レイティアは逃げて……」
ナディアの弱々しい声。しかし、レイティアは逃げなかった。
レイティアは状況を分析する。
野菜が古かったのだろうか? だが、この症状は食中毒ではなく、毒だ。
レイティアは、迷わなかった。
ナディアに手をかざし、深呼吸する。
他者に使ったことはなかったけれど、回復魔法を今、ここで使わずにいつ使うというのだろうか。
レイティアが魔力に集中する。
紫色の光が、ナディアを包み込んだ。
それは、聖女にも匹敵するほどの力だった。
レイティアの回復魔法で、ナディアの症状が治まっていく。
そのまま、レイティアは倒れている生徒たち一人ずつに回復魔法をかけていく。
その手際に、誰もなにも言えなかった。
「は……これで最後……」
クレスを最後に、倒れた人間のすべての回復を確認し、レイティアはその場によろめいた。
「大丈夫かい?」
「クレスこそ。回復魔法は施したけれど、毒には変わりないから」
クレスがレイティアを支えるも、しかし、レイティアは魔力切れで気を失う。
「っと、レイティア……君って人は」
クレスがレイティアを横抱きにして、城の別室に運んでいく。
案内したのはアンドレアだ。この城は、アンドレアにとっては実家だ。
アンドレアに案内されて、レイティアは城の一室に寝かされる。
心配したナディアも付き添い、ぐったりするレイティアの頬を撫でた。
「レイティアって、お人よしよね」
「ああ……だが、レイティアにこんな力があるなんて……聖女、なのか?」
クレスの言葉に、否定したのはアンドレアだ。
「こんな悪女が聖女なら、この国の全員が聖女になるし、今日のは火事場の馬鹿力……たまたまだろ」
しかし、そうも言い切れない。
もしもレイティアのこの力が聖女のものだとしたら、ナディアとレイティアはライバルということになる。
今はまだ、正式な次代の聖女は決まっていないが、ナディアはその聖別儀式の対象者だ。
しかし、そこにこれほど強力な回復魔法を有するレイティアが食い込んできたら。そして万が一にも聖女にでも選ばれたら、誰も納得しないだろう。
それに。
「聖女になったら、自由はなくなるものね」
ナディアがつぶやく。クレスもアンドレアも、なにも言えない。
聖女は国を守るもの。だから、専属の騎士をつけて、どこに行くにも護衛付き、国の政務にも駆り出され、魔物が出たとなれば最前線に行かされる。
ナディアはそれを知っている。ナディアには聖女の資質があったから、そういう教育を受けて育ってきた。
だけどレイティアは違う。レイティアは、ひとところに収まるような女の子ではない。
「レイティア、ありがとう」
ナディアが、レイティアの前髪をかき分けた。
先の件は、原因不明の毒とされ、犯人捜しは今も続いている。
生徒たちは、レイティアが仕組んだのだと言ってきかないが、確たる証拠がないのだから、なにをどうすることもできない。
居心地が悪いのは最初から分かっていたことだ。
レイティアは冷ややかな視線も気にせず、毎日の学校生活に一層励んだ。
一方で、レイティアたちは『期待の一年四人衆』として名をはせるほどに四人の成績は優秀で、だからこそ、こんな無茶な任務があてがわれたのかもしれない。




